#08 第一幕 ④

 「空が燃えるようにあかい。

 夕暮れのせいか、それともヴェストベリが燃えているのだろうか。

 カーリンは無事か。悲しんではいないだろうか。

 カーリン……愛しい君よ!

 私が君に出会い、愛したばかりに、たいへんなことになってしまった」


 パリアンテに帰還したアロルドは、自室に幽閉されていた。

 帰国後、頬を紅潮させ意気揚々と愛する女性について語る息子に投げかけるパリアンテ王の視線は冷たかった。


「……言いたいことはそれだけか?」


「――え?」


 祝福の言葉を期待していたアロルドは父の言葉に面食らった。

 玉座から立ったパリアンテ王は歩を進めた。

 その目には、もはや息子の姿は映っていない。

 アロルドの方を見向きもしないまま、その横を通り過ぎ、高らかと宣言する。


「王子は戻った。

 パリアンテはこれより、ヴェストベリへの侵攻を始める」


「……ち、父上?何を……」


「アロルドを誘惑し、我々の国に脅威を与える国を排除する」


「父上は正気ですか!?

 私は誘惑などされていません!自分の意思でヴェストベリに赴き、カーリンを愛している!!!」


 息子の言葉を聞いたパリアンテ王の顔色が変わる。怒気を孕んだ表情だ。


「カーリンを愛しているのです!!!」


「タノ!!!」


 王は、タノを呼びつけて言った。


「タノ!この大馬鹿者を捕らえよ!」


「父上!!!」


「頭を冷やすがいい!!!」




 パリアンテがヴェストベリに侵攻を始めたのは、明くる朝早くであった。 

 国境をおかされたヴェストベリはすぐさまグロモフ帝国へと助けを頼みに使者を送ったが、帝国は静観した。

 小国・ヴェストベリが首都陥落を待たずして降伏を申し入れてきたのは、僅か五日後のことだった。

 

 こうして、ヴェストベリはパリアンテの属国となった。

 ヴェストベリ王は断頭台に昇ることを覚悟していたが、それは免れた。

 ヴェストベリ王の首と引き換えに、パリアンテが要求してきたのは、ひとり娘、カーリンだったのだ。

 カーリンをパリアンテ王グウィードの元に嫁がせることで、ヴェストベリ王の首は繋がったままであるばかりか、ヴェストベリを城主として治めることを許されたのである。

 ヴェストベリ王はこの寛大な措置を喜び、カーリンをパリアンテ王に嫁がせることを二つ返事で承諾した。




 父娘ほど歳の離れたヴェストベリ王とカーリンの婚礼は粛々と行われた。

 式にはアロルドの悲嘆に暮れた姿もあった。


 婚礼の儀の夜、バリアンテ王はカーリンの元へ渡ろうと支度を整えているところで、扉を叩く者がいる。


「アロルドです」


「アロルドか……。夜分遅くに何用だ?」


「カーリン……いえ、ヴェストベリの姫との婚礼のお祝いを……ぜひ、一言言いたくて」


「……そうか。入るがよい」


 アロルドが王の部屋に入る。

 その手には短剣が握られていた。


 短剣が舞台上の強い光を反射する。

 眩しくて、舞台が見づらい。


――あの短剣は……


 私が思ったのと同時に、アロルドがパリアンテ王の腹部を刺した。


「う……」


 グウィード王が目を見開き、呻いた。

 短剣の柄をつたう王の血が、息子の手を赤く染める。


「う……あ……」


 アロルドは後ろへよろめき、腰が抜けたようにへたり込んだ。

 王は腹部に刺さったままの短剣を抱えて吐血する。


「ん……ふぅっ……」


 グウィードはぶるぶるっと身震いし、大きく息を吐いて、


「アロ……ルド……」


と叫ぶと前方へと倒れ込んで絶命した。


「う……わあああああああああああああああああ」


 アロルド王子――エドモンの絶叫がこだまして、第一幕が下りる。


 迫真の演技に目を奪われ、幕が降り始めたことに誰も気づかななかった。

 一瞬の静寂。

 それから、客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。

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