無人野菜売り場

@ramia294

  

 シャッター通り商店街。


 この街には…。

 時代を遡ると都がありました。

 華やかな文化もありました。

 全てが、歴史の中に埋もれ、この国の人たちの記憶から消え去ろうとしている街です。


 シャッター通り商店街。

 そんな街に住む人々からも、さらに忘れ去られようとしていた、通りがありました。


 昼間だというのに、シャッターばかりが目立つ小さな商店街。


 その商店街の中ほどに、無人野菜売り場が、ひっそりと開いています。


 時代に置きざりにされた田舎の町。

 美味しくて澄んだ水と、綺麗な空気には、恵まれていました。美味しい野菜が、育ちます。

 ご近所さんは、開店と同時に訪れます。


 しかし…。


 いったい誰のお店でしょうか?

 誰も店長さんは、見たことありません。

 お店には、お代を入れる木の箱がひとつ。


 『野菜どれでも百円です』


 木の箱には、たったひと言、そう書かれています。


 大きな白菜も百円です。

 太い大根も百円です。

 可愛い小カブの大きな束も百円です。


 お鍋の季節は、飛ぶように売れていきます。


「あれ、あれ、もう売り切れているね」


 僕は、笑いました。

 僕が、お店にたどり着く前に、冬の野菜は、売り切れました。


 知る人ぞ知る野菜屋さん。

 シャッター通りの人気店。


 お店から出ると、鹿が二頭。

 今日は、人の歩く姿よりも、鹿の歩く姿を多く見ます。

 そこで思いつきました。

 

 シャッター通り商店街。

 今日も鹿たちが、ノンビリお散歩です。人の数より鹿の数の多い商店街。

 ぼくは、鹿せんべいを買って来ました。

 今日も野菜売り場には、僕の買う野菜は、残っていませんでしたが、お店を出ると、鹿たちが、今日もお散歩。

 鹿せんべいの封を切りました。


 鹿たちが美味しそうに食べてくれます。

 僕も嬉しくなりました。

 翌日も鹿せんべいを買いました。

 昨日よりもたくさん買いました。

 野菜売り場にたどり着くよりも、鹿たちに囲まれた方が先でした。

 

「今日は、たくさん買ってきたよ」


 鹿たちには、鹿せんべい。

 たくさん買ったせんべいが、無くなるまで、食べてしまいます。

 美味しそうに、食べている姿に、つい笑いが…。

 楽しい、楽しいせんべいタイム。

 明日も買って来てあげよう。


 野菜を買う事を忘れていました。

 そのまま帰りそうになりました。


 野菜売り場を覗いてみました。

 棚に、野菜は、既に空っぽ。

 包みが、ひとつ置かれているだけでした。

 しかし、その包みには、こう書かれていました。


 『おせんべいのお礼です。お代は、結構です。明日もお待ちしています』


 包みの中を覗いみると…。

 大きな白菜。

 太い大根。

 小カブの束。

 とても美味しそう。


 もしかしたら、このお店の店長さんは…。


 まさか、そんな事はないでしょう。

 お店の方が、見ていただけでしょう。

 僕は、鹿せんべいを食べている姿を見たいだけ。

 お礼といわれても困ります。


 その日の夜は、とっても美味しいお鍋でした。

 みんなでパクパク食べました。

 とっても美味しいお野菜は、その日のうちに無くなりました。


 翌日は、少し多めの鹿せんべいを買いました。

 シャッター通りには、既に鹿たちが待っています。

 みんなに鹿せんべいを。

 美味しい野菜のお礼です。


 野菜売り場には、またまた包みが、有りました。

 美味しい野菜が、たくさん入っていました。


 その夜も温かいお鍋です。

 たくさん野菜を食べました。


 それから毎日、野菜売り場には、僕への包みが、置かれています。

 僕も鹿せんべいを毎日持って、シャッター通りへ行きます。


 きっとこのお店の店長さんは、鹿さんです。

 鹿さんたちは、僕の食生活を応援してくれています。

 これは、僕への推し活でしょうか?

 いいえ、これは鹿せんべいへの推し活。


 僕の体重は、3キロ増えました。



          終わり





 



 






 

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