#19 長い夜 後編

「それは、ジャン・モニオットに関わらず、この舞台に関係する人物すべてに当てはまる」


 ジャン・モニオットを疑う私の胸の内にある考えに釘を刺すように、アーネストは続けて、再びグラスを右手に持った。


「今日話を聞いた、劇作家の男にも、三人の女優にも当てはまる」


 私は、クリストフ・ラヴォーと、モーガン・ブランション、ザザ・レスコーにラシェル・ボネールの顔を思い浮かべた。


「それを言い始めたら、大道具や衣装なんかのスタッフやら、プロデューサーであるサンカン氏も入るだろう?」


「だろうね」


 アーネストと私はほぼ同時にグラスを煽った。




 舞台で短剣が使われることを知っている人物であること。

 舞台で使用する小道具である短剣の保管場所にに出入りできること。

 開演の前に短剣をすり替える時間があること。

 ロンダ氏を殺害する動機があること。


 この四点について、私は今日話した四人に加えて、アドルフ・サンカンについて振り返ってみた。


 舞台で短剣が使われることを知っているのは全員のはずだ。

 小道具の保管場所については、出演者である、クリストフ、モーガン、ザザ、ラシェルたちは知っているだろう。サンカン氏については舞台裏のそんな細かいことまで知っているとは考えがたい。

 開演前に短剣をすり替える時間があったか。

 それから、ロンダ氏を殺害する動機について。

 この二つに関して言うと、全員のアリバイとロンダ氏との関係性を調べる必要があると考えられる。


 ラシェル・ボネールの話によると、警察は開演前の関係者の動向については聞き取り調査をしていたようだった。


 舞台の開演は19時。

 ラシェルは、17時前に劇場入りしたという。

 私が17時半に楽屋に赴いた時、少なくとも出演者は皆その場にいた。

 そう言えば、あの時、モーガン・ブランションはクリストフ・ラヴォーと共に私の背後から声を掛けてきた。「クリストフにアドバイスをもらっていた」と言っていたことから、この二人は一緒にいたと考えられる。


 私はこういったことをアーネストに事細かに話した。

 アーネストはワイングラスを片手に足を組み、黙って聞くばかりだった。


 


 エドモン・ティオゾがやっていないとするならば、この謎を解く必要がある。


 ロンダ氏の殺害動機となると、より話は複雑だ。

 ロンダ氏は結婚はしているものの、女性の噂は絶えない。実際、主催している劇団のマネージャーは愛人だというのは随分昔に聞いたことがある。新人女優を食い荒らすというのも聞いたことがあるし、実際その被害にあって泣き寝入りをした女性が、私の同窓にもいる。

 ただ、それはロンダ氏の女癖の悪さというのもあると思うが、業界内で権力のある著名人に擦り寄っていく女性も数多あまたいるということなのだと思っていた。

 そんななかで、愛人候補のひとりとして目をつけられたのが、ザザ・レスコーだったのだろう。

 権力者と関係を持って女優として飛躍のチャンスを掴むのか、それともチャンスともども未来の可能性丸ごと摘み取られるのか――よくも悪くも、多くいる新人女優のなかできらりと輝くものがあったのに違いはない。演者として、女性として、ロンダ氏に、手に入れ、手塩をかけて磨きたいと思わせた「ダイヤモンドの原石」であることには間違いない。

 しかし、ザザからすると却って迷惑な話だっただろう。ロンダ氏に目さえつけられなければ、女優として順調にステップアップすることができたのかもしれない。

 そして、そのザザを愛していたエドモンに、ロンダ氏殺害の動機がないとは言えないということも確かだ。


「ロンダ氏の奥方は、夫をどう思っていたのだろう」


 私はふと、応接室にいた老婦人の顔を思い出して、アーネストに問うた。

 劇場で初めて会ったロンダ夫人は、不貞の夫の死を心から悔やみ、すすり泣く、従順な妻の姿に見えた。


「さあ。それは本人に聞いてみないと分からない」


 アーネストはかろうじて返事をしたものの、すでに目を閉じられている。

 時計は午前2時を過ぎていた。 


「こんなとこで寝るなよ。風邪引くぜ?」


 私の掛けた声はアーネストに届いているのか疑問だ。


「……うん」


と、目を瞑ったまま生返事をするアーネストに毛布を掛ける。

 きっとコイツはここで寝てしまうだろう。

 私は自室に戻る。


 自室に戻りながら、私はラシェル・ボネールの証言を反芻していた。


 サンカン氏はロンダ氏とビジネス上うまく付き合っていたと、ボネール女史は言っていた。


――ロンダはいい噂のある男ではありませんでしたけれど、演劇界においては、いい広告塔になってくれていたと思いますわ。


 この言葉には、私も同感だ。

 きっと演劇界にいる人間は同様の印象を持っているだろう。

 それはきっと、アドルフ・サンカンも同じだ。


――舞台を中止したというだけでも大損害なのに、これからの風評被害を考えると大・大・大・大・大損害!!!


 私は怒り心頭で我を忘れたサンカン氏を思い出した。

 舞台上で殺人事件が起きた場合のデメリットを無視してまで、サンカン氏がロンダ氏の殺害を企てるだろうか。


 自室に帰った私は、そこまで考えたところで、シャワーを浴びた。もう考えることは辞めにして、眠る。

 明日になれば、また新しい事実が見つかって、時が解決してくれるかもしれない。

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