勝負の行方

「それでは、両者同時に開けるということでよいな。先攻後攻で有利不利が生じてはつまらん」


 正午の光が長いテーブルまで伸びていた。

 国王の目の前の二対のクローシュの取っ手には、それぞれ大人の給仕人が手をかけている。

 その後ろには左右対称にコーヒー王女とティー少女が控えていたが、やはり彼女らの視線は交わらなかった。


「コーヒーと紅茶の準備もよいな? ……では開けてみよ」


 料理の姿が現れると同時に、場はどよめいた。


「ほう、ほう。これは、これは。 ふむ、いや、しかし、まだ分からんな」


 国王は楽しげに笑っている。


「こちらの料理はなんという?」


 国王はティー少女に料理の説明を促した。

 身分の低い方から問うたのは、国王なりの気遣いだろう。


 ティー少女は愕然としていた表情を引き締め、なんとか言葉を紡いだ。


「……こちらは特製のミートパイでございます。料理の名前まで考えが至らず、申し訳ありません。臭みの少ない牛の赤身肉を細かくし、コクのある乳製品で仕上げたマッシュポテトに重ね、表面をパイ生地で包んで焼いたものです」


「なるほど、なるほど」


 国王は手を上げて「分かった」という仕草をした。


「——それで、そちらの方は?」


 問われたコーヒー王女はうつむいて唇を緊張させ、震えている。


「どうした?」


 国王、給仕人、料理人、護衛、そして二人の少女。

 張り詰めた空気の中、王女の口から出たのは、


 ——笑いだった。


「あはは! 嘘でしょう! こんなことって!」


 そして、コーヒー王女の視線は、本日初めてティー少女に向けられた。


「王女様、畏れながら、そのような笑い方は……」


 王女の向かいで金髪の少女がたしなめるが、国王に似て気安い王女は笑顔を向けるのを止めない。


「あはは! だって、全く同じものを作ってくるなんて!」


 半年ぶりにティー少女へ向けられた砕けた笑顔と、王女らしからぬ弾けた声色に場が弛み、この気さくな王女の笑顔は周囲に波及した。


「王女様……! ですから……!」


「何よ、あなただって笑ってるじゃない!」


 ティー少女は諦めの悪いことに、将来の王女補佐らしいことを言ってはみたが、とうに破顔してしまっていた。

 王女はその幼い笑顔に、いつかの面影を見た気がした。


 不意に、笑い声以外の音が響く。笑いの渦を優しく鎮めるように、国王がゆっくりと手を叩いていた。


「料理が一緒とあっては、勝敗のつけ方を変えねばならんな。『コーヒーと紅茶の両方に合う料理』なら、『この料理にはコーヒーと紅茶のどちらが合うか』を競ってもらうべきだろうか? ——いや、それよりも」


 よく通る堂々とした声を響かせた国王は、先ほどとは打って変わって厳しい表情を浮かべた。


「どちらかがどちらかのレシピを盗んだ可能性を考えるべきか……」


「「そんなことはあり得ません!」」


 黒髪と金髪が同時に揺れ、少女らの声が重なった。


「王女様は私に厨房をお譲りくださり、私がそこにいる間はそちらの料理人以外誰も通りませんでした。王女様が人払いをしてくださったとしか考えられません! 近頃の私の様子から、万一の際に私が疑われることのないようにと!」


「お父様! 私は自室に料理人を呼んで考えたのですよ。彼女は知る由もありません」


「おかしいことを申しているな。では料理人が怪しいではないか」


 国王は意地の悪い笑みを浮かべて見せたが、王女と少女が怯むことはなかった。





「あり得ません。彼は陛下のご友人です」


「そもそも、私はこの件で、お父様が彼に何かを依頼したと思っておりましたが」


 国王は、にやりと笑った。


「はは。冗談だ、仮にどちらかが盗用していたら、いや、互いにその疑惑が少しでもあれば、あのように大笑いはするまい」


「国王様、ご冗談が過ぎます」


 国王に次いで口を開いたのは、黒髪の王女の呆れた視線と、金髪の少女の驚いた眼差しを浴びた料理人である。


 彼女らの視線を、国王が言葉で制す。


「まあ、いいじゃないか。それより……そうだ、私は料理の味はわかっても、コーヒーと紅茶の味については専門外だ。 審査をするには、この国でこれらに一番詳しい者達に依頼せねばならんな」


 この国で一番コーヒーと紅茶に詳しい二人の少女は、顔を見合わせた。


「それで。二人はここで、一緒に食事をしてくれるだろう?」


 こうして、勝敗などつかないと分かりきった、ただの食事会が半年ぶりに開かれたのである。


 そして、コーヒー王女とティー少女にわずかに残っていた緊張は、料理を口にした瞬間、解けて消えた。


「まさか、味付けまでほとんど同じなんて!」


 二人が笑い合う姿は美しく、微笑ましい。


 しかし、ティー少女は、はっと何かを思い浮かべ、少し視線を落とした。

 ここ半年間、度々目にしてきたその仕草を改めて確かめて、王女はとうとう、心の内を尋ねる決心がついた。


「ねえ、私のこと、嫌いになったのでないなら、話してくれないかしら」


 コーヒー王女が勇気を振り絞って放った本心に、ティー少女はその内容を問い返すこともせず、しかし言葉を選びながら答えた。


「……私は、本来なら王女様に気安くできる身分ではありません。王女様がお許しくださっても、これから大人になるにつれ、それを良しとしない人も増えていくでしょう。侮られるのは、王女様です」


 コーヒー王女は、「なんだ、そんなこと気にしていたの」と口に出そうとしたが、ティー少女の言葉を脳内で反芻し、噛み締め、思いとどまった。


 その代わりに黒髪の王女は優しく笑い、静かに金髪の少女の手を取った。


「……私は周りが心安らぐ存在でありたいの。たとえばそう」


 長いテーブルには、華と安らぎが戻っている。


「コーヒーや、紅茶のように」

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