あっ、ボカロPが街を歩いている!

六野みさお

第1話 どうする?

「大変だ、大変だ!」


 信行のぶゆきが大声を上げながら走ってきた。


「どうした?」

「とにかく大変なんだ! 俺は、俺はな……さっき向こうでボカロPを見たんだよ!」


 こいつは急に何を言い出すのだ。


「何を言ってるんだ。いいか信行、ボカロPという奴らはな、顔を出さずに活動するものなんだ。どうやってその人がボカロPとわかるんだ」


 オレはそう言ったのだが、信行はさらに意気込んで、こうまくし立てた。


「いや、だって、俺は見たんだよ! ボカロPがマネージャーと話してるところを! 明日出す新曲の最終調整とか言ってたんだよ! 絶対間違いない!」


 これは本当かもしれない。オレはだんだん興味が湧いてきた。


「で、そのボカロPとやらはどこにいるんだ?」


 悠太ゆうたが身を乗り出してきた。


「ええと……あっ、あそこだ! 今あのレストランから出てきた!」


 見ると、ちょうどレストランからいかにも音楽家のような顔の男が出てきたところだった。


「よし、追いかけるぞ!」


 信行は急いで走り出そうとした。


「ちょっと待てよ」


 悠太が呼び止める。


「なんかさ、さっきから二人ともテンション上がってるけどさ……。まず、ボカロPって何なの? スロバキアの大統領?」


 ボカロPは個人名じゃない。


「悠太はボカロPも知らないの? これだから最近の若者は……。」


 そう梨花りかが言った。なんだかオバサン臭いことを言っているが、梨花もオレたちと同じ小学六年生だ。


「いいから早く教えてくれよ!」


 悠太が急かす。


「ボカロPは、まあ、一種の音楽家だよ。普通の音楽家は自分の曲を自分で歌ったり、人に歌ってもらったりするんだけど、ボカロPは自分の曲を、ボカロというコンピューターに歌ってもらうの。最近急成長している音楽ジャンルよ」


 淀みない説明だな、とオレは思う。オレにはそこまでの知識はない。


「なるほどな。でも、最近のコンピューターって、歌も歌えるのか? ちょっと信じられないな」


 悠太はまだ半信半疑だ。


「何を言っているの、世界はコンピューターの時代なのよ。それで、みんなはそのボカロPをどうしたいわけ?」


 オレにはわからないが……どうするのだろう。


「決まってるだろ! ボカロPを捕まえて、インタビューするんだ! それで、その様子をライブ配信するんだよ! 絶対バズるぞ!」


 信行は今にもボカロPに襲いかかりそうな勢いだ。


「ふーん。でも、みんなはボカロPがそんなに簡単に捕まると思ってるわけ?」


 梨花は余裕ぶってウインクする。


「え? そりゃあ、みんなで一斉に飛びかかれば、簡単に捕まえられるだろ?」


 そう悠太が疑問を呈する。


「何を言っているの。私たちはまだ成長しきっていない子どもよ。普通に行けば、簡単に逃げられてしまうわ。だから、だまし討ちをする必要があるわね」


 ボカロPが討ち取られてしまっては困るのだが。


「どうやってだまし討ちするんだ?」


 信行はもう興味しんしんで梨花の話を聞いている。


「簡単よ。ボカロPを人気のない道におびき出して、上から網を落として捕まえるのよ。さて、悠太くん」


 どうやら悠太がおとりになるようだ。


「向こうの服屋に入って、パーカーを買ってきなさい」


 悠太は意味がわからないという顔をした。


「は? パーカーがボカロPに何の関係があるんだよ?」


 梨花は口調を荒げた。


「いいから買ってきなさい!」

「ははーっ」


 悠太は服屋に走っていった。

 ……で、元ネタのわかるオレたち三人は爆笑した。


「いや、パーカーでボカロPを釣るなんて、よく考えたな……。確かにうまくいきそうだが……。」

「ふふふ、私に任せておきなさい」


 梨花は得意そうだ。

 しばらくすると悠太が帰ってきた。手にパーカーを持っている。


「ほらほら、早く着る、着る!」


 梨花は悠太に無理やりパーカーを着せた。


「えっ、ちょっと待ってくれ……。これおれが着るのか? 今何月だと思ってるんだ? 死ぬぞ?」


 悠太の頬を汗が伝っている。確かに今は八月なのだが。


「え? いや、逆にちょうどいいでしょうが」


 ある意味ではそうではある。


「さて、悠太くん、今からそのパーカーを着たまま、あのボカロPを向こうの路地までおびき出しなさい。私たちは網の準備をしておくわ」


 そうして、オレたちは近くの路地に向かった。梨花がどこからともなく網を取り出し、オレたち三人は物陰に隠れる。もうすぐ悠太がボカロPをおびき出してくれるはずだ。


「それにしても、梨花はボカロのことをよく知っているな。本当のボカロP並みの知識があると思うぞ」


 そう小声で信行が言った。その途端、梨花の体が明らかにびくっと揺れた。


「え? なんか怪しいぞ……? こいつ、まさか本当のボカロPか?」


 信行が梨花をじろじろ見る。


「まさか。だいたい、ボカロPのほとんどは男じゃないか。梨花がボカロPなわけないだろ」


 オレはそう反撃する。

 と、その時。


「あれ?」


 オレたちの頭の上で声がした。見ると、さっきからオレたちが追いかけていたボカロPが、目の前に立っている。

 その向こうには、悠太が呆然とした顔で立っている。どうやら、オレたちは梨花がボカロPかどうかを議論することに夢中で、悠太がボカロPをおびき出したのに気づかなかったらしい。


「あわわわわ……」


 信行は口をぱくぱくさせているが、そのボカロPは信行を見ていない。


「あれ、君はひいらぎリリカじゃないか? 前のマ○ミラで会ったような気がするんだが」


 ……そうだった、思い出した。柊リリカ。最近人気のボカロPだ。そして、彼女はボカロPにしては珍しく女性であることでも有名なのだった。というか、梨花とリリカって、よく似ている。

 ちなみにマ○ミラとは、ざっと言うとボカロの祭典のようなものだ。


「ひゃっ!? いや、あの、その……」


 梨花改めリリカも口をぱくぱくさせている。


「ぽふぽふP! ついに見つけたぞ! ここに写真もある! 自分の顔をネットに拡散されたくなかったら、何でも俺の言うことを聞け!」


 信行はやっと正気に戻ったようで、おそらくもともとやりたかったことをやっている。それにしてもかなり強引だな。

 だが、ボカロPのぽふぽふ氏は、全く動じる様子がない。


「はは、別に構わないよ。だって、今をときめく天才美少女Pの柊リリカと、一緒に写真に収まれるんだからね」


 そう言って、ぽふぽふPは信行のスマホを取り上げて、さっと梨花の横に立つ。


「はい、チーズ!」

「きゃぁぁぁぁっ!?」


 そんなこんなで、オレたちの『ボカロPを捕まえよう!』作戦は、カオスな形で幕を閉じたのだった。

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あっ、ボカロPが街を歩いている! 六野みさお @rikunomisao

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