#40 フィクション 後編
「ジャン・モニオットとは以前からお知り合いだったのですか?」
アーネストが質問を変えた。
「そうね。
モニオット……ジャンを知ったのは数ヶ月前のことよ。
偶然……あれは本当に偶然だったわ」
春も間近だというのに、雪のちらつく寒い夜だったと、ラシェルは記憶していた。その夜は昔馴染みの舞台仲間たちと深酒をしていたのだという。元女優や俳優、スタッフ、その仲間たちで、今は俳優を辞めてしまった男が経営する飲み屋に寄ってドンチャン騒ぎするが、金曜日。週に一度の楽しみなのだそうだ。
「友だちを介抱して馬車を待っていた時よ。
男が猛スピードで走ってきて、友だちの方にぶつかったの。エルザ――私の連れなんだけど……。エルザは、ぶつかられた勢いで道路に倒れ込んだのよ。よくあることだからこのまま道路に寝ちゃいけないと思って。私、エルザを助け起こそうとしたんだけど、その時に遠くの方に人影を見たのよ、複数。この男は追われていたんだなと、それで気づいたんだけど。
そしたら、隣で声がした。
私と一緒に飲んでいた仲間のひとりが、ぶつかってきた男と顔見知りだったのね。
『ジャン!ジャンじゃないか!?どうしてこんなところに?こんな時間まで劇場の掃除か!?』
って、男に声を掛け始めて――
男たちは別の店で飲み直そうって話てたから、連れ立って行ってしまったわ」
「『初めて会った』ということは……次にもどこかで会ったんですか?」
「二度目にモニオットに会ったのは、『パリアンテ』の稽古場よ。
ロンダが連れてきたわ。
私はすぐ、あの雪の夜、ぶつかってきた男だと気づいたわ。モニオットの方も私の方を見て、驚いた顔をしていたのを覚えている。
私はロンダの情報が欲しかった。
だから、モニオットに近づいて……前に会った時のことを尋ねたの」
***
ラシェル・ボネールが、ジャン・モニオットから聞いた話だという。
ラシェルに始めて会った夜、モニオットは、ジジ・デ・ガットとの取引きのため、18区の裏路地にある
目的は、8年前、義兄弟スティーブ・ダグーの命を奪い、モニオット自身の左脚を不具にしたことに対する報復だ。
靴をぴかぴかに磨き、普段はもう着ることのなくなった黒のスーツを整え、拳銃を二丁用意していたのだという。
DRの
春も間近だというのに寒い夜で、待っているうちに雪がちらつき始めた。
ガラヴァーニが入店して30分。人が出てくる様子はない。
モニオットは壁に背中をつけて凭れかかり、胸に仕舞ってあった巻煙草を取り出した。マッチで火をつけ一服吸い、再びDRのほうに目を遣る――。
と同時に、自分の左の
左を振り向くと、震える銃口の向こうに、顔を引き
「う……う……動くな!動くと!!!撃つぞ!!!」
男は声を
「……動かなくても、撃つんだろう?」
ひと目見て、目の前の男は銃を持ちなれていないことが分かたのだという。
モニオットは落ち着いていた。
「う……うるさい!黙れ!!!」
若いヒットマンは言った。
「銃は両手で持て。脇を締めてきちんと固定を……」
「黙れっていってんだろぉ!……ヒャッッァア!!!」
――ガォン!!!
パニックになった男が誤射した弾は雑居ビルの壁の方へと飛んだ。
「だから、言わんこっちゃない……」
モニオットは胸に手をやり、ヒットマンを見るとにやりと笑った。
「銃はこうやって撃つんだ」
――ガォン!!!
モニオットは目の前に転がった男の遺体を乗り越えて全速力で走り始めた。
――ガシャァァァァァァァン
「キャアアアアアアアアアアアアア」
雑居ビルの裏手側から放たれた銃弾が、モニオットの後頭部をかすめて、DRの店のガラスを割る。従業員のものと思わしき女の悲鳴が上がった。
「右だ!右!」
「右!?」
「逃げたぞ!!!」
背後を振り返る余裕はないから分からない。
追手の声が三人分は聞こえてきた。
自分の計画が事前に相手方に漏れる可能性があることを計算していなかった自分を呪う。
――オレもヤキが回ったもんだ。とにかく……
モニオットは走った。
心臓が痛くなるほど走るのは何年ぶりか。
息が詰まる。
脚がもつれないように、気をつけなければならない。
――大通りへ出れば、奴らもおいそれとは手が出せないはずだ。
ジャン・モニオットは心を無にして走りきり、大通りに出たところで、ラシェルが介抱していた女にぶつかったらしい。
***
「ジャン・モニオットと取引きをしたの」
ラシェルは言った。
「ジャンはファビオ・ガラヴァーニに復讐したかった。
私は、ジャンの代わりに、ガラヴァーニの近辺に探りを入れたわ。
こう見えても私、顔は広いのよ。お金もある。
ジャンに最後に会ったのは6月4日。
私は、ジャンの復讐に協力する代わりに、小道具の保管庫の鍵を預かった。
ジャンは最後に
『本当にこんなことでだけいいのか?
高飛びする金まで用意してくれたのに』
と尋ねたわ。
私は
『ええ』
とだけ答えた。
ジャンは私のことを深くは聞かなかった。
なぜ、私が、ジャンに近づいたのか、その理由すら」
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