第五話

 いやいや、レンゲを投げ捨てることに成功した。コートジボワールを犬と交換して、まち針で留めたものは極めて穏やかである。無限の静謐さを帯びている、とでも言い換えることができよう。ポスターを破ったのは棄権退場したあいつだった。メロンソーダを片手にボラを釣り上げていた生徒会長。トレードマークの羊入りの穏やかさは、きつく縛り上げられた宇宙食のようだ。フリーマーケットに出せば無事に可決する。


 手荷物検査で引っかかったホームラン王の右手をコンクリートに突っ込んで、欠点を指摘するキーボードを浮かべてビート板走行する。ブルドッグ色の宝石は、今もなお現役だ。接近戦になると思われたが、彼は小石を地面に埋めて高らかに宣言したので実際には戦いは行われず、フッ素樹脂をパウダー状にしたトンボを打ち上げた教会へ、いざ出航する北海道の鉄道旅行に行くらしい。


 ハンドボールを可視化した煩悩を小馬鹿にするロケットは分解された。ユッケとホッケを取り違えた食品会社が百円で売られていたので、ただちに購入しようと友人に誘われた。針金をくっつけて反省文を書かされるハメになるのがいやで、よき理解者を得ようとしたに違いない。鯛焼きのクリームはカスタードが定番だが、希にマグマクリームが入っていると礼拝堂で誓った。先輩は今日も元気だ。後輩を見てそう思った。


 椎茸をマイタケへ変更するプログラムを組み終わったはみ出し者の刑事は、バーベルを脳みそに嵌め込んで高笑いを始め、これでも世間体を気にしているんだと嘆いていた。勝負師なのだろう。喫茶店の出窓を持ち上げてみると世界の果てが見えるので是非やって欲しいのだが、喫茶店自体少数なので発見すること自体レアチーズケーキより難しくレアになり、ついでミディアムを注文する真昼にはそのことを十分に注意して欲しい。石灰岩を振り上げた地球、錆び付いた火星を指でつつく海王星。生姜焼きはこちらですと案内する月。原生動物であることを認めないと、借金が帳消しにはならないようなので、佐藤は発狂していた。佐藤は今すぐダーウィン先生に身柄を預けるべきだと思う。それとも科捜研に突き出して解剖してもらおうか。運命は私のみが知る、と佐藤は生前豪語していたものだ。干からびた鰯、五月晴れ。


 懸賞金が八万ドルのあいつを追いかけていると川に落っこちてしまった。性別不明の遺体が後日揚がり、イルカが証言してくれるところによると、やったのは私ではなくイカさんとのこと。あの十本足の巨大イカ。釣り上げて湘南のせんべい屋に頼んでプレスしてもらいたい。根性焼きよりもレスポンスが欲しい。左は地獄だぜ。サンマよりも鮭だ。


 オルガンを弾いていたピアノは、ギターを殴り飛ばしてチェロに求愛する。左に飛ばされたサンマはもんどり打って、スペインの首都に突っ込んだ。付箋でこのページをあとから読み直せるようにして、スピンを切り落として脳漿をぶちまけた。死骸には用はないと言っていた。多分、ミンミンゼミ並みにアブラゼミを憎んでいる。それは犯行動機としては充分とは言えない。


 ドラフト会議の前日に自宅のマンションが燃えて、ドラフト会議にも選ばれなかった。母は怒りで十二球団すべての監督の首を切り落とし、全国ネットにさらし上げたのだが、集まってきた警察の手で逮捕されたのも放送されていた。彼はそれを居間でせんべいを食いながら、なんでやねん、とちゃぶ台を思わずひっくり返すという所業に移った。すると兄がやって来て、まぁこんなこともあるさと肩を叩いてくれた。今日は寿司でも頼もうじゃないか。やっぱりファストフードはとてもおいしい。卵白よりも卵黄の方がすぐれているとはまさにこのことである。掲示板にでも書いておいてくれ。


 


 しかし私の妄想にはお手本がねぇのが厄介だな。基本私の頭にあることを吐き散らしているだけだから、自由自在にアイディアをいじくることができるっちゃあできるんだけど、たまにさっきの文章みたいにまとまらずに終わることも出てきてしまう。まぁ、それもまた一興と言ったところだ。芸術には傷があってこそ良さが滲み出てくることがあるように、私の奔放な妄想にも傷があった方が、より美しく見えるとは思わねぇか?


 くだらない? そうかい。


 おっと、時間を飛ばすぜ。


 世間はズバリ春であるが、私らの学校生活はどちらかといやぁ夏に差しかかる。つまり体育祭があるっつうこった。べつに嫌いじゃない。体育祭にも学年別種目があって、今はその練習の最中であり、私は気合いを入れるためにハチマキを巻いて体育座りをし、木刀の刀身を眺めながら出番が来るのを待っていた。またあくび。いやぁ、空は曇っていて、もうすぐ雨が降りそうなのによくやるよなとか思ってる、内心ではな。だが教員がやりたがっているのだからここは生徒も合わせるべきだ。それが学校に所属する人間の宿命だったりする。うーん、ヒマだ。妄想を始めてもいいが、今妄想し出すといざ出番が来たときに対応できなくなるかもしれない。カッターでも持ってくればよかったのだ。そうすりゃ、木刀をいい感じの切れ味に仕上げることができるっつうのに。おっ、出番みたいだね。私はハチマキがほどけないようにもう一度締め直し、鋭く気を集中させ、一秒で立ち上がった。そして私は首を傾けた。なぜだ。なぜそんな目で見るんだ。周りの彼らは困ったような顔で私を見ていた。私は顔を渋くして、自分の失態に気づいてしまった。あぁ、うっかりしてたぜ。ハチマキが必要なのは体育祭当日とリハーサルだけだったんだっけ。私は髪を左右に散らし、首を振りながらハチマキを取った。髪の乱れを指先で直し、腕を組んでグラウンドのスペースを見た。風が砂を運んでいた。私は再び前を見て、小指で頬を掻いた。彼らは口をもごもごさせながら私に倣って前を向いた。


 これが終わったら昼食だ。少し仮眠を取ってもいいが、昼休みは充分に時間はあることだし、私の日課たる妄想を進めてもいいかもしれない。いや、これは義務じゃないんだ。ただの私の遊び、すなわち自己満足でしかないんだ。だけど、ほら、プラモとかフィギュア集めに目を輝かせる人たちがいるように、妄想好きな女もここにはいるってことだ。強いて言うなら、私の永遠の恋人はカオスである。この天気なら外で食べようという気も起きないだろうから、今日は屋根の下のベンチで裏庭を眺めながらただ一点を眺めるという所業でもしよう。そりゃいいぜ。ついで小雨でも降ってくれりゃ最高だ。腕を組み、さらに足を組むといういつもの姿勢で、ベンチの端っこに座り、頭にちっこいカエルが乗ってくるのも構わず、雨に叩かれる名も知らぬ花を見つめるのもまた悪くない。そして遠くで鳴るチャイムの音で現実に帰り、次は移動教室だったと思い出す。ソーダ水色の眠気。……うはー、なんて美的な響き。

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