エピローグ

 半年ぶりの、仲睦まじい娘とその友の姿を見届けた後、国王は目配せで料理人を呼んだ。


「どちらも大変美味だった。今回も世話になったな」


「いえ、王女様に刃物や火を使わせるわけにはいきませんので、当然です。まあ、陛下が王女様が自ら調理をすることをお許しになれば、私の仕事も減るのですが。今がその頃合ではないかと存じますがね。——それで、味の方は、調が効いておりましたでしょう?」


 国王は苦い笑いを浮かべた。


「お前の笑い皺は見ていて気持ちがいいが、ときどき余裕綽々に思えてならんな。色々と察しがよすぎる」


「これは失礼を」


 この料理人は、料理の味はもちろん、人の機微にも敏感だ。

 毒殺の危険性がつきまとう王宮の料理人として、また、娘のわがままを安心して押し付けられる人物として、国王は彼を深く信用していた。


「……半年前、西の国の者が、我が娘の大切な友人にいらぬことを言ったようだ」


 国王は身分違いの、笑い皺のある友に核心を吐露する。


「——身分違いの子供が近くにいるから、この国の王女は振る舞いがなっていないと、私に諫言まがいのことを言った者がいた。恐ろしく遠回しにな。察するに、娘の目につかぬところで、あの子にも同じことを言ったのだろう。——おそらく、私のときとは違う、遠慮のない言い回しで」


「なるほど」


 料理人の目がすっと細くなり、鋭い光を宿す。

 彼は聡く、——味方に限ったことであるが——情に厚い男だ。

 たとえば十数年前、この友の助言を聞いていたならば——いや、それは王女の存在を否定することになりかねない。国王は思い直した。


「しかし、親が出しゃばって仲を取り持つようなことをするのは無粋だ。だが、まあ、、他国が付き合うに値するかどうかを判断することは、必要だからな」


「それで、いかがなさいます?」


 料理人はあえて深く追求することなく、話を促した。


「西の国が貿易を持ちかけてきた調、あれがなくともお前が提案したくだん調で味が良くなると分かった。上位互換と言えるだろう。それに、やはりというか、……西の国をこの料理でもてなすのは惜しい、という気分だ」


 賢王の言葉に、料理人の方が誇らしげである。


「さようでございますか。ところで、陛下ははじめから勝負がこのような結末になるとお分かりになっていたのですか」


 料理人の目はいつもの穏やかなものに戻っていた。


「ありもしない懸念事項や噂に、王宮の華と安らぎを奪われてはかなわんからな。だが、完全に同じ物を作ってくることまでは分かるはずがあるまい」


 ——お前じゃあるまいし。国王はその言葉を飲み込んだ。


「失礼いたしました。私はまだまだ人としては青いようです。しかし、料理人の経験から、分かることもございます」


 料理人は笑い皺を深くした。


「それほどまでに、ずっと求めていたのでしょう。お互いのコーヒーと紅茶に合う一品を」




 それから季節が過ぎ、その年も雪が分厚く積もった。

 春が来る頃には、王国で最もコーヒーと紅茶を愛する少女らが作った「雪解けマッシュポテトのクリームミートパイ」は王国の名物として浸透していた。

 そして、美しい友情の縁起物として、コーヒーと紅茶と共に、末永く国民に愛されたのだった。

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コーヒー王女とティー少女 火星七乙 @kaseinao

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