七草ナズナ
彼女は意味深な言葉を口にしたと思えば、ふと表情を緩めて笑顔を浮かべる。
正直な話、彼女が言わんとする意図を読み取ることはできなかったが、先ほどまで警戒されていた身からすると笑顔を見せてくれたというのは大変助かることだ。
「それで、キミは? ここら辺の高校じゃないよね?」
彼女は首をかしげながらそう言うと僕の制服をじっくりと見る。女の子に観察されるということに慣れていない僕は若干の恥ずかしさを感じながらも返答することにする。
「うん。隣街の高校。今年から二年になったんだ」
「それじゃタメだね。同い年だ。私も今年から二年なんだけど――そういえば名前言ってなかったね。私は”七草ナズナ”キミは?」
軽く自己紹介した女の子ーー七草さんは首をかしげて質問を投げかけてくる。
「僕は大久保蓮。えーと七草さんは――」
またもや僕の言葉を遮ると七草さんは指を一本、僕の胸元に当てた。
「ナズナって呼んで。苗字はあまり好きじゃないのよ。なんか御粥みたいじゃない? だから苗字で読んだらダメ。もし呼んだら叩くからね」
そう言ったナズナは先程まであった胸元の指に力を入れて僕の体を押し出す。恐らく苗字で呼んだらこうやってやるという表明だろう。
僕は素直に頷くことにする。
女子に対して名前で呼ぶという行為に気恥ずかしさを感じるものの、ここには僕達以外の人は居ないし、何よりもこの先ナズナと会うなんてこともそうありはしないという客観的な視点から見た結果がもたらしたものだった。
「分かったよ」
「なら良し。それで、えーと、大久保君。キミはどうしてこんなあぜ道を歩いてるの? 私、結構この場所にいること多いんだけど、会ったこと無かったよね?」
「今日は駅から歩いて帰ってたんだ。色々あって――」
僕は今日あった出来事をナズナに話すことにした。今日の不幸を誰かに聞いて欲しかったし、自分の意味不明な行動なんかも笑い話になると思ったからだ。
一通り話しを聞いたなずなはその清楚な見た目通り上品な笑いを浮かべると、「大変だったんだね」とねぎらいの言葉、そしてなんでわざわざこんなところまで歩いているんだというツッコミを僕にした。
ナズナは一見クールで冷たい印象を与える容姿をしているが、僕が感じたその第一印象以上に親しみやすい性格をしている。
新学期になって一人ぼっちが多くなった僕は同世代との会話ということもあり、なずなとの会話はとても楽しい時間を与えてくれた。
それから僕とナズナは日が傾き、夕方とも言える時間まで、学校のこと、休日のこと、そして友達のこと。世間話のような、内容があるようで無い会話をした。
「もうこんな時間なんだね。キミは時間大丈夫なの? ここから家まで遠いんだよね?」
忘れていた。
スマホで時刻を確認したナズナの言葉で今の自分の居場所。そしてこれから訪れるであろう徒歩での帰宅という現実を突きつけられる。
「そろそろ帰らなくちゃいけないかも。えーと、な、――ナズナは?」
まだ名前で呼ぶという行為に戸惑いながらも言葉を紡ぐ僕。
そしてそんな僕の様子を見てナズナは小さく微笑むと、視線を山とは反対側、既にぽつぽつと明かりが灯っている住宅地の方を見た。
「私もそろそろかな。今日は楽しかったよ。ありがとうね」
ナズナはまた上品な笑みを僕に見せると、地面に置いたスクールバックの土を払うように叩き背中に背負う。
「こちらこそありがとう。それじゃ」
僕もナズナに倣うようにして鞄を持つと、今日のお昼過ぎと同様、雑草しかないあぜ道をナズナに背を向けて歩き出した。
ちょっと名残惜しい気持ちを抱えながらも僕はまだ田植え前で、水も入っていない田んぼをぼーと眺めながら足を進める。
頭に流れるのは先程のナズナとの会話の数々。
楽しかったな。そう思うと同時にもう会うこともないんだろう。という少し切ない気持ちを抱きながら僕は帰路に着いた。
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