#34 今宵短し 後編
アンヌさんが夕食に用意していたのは、子羊のソテーだった。
私は鶏肉、アーネストはキッシュに賭けていたから、結局のところ、賭けはチャラになった。
付け合せに茹でたニンジンとインゲンが載っている。子羊にクロワッサンは違うだろうと思ったらしい。アーネストも私に合わせて、バゲットとチーズで締めくくった。
食後私たちは、それぞれの部屋に戻った。
サンカン夫人の言葉に触発されたこともあり、私は原稿を書かねばならないとは思っていたのだ。
しかし、頭は、
観客が見守る中、舞台上で起こった殺人事件に加えて、マフィアが絡んでくるとは……思いもよらなかった。
私は原稿を書くために机に向かったはずだった。
しかし、私は、ペンを手に取ると、机上に置かれた白紙に、二つの事件についてのこれまでの経緯を時系列で書き始めていた。
6月5日
ジャン・モニオットが欠勤。ペケニュー支配人に対して、事前の欠勤申請あり。
ファビオ・ガラヴァーニ死亡(6月5日から6日にかけて)
※ガラヴァーニの殺害事件に、ジャン・モニオットが関与か?
6月6日
ジャン・モニオット、無断欠勤。
19時まで『パリアンテ』のリハーサルを実施。リハーサル時、短剣は模造剣。19時以降、翌日舞台開演までの間に、すり替えられたと推定。
リハーサル後は、ラシェル・ボネール、ザザ・レスコー、マルタン・ロンダ、エドモン・ティオゾ、クリストフ・ラヴォーとモーガン・ブランションの順に帰宅。
6月7日
●10時
天国劇場の従業員、舞台スタッフ、クリストフ・ラヴォーが出勤。
●11時
アニー・ラヤールが配達されてきた弁当を受け取る。この際、ジャン・モニオットと思わしき人物の後ろ姿を目撃。短剣を含む舞台で利用する道具を置いた倉庫の鍵を所持。
●17時
ラシェル・ボネール劇場入り。
※出演者の中では、ラシェルの劇場入りが最も遅かった。ザザ、マルタン、エドモン、モーガンは17時前に劇場入りか?
ロカード・サンカン、アーネストとともに劇場到着。
私到着。
●17時30分
楽屋へ。
ザザ・レスコー、エドモン・ティオゾ、ラシェル・ボネールの姿を確認。遅れて、クリストフ・ラヴォーとモーガン・ブランションが現れる。さらに後から、マルタン・ロンダが姿を現す。
●19時
開演
●20時30分頃
『パリアンテ』一幕終了間際、マルタン・ロンダがエドモン・ティオゾに刺殺される。※短剣からはニコチン検出。
●21時30分頃
ジャン・モニオットの遺体がセーヌ川流域で発見される。※ジジ・デ・ガットのファミリー構成員(ジャンノット・リッツォーリ)による報復か?
※死後8時間以上は経っている。
6月8日
アーネストと共に、ロカード・サンカンに会う。
ロンダ夫人は降霊会へ。
ファビオ・ガラヴァーニの遺体発見。
6月9日
デュムーリエ警部たちと共に、フレデリック・ペケニュー及びアニー・ラヤールの話を聞く。
この2つの事件について、分かったこと、今日までにあった出来事を時系列に簡単にまとめる。
自分にしか分からないような簡単なメモだが、読み返してみて、私は満足した。頭の中が整理できたような気がする。
私はこのメモを持って、隣のアーネストの部屋をノックする。「どうぞ」という返事を待っていたが、その前に、部屋の
「アーネスト、今ちょっといい?
天国劇場でのマルタン・ロンダの殺害事件とジャン・モニオットの死亡事件について、これまでに分かったことをまとめてみたんだ!
意見、聞けるかな?」
つくったばかりのメモをアーネストの前に突き出した。
アーネストは突き出した紙の向こうから少し顔を出して、私のほうをマジマジと見つめたあと、黙ってそれを受け取った。メモ書きに目を通し、私を部屋の中に招き入れる。
「やっぱり……ジャン・モニオットは7日朝には死んでいたのかなぁ。
7日の夜9時半に見つかって、死後8時間以上経っていたとなると昼の1時頃には殺されてたんだぜ?」
「まあ、死んでいたかどうかまでは分からないが、さっきデュムーリエ警部に言ったとおりだよ。ガラヴァーニへの復讐を果たしたモニオットが、ジジ・デ・ガットから報復される恐れがある中で、ロンダ氏を殺害しようとする動機と合理性を見出せない。しかも、舞台上でエドモン・ティオゾに毒殺させるという手段を取る必要があるのかも疑問だ。
その時までに、モニオットが死んでいたかはどうかまでは分からないが」
「時間的にも難しいと思うんだよなぁ。
真っ昼間にマフィアが報復すると思う?イメージだけだけど。ああいうのって、夜、暗躍してそうじゃん?」
アーネストが私の顔を呆れたように見つめて、
「まあ、イメージは夜型だな」
と言った。
「……となると、7日11時に、アニー・ラヤールが目撃した人物は誰だ?って話になるよなぁ」
「それは、モニオットが死亡する前。
おそらく、ガラヴァーニの殺害を決行する前に、倉庫の鍵を受け渡しできた人物だと思ってはいる」
「そうだなぁ。
そいつが犯人なのかな?」
「まあ……共犯者がいない限り、その人物が真犯人だろうね。
犯人は倉庫の鍵をモニオットから受け取っていたわけだから、6日の19時以降いつでも短剣をすり替えることができた。
その犯人は、アニー・ラヤールが11時に事務所で弁当を受け取ることを事前に知っていたことも推察できる。アニー・ラヤールに、わざわざジャン・モニオットの姿を目撃させたのだから」
「それはなぜ?」
「それは犯人に聞くのが一番正確だと思うが……単純にジャン・モニオットに罪を着せるためじゃないか?」
「でも、モニオット、死んでんじゃん!」
「だから、それは犯人に聞くのが一番正確だと思うが、そこは犯人の誤算で、ジャン・モニオットが思いの外早く、ジジ・デ・ガットの配下に捕らえられたんじゃないか?」
「あー……」
確かに、まさかジジ・デ・ガットの名前がこんな事件で出てくるとは、私も思わなかったことを思い出した。そこは予測できない部分なのかもしれないと考えを改める。
「おそらく、犯人はジャン・モニオットがガラヴァーニの殺害を行う計画を事前に知っていたのだと思う。むしろ、モニオットに力を貸したのかもしれない。
その代わりにモニオットから倉庫の鍵を受け取ったんだと思う」
「なるほどねぇ。
……で、そうなってくると犯人は誰なんだろう?
11時の時点で仲間と仕事をしていたクリストフ・ラヴォーは除外されるかな?」
アーネストはゆっくり頷いて、遠くの床をぼんやり眺めるように言った。
「犯人を考える時、殺害の手段に合理性を求めたほうがいいのかもしれない」
「合理性?」
アーネストは再び頷いた。
「なぜ犯人自ら手を下すのではなく、エドモン・ティオゾに殺人をさせたのか。
そこに犯人の手がかりが隠されていたのだと思う」
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