#06 第一幕 ②

 翌朝、パリアンテ王宮にて。

 タノ・チッコリーニは悩んでいた。

 知らない土地でようやく見つけた宿屋に駆け込んで、怪我人を運んでほしいと頼み込み、宿の主人とともにアロルドの元に戻ったものの、当の怪我人は忽然と消えていた。

 日が昇ってもなお、あたりを探し回ったものの、アロルドを見つけることができないまま、途方に暮れひとりおめおめと自国に戻ってきたのである。


 アロルド王子が異国で行方不明になった――。


 この事実を、パリアンテ王に伝えるべきか。

 真実を伝えた場合のことを考える。


 ――なぜ、お前は王子が王宮を出るのを止められなかったのか。

 ――なぜ、お前は出国を許したのか。

 ――なぜ、お前は他国に王子をひとりにしたのか。

 ――なぜ、お前はひとりで帰ってきたのか。


 気の小さいタノは自分の何重にも重なる失態を叱責されることを恐れていた。


「やはり……」


 思案顔で歩き回っていたタノは、思い切って顔を上げた。


「せめて王子を探し出すまでは帰るべきではない!」


 そう叫んできびすを返した時だった。


「タノ!」


 マルタン・ロンダのバリトンの声が響いた。

 タノが縮み上がって「ひっ」と声を上げた。


「どうしたのだ、タノよ?」


「……い、いえ。国王陛下。ご機嫌麗しゅう」


「それが麗しくはないのだ、タノ。

 昨日の夜から、アロルドを探しているのだが、お前は一緒ではなかったか?」


「アロルド王子とですか!?わたくしが!?

 私……王子が酔い醒ましに夜風を浴びると外に出られてから、存じ上げませんのです」


「外に出た?自分の誕生日の夜にか?困ったヤツだ……」


「王子に急ぎの御用でも?」


「うむ。……実はな、あやつに縁談の話になったのだ。

 アロルドも18になると聞いたグロモフの領事が、皇帝の腹違いの妹との縁談はどうかと申し始めたのだ」


「縁談ですか!?それは……めでたいことですね」


「しかし、肝心のアロルドがいないとは……」


 そこへ兵士が現れ、国王に告げた。


「アロルドさまと思わしき風貌の若者がヴェストベリとの国境を越えたとの目撃談が……」


「何!?国境を越えただと!?ひとりでか!?」


「……いえ、従者らしき男がついていたと、目撃した者は申しております」


 兵士の言葉を聞いて、国王がタノの方に向き直る。


「タノ!心あたりはあるか?お前はついていかなかったのだろう?」


「いえ!……わ、わたくしめには……まったく!まったく検討もつきません」


 王は難しい顔をして思案して言った。


「ヴェストベリに使者を送ろう。アロルドを探すように協力を仰ぐのだ」



 ***



 謹啓


 パリアンテ国におかれましては、ますますご隆盛のこととお慶び申し上げます。

 先般、貴国からご依頼のありました、アロルド殿下のヴェストベリ国内での探索についてでございますが、その必要はないと思われる旨、お伝え申し上げます。

 アロルド殿下におかれましては、ヴェストベリ王宮にて保護しており、健やかにお過ごしいただいております。

 アロルド殿下ご本人直筆の、グウィード国王陛下へのお手紙もお送りいたします。

 お手紙をご覧いただき、アロルド殿下のお気持ちをご確認いただけましたら、一度はパリアンテ国にお戻りになってお話したほうがよいと、私も考えておりますので、無事に送り届けられるようご手配致します。


 謹白



 ***



 ヴェストベリに送られた使者が持ち帰った手紙を読み終えたパリアンテ国王は、もう一通のアロルドからの手紙を手に取った。

 手紙を開き、目を通した国王は眉を釣り上げ、怒りでわなわなと身震いして


「アロルド!アロルドは正気か!?ヴェストベリの小娘に誘惑されるなど!!!」


と叫んだ。

 

「自分はカーリンと結婚してヴェストベリに骨を埋める覚悟だから心配しないでほしい!?……馬鹿な!!!」


 頭に血の昇った王は天井を見上げたかと思うと、痙攣し後ろによろめいたので、タノが支えた。


「陛下!?陛下!?」


 自らの腕のなかで頭を抱える王に、タノは呼びかけた。


「……だ、大事な……大事な跡取り息子が……アロルド!ヴェストベリの女狐め!!!」


「へ……陛下!?陛下!!!お気を確かに!!!

 誰か!?誰か!?」


 タノがあたりを見回して助けを呼ぶ。


「アンフィーサを!今すぐアンフィーサを呼ぶのだ!!!

 陛下が!陛下がお倒れになった!!!」

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