#29 甦る男 ③
「後ろ姿では確証は持てませんね。しかも帽子を被ってたんですか?」
私の言葉に警部が深く頷いた。
「仮に、その男がジャン・モニオットだとして、ロンダ氏を殺害しようとする動機はあったんでしょうか?」
アーネストが重ねて尋ねた。
「モニオットがロンダ氏を恨んでいたといったような情報はない。
むしろ、金銭面ではロンダ氏を殺害することによるデメリットのほうが大きいかもしれん……。モニオットはロンダ氏に仕事の紹介をしてもらっていた立場だったからなぁ」
デュムーリエ警部はそう答えると、髭の生えた口元を堅く結んだ。
「アニー・ラヤールが目撃した男というのはモニオットとは別人だとお考えなんですね」
アーネストの言葉に対し、デュムーリエ警部は黙ったまま、目の前に置かれた冷めたコーヒーのカップに手を伸ばしただけで、肯定も否定もしなかった。
「短剣をすり替えたと思われる時間というのは確定しているのでしょうか?」
私の質問にフィデール刑事が答えた。
警部はコーヒーを一口
「時間の特定は難しいですね。
検死して分かるものでもありませんから……状況で確認しながら詰めていくしかないのですが、前日は19時までリハーサルをしていたそうです。リハーサルの際は模造剣だったそうなので、すり替えたのは前日6日の19時から事件当日の19時までの24時間と絞り込めると思います」
「……幅が広いですね。
その間の関係者のアリバイは確認しているのでしょうか」
「もちろんしています」
「例えば、ラシェル・ボネールは……」
私は唯一6月7日の行動を教えてもらっていたボネール女史の名前を出した。
「事件の後自宅まで送り届けた時に馬車の中で聞いた話だと、7日は17時前までひとりだったと聞いていますが……」
「そうですね。
ボネールさんは6日もリハーサルが終わったらさっさとひとりで帰ったと仰っていました」
「証明できる方はいらっしゃるんでしょうか」
「リハーサル後は真っ先に帰ったと、役者連中は全員言っていました。
それから、程なくしてザザ・レスコーが帰ったというのはクリストフ・ラヴォーの証言です。
ああ。レスコーさんを追いかけるようにロンダ氏も出ていったから、慌てて自分も楽屋を出たとエドモン・ティオゾが供述しています」
フィデール刑事は手元のノートを数ページ前に
「その三人の間で何か揉め事でもあったんですかね?」
「いや。
ティオゾの話によると何事もなかったと聞いています。ロンダ氏は後からやって来たティオゾに、レスコーさんを自宅まで送り届けるように言ったそうです。馬車代も出してもらったといったようなことを言っていました。
さすがに公演前日に一悶着……というわけにはいかなかったでしょう」
「なるほど。
それでは、出演者でいうと、クリストフ・ラヴォーとモーガン・ブランションが残っていたわけですね」
「そうです。
ラヴォーは客席に降り、次の日に備えて舞台の最終チェックに余念がなかったようです」
「その間、ブランションは?」
「楽屋で喋っていたと聞いています。
衣装係のマルティーヌ・カルヴェと一緒でした」
「ちなみに、6日、ジャン・モニオットを見た者は?」
アーネストの指摘に、これまで饒舌に話していたフィデール刑事の動きがぴたりと止まる。
「6日、モニオットはいなかったのでしょうか」
しばらく間を置いて、アーネストが再び尋ねた。
「6日は……」
「確か欠勤していたのではなかったかな?」
慌ててノートを前後に捲る若手刑事に、デュムーリエ警部が言葉を掛けた。
「それは5日です。
支配人がモニオットが欠勤したと言っていたのは5日のことです」
フィデール刑事が早口に即答した。
「……6日については聞いていませんね。
というのも、モニオットはすでに死んでいたと思っていましたから、聞く必要がないと思い込んでいたんです」
「しかし、7日にモニオットを見たという人物がいるのであれば……」
私が口を開くと、フィデール刑事はバツが悪そうに沈黙した。
隣に座っていた警部がコーヒーカップをテーブルに置き、
「確認しよう」
と言った。
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