#28 甦る男 ②

「ジャン・モニオットについてだが……

 ジャン・モニオットはすでに遺体で発見されている」


「………………」


 私は驚いて声を失った。

 ロンダ氏を殺害した犯人はモニオットだと思っていたからアテが外れたのにもショックも受けた。


「6月7日……つまり天国劇場で殺人事件あった日の夜、13区のボニツェール公園付近で男の水死体があがった。我々はこの男について直ちに似顔絵を公開した。情報提供を呼び掛けたらすぐに通報があってね。

 その情報と合わせて、前科歴とも照合をさせたら……」


「ジャン・モニオットだったというわけですか」


 アーネストの言葉にデュムーリエ警部が頷いた。


「その事件の記事には、遺体に胸部他複数箇所に銃創があったと、新聞に書かれていたと記憶していますが」


「そんな記事、載ってた?」


 私は思わず、隣りに座っているアーネストに尋ねた。

 私の記憶にはなかったからだ。


「6月8日付朝刊の三面下段右」


 アーネストが即座に答えた。

 私の方にちらりと視線を移しただけで、振り向くこともしないから憎たらしい。


「新聞の掲載場所までは私も知らないが、遺体に複数の射創があったのは事実だ」


 デュムーリエ警部は苦笑いをした。


「ジャン・モニオットは……何者かに射殺されたということですか?」


 私の質問に警部の表情が真顔に戻った。

 警部の隣りに座っていたフィデール刑事が口を開いた。


「おそらくはマフィアの報復によるものだと考えられます」


「マフィア!?」


 若い刑事の言葉に驚いて、つい大きな声が出た。想定の範囲を越えた単語を耳にしたからだ。


「なんでまたそんな……」


「ジャン・モニオットは8年前まで、18区を拠点に活動するマフィアの幹部でした」


「8年前?」


「ええ。8年前に一度、通貨偽造罪で逮捕され実刑判決を受けています」


「通貨偽造……」


 フィデール刑事はぽかんとする私を尻目に、淡々と話を続けた。


「当時は大きな事件だったんですよ。

 マフィア同士の抗争にも発展しましたから死亡者も多数出ましたし。モニオット自身、左脚に銃撃を受けています。

 モニオットが中心となって進めていた、東方の董欣ドンシン一家との取引きを、当時モニオットの部下だった男が、ジジ・デ・ガット傘下のファミリーに情報を漏らして、警察も巻き込んでの大きな抗争に発展させたんです」


 ジジ・デ・ガットの名前は聞いたことがある。

 隣国マッツォレーニの悪名高き麻薬王だ。マフィアの代名詞となっている名前だが、あまりにも有名な名前なので、むしろ現実味がない。善良な一般市民である自分には、ジジ・デ・ガットという人物が実在しているという感覚がなかったのだ。


「それが……今回の事件と関係するんですか?

 マフィアの幹部ってことは、モニオットはもう足を洗ったってことでしょう?」


 フェデール刑事との会話に、デュムーリエ警部が横から割って入ってきた。


「モニオットは、マフィアとして自ら足を洗ったというよりも、過去の人間になってしまったんだろう。本人の意志とは関係なく、用済みになったといいうことだ。

 それに足を洗っていようがいまいが、モニオットにしてみれば、裏切り者に復讐したいという気持ちは別問題だったんだろう」


「……復讐ですか?」


「そう。

 昨日、18区の雑居ビルで、モニオットの部下だった男の遺体が発見された」


「モニオットを売った男ですか?」


 警部は首肯した。

 フィデール刑事が手元のノートのページをってメモのしてある箇所を読み上げた。


「ファビオ・ガラヴァーニ。年齢は33歳。今では、ガット一家の構成員になっています。

 左脚に一発、それから額に一発、射創がありました。

 検死の結果、死亡推定時刻は4、5日前とのことでした」


「4、5日前と言うと……6月7日より前になりますね」


 デュムーリエ警部が溜息をついて、首を横に数度振った。


「ガラヴァーニを殺したのがモニオットで、その報復としてモニオットが殺されたということでしょうか」


「現時点ではその疑いが濃厚だと考えている。しかし……妙な話もある」


「妙な話というと?」


 私は思わず身を乗り出して尋ねた。


「劇場のクローク係をしているアニー・ラヤールという女性が、7日の午前中に、舞台裏に出入りするモニオットを見かけたと言うんだ」


「つまり……7日の午前中までモニオットは生きていたということですか?」


「それは分からんのだよ。

 見かけたのは帽子を被った後ろ姿だと言うから別人かもしれん」


「ラヤールさんは、それがどうしてモニオットだと分かったんです?後ろ姿なのに」


「歩き方がモニオットだったと証言している。

 こう……左脚を引きって歩いていたからだと」


 デュムーリエ警部は左脚をちょっと動かし、引き摺る仕草を見せた。

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