無題のメッセージボトル

かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中

メッセージボトル

『助けて下さい』

『私達の島は、間もなく沈みます』


 みっともない短文以外に、僕らがビンの中へ詰める暇は無かった。

 いつこの大波に攫われるかもわからないからだ。

 一度攫われたら最後、僕らはこの赤い色と同化する。

 初めて聞く血潮の唄に、僕らは恐怖した。こんなのは生まれてきて初めての事だったんだ。僕らはどうすればいいのか分からなかった。


 唯一波に飲み込まれないのは、このメッセージボトルだけ。

 偶に塩水がメッセージボトルの中に入って、文を書き換えてしまう事もある。

 だけど、そんな大きな海に負けないくらいに、僕らはSOSを流した。

 命ある限り、メッセージボトルを流した。

 命亡い者の、文まで。


 メッセージボトルが帰ってきた。

 沢山帰ってきた。偶に帽子が混ざってた。

 メッセージボトルには大体、こう書いてあった。


『どうか、生き延びて』

『生きて』

『応援しています』

『メッセージボトルがまた流れる事を、私達は待ってます』


 僕らは、嬉しかったと思う。

 だけど、世界は私達を助けてくれない事を知った。

 仕方ない、と頷いた。だって海は強大で、入れば同じく赤く染まるのだから。


 結局僕らは、悪夢の波にさらわれない様、この狭くなった島の中でただ耳を塞いでいる事しか出来ない。


 目の前で少女が波にさらわれるのを見た。

 まだ僕より小さかった。

 助けられなかった。

 どうして彼女は、海の藻屑とならなければいけなかったのだろうか。

 誰も答えない。

 同じ地下トンネルの中、赤ん坊を抱えて蹲る女性は答えてくれない。

 今は昔同じことがあった時に生き延びた老人も答えてくれない。

 自問自答する僕も、答えてくれない。

 どうして彼女は生きる事が出来なかったのだろう。

 どうして彼女は生きる事が出来なかったのだろう。

 どこから、こんな事になってしまったのだろう。


 鳥は自由にこの島から出れるのに、どうして僕らは出れないのだろう。

 羽が、欲しかった。

 どうやら島の場所によっては、羽が手に入る事もあったらしい。

 でも僕は運が悪かったようだ。


 僕達の島の大統領は、僕達に言った。


『島の人間全員で、島の危機を乗り越えなければいけません。18歳以上の男子は、防波堤になってください。島そのものが消えない様に、戦ってください。私と一緒に』


 厳しかったお父さんと、優しかったお兄ちゃんの真っすぐな背中を見送る事しか、僕は出来なかった。

 悲嘆に暮れるお母さんの丸まった背中を摩って、一緒に泣く事しか僕は出来なかった。


 その頃、海はメッセージボトルでいっぱいだった。

 赤い景色は、一瞬だけメッセージボトルで満たされた。


『海は許せない!』

『こんな大シケになるなんて!』

『一刻も早く終わる事を願っています』

 

 でも、そのメッセージボトルも直ぐに流れて行ってしまった。

 僕たちは、そのメッセージボトルの事を直ぐに忘れてしまう。

 一秒後に息をしているかさえ辛い状況だと、僕たちの脳は生憎パンクする残念な仕組になっているみたいだ。


 でも、僕も思う事がある。

 昔、海は世界に約束した。

 大波の時になっても、無関係の人は飲み込まない、ってちゃんと平穏な日常を願って約束した筈だったんだ。

 でも海は嘘つきで、無関係の人間すら飲み込む。

 あの少女の様に。


 僕らの大統領が大きなメッセージボトルを流している頃、海の向こう側からも大きなメッセージボトルが流れ着いた。


『海を固めるための物質を流します』

『私達も同意します』

『海の動きはこれである程度止まった筈』


 でも、大波は相変わらず面白かった近くのおじさんさえ奪っていった。

 島の面積も少なくなってきた。

 大統領がいる、島の中心街しか残っていない。


『助けて』

『助けて』

『助けて』


 周りでメッセージボトルを流す人達を見て、しかし僕はもう言葉を紡ぐ事を止めた。

 僕は知っている。

 島の向こうで人間は、海も島も一瞬で干上がってしまう太陽を創ったんだ。

 厄介な事に、海も僕らも干上がってしまう太陽を持っている。

 海を怒らせてその太陽が発動すれば、世界が終わる事を知っている。


 助けようと思っても助けられないんだ。

 でも。

 助けて欲しかった。


『――』


 その時、僕は波から浮かび上がったメッセージボトルを見た。


『ごめんなさい。こんな事になるなんて、知らなかったんです』

『ごめんなさい。死にたくない』

『ごめんなさい。私を許さないで』


 波たちも、被害者だったようだ。

 ふざけるな、と言いたかった。でも、僕も残念ながらわかってしまった。

 この波も、島の浸食をやりたくてやっているんじゃない。

 海の中心で発生している大いなる力、海の仕組みに押し出され、そして僕達に向かっているんだって。


 僕たちは、一体誰を憎めばいいんだろう。

 でも大いなる力や海の仕組みに唾はいた所で、何が変わるというんだろう。

 どうやって、みんな幸せになればいいんだろう。

 そんな贅沢なこと望まないから、どうやってみんな生きればいいんだろう。

 生きる事さえ贅沢なら、僕たちはどうして生まれてしまったのだろう。

 そんな矛盾を嘆く心なんて不必要な筈なのに、どうして僕にも波にもあるのだろう。


 どうして。

 どうして。

 どうして。


『波を干上がらせるための、火を送ります』


 メッセージボトルには、火が入っていた。

 僕は火を手に取った。

 僕がメッセージボトルに願っていたことはたった一つだ。


『僕らは、生きたいんです』



 だから、

 だから、

 だから、



『ごめんなさい』

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