#07 第一幕 ③

 パリアンテの王宮に到着し、王に気付け薬を煎じて飲ませるアンフィーサを演じるのは、ラシェル・ボネールだ。


「アンフィーサ……来てくれたのか」


 意識は取り戻したものの、ベッドにせったままのパリアンテ王の横で、アンフィーサは黙って頷いた。


「東の魔女・アンフィーサ。そなた、未来が見えるのであろう?

 我が息子……我が国の未来は、そなたの目にどう見えている?」


「それは……。申さねばなりませんか」


 王は頷いた。


「申してみよ。それがいかに不吉な預言であっても」


 アンフィーサは瞳を閉じ、ゆっくりと口を開いた。




 麦は豊かに実り、金色こんじきの穂を揺らし

 緑の牧草地では、牛が遊んでいる

 パリアンテの地は変わりません




 王は満足して頷いた。




「しかし――」




 アンフィーサは目を開き、王の顔を正面から見つめて続けた。




 現王の姿はない

 漆黒の男が嗤い

 その傍らでは若い女がさめざめと泣いている


 狂人が絶望の衣をまと

 荒涼とした北の大地を彷徨さまよ

 死を!死を!

 裏切り者に死を!

 自らに死を!




「それは、わしが死ぬということか!?」


 パリアンテ王が遮った。

 アンフィーサは黙っている。


「どうにか言ったらどうなんだ!?それは儂は死ぬのか?」


「……王の姿はありません」


「漆黒の男というのは?」


「………………」


「黙っていては分からん」


「黒衣の男――私に見えるのは……」


「黒鎧といえば……グロモフ皇帝か!?

 グロモフ帝国が、我が国を攻めてくるというのか!?そんな馬鹿な!!!

 アンフィーサよ!違うのなら違うと言ってくれ!!!」


 王は興奮してベッドから半身を起こし、アンフィーサに掴みかかろうとする。

 アンフィーサは身を後ろにひいて、パリアンテ王を躱し、黙ったままでいる。


「陛下!お体にさわります」


 タノが国王の側に歩み寄った。

 しかし、王は差し出されたタノの手を払い除けた。


「グロモフ帝国と我が国との緩衝地としてヴェストベリが存在するというのに……ヴェストベリは!?

 まさか、アロルドを誘惑したのは……アロルドがグロモフ皇帝の妹との縁談を受けると嗅ぎつけてか」


「……陛下。……お、恐れながら、それは考えすぎでは……」


「考えすぎであるものか!パリアンテがグロモフの縁者となり同盟を結ぶのを警戒したヴェストベリが計ったのに違いない……

 とすると、ヴェストベリはそもそもグロモフ帝国と通じていたのだろう」


 タノの言葉を否定する王の目は血走っていた。

 悪霊に取り憑かれたかのように。


「打たれる前に、打たねばならぬ」


 王はうめいた。


「アロルド……アロルドに一度戻るように伝えるのだ。そして――アロルドが戻ったら……」


 タノはマジマジと王の顔を見た。


 ――なぜ、俺は王子が王宮を出るのを止められなかったのか。

 ――なぜ、俺は出国を許したのか。

 ――なぜ、俺は他国に王子をひとりにしたのか。

 ――なぜ、俺はひとりで帰ってきたのか。


 走馬灯のように、自責の念がタノの頭の中を駆け巡る。


「アロルドが戻ったら、ヴェストベリへの侵攻を開始する」


 ――なぜ、俺は王子を一緒にヴェストベリへと赴いたと正直に言わなかったのか。


 王子がヴェストベリに行ったのは、ヴェストベリの間者にそそのかされたからではない。

 戦争は回避したい。


 ――今から真実を言えば間に合うかもしれない。


 そんな考えが、タノの頭をぎった。

 しかし、タノは言い出せなかった。

 王の怒りを一身に引き受けることのほうが恐ろしかった。

 タノは、自らの保身に走ったのである。

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