#24 事件翌朝

 翌朝8時頃目覚めた私は、洗面所に向かうため、リビングを通った。

 リビングにはアーネストの姿はなかった。昨晩アーネストに掛けておいた毛布は無造作にソファの上に置かれていた。

 未明のうちに目を覚まして、自室に戻ったのだろう。


 洗面台の前に立った私は、顔を洗って髭を剃った。

 昨日の晩のワインがまだ少し残っている。

 鏡に映った顔は少しむくんでいた。


 朝刊の一面には、マルタン・ロンダの死について、大きな記事が掲載されていた。三面には舞台『パリアンテ』についてもあらすじが載せられ、一幕目終盤のパリアンテ王殺害のシーンで刺殺事件が起こったことなど、詳しい話がセンセーショナルに書き立てられている。


 朝食を取ったあと、新聞に目を通していると玄関の呼び鈴がなった。

 階下に降りて玄関の扉を開けるとメッセンジャーボーイが立っていた。少年は、にかりと歯茎まで見せて笑うと、何も言わずに一通の封書をつっけんどんに手渡してきた。

 アーネストへの郵便物だ。

 本人はまだ寝てる。目は覚めているかもしれないが、少なくとも、まだ起きてきてはいない。

 裏を見る。

 ロカードと優美な文字で署名がされていた。おそらく女の書いたものだ。


「ねぇ!」


 封書に気を取られていた私を、少年が大きな声で呼んだ。郵便を手渡した右の手のひらを上に向けて突き出してきた。

 チップを手渡してやると少年は再び歯茎を見せて笑い「まいどあり!」と言い残して、走り去った。


 少年の後ろ姿を見送った後、私が封筒をひらひらさせながら、家の中に引っ込み、リビングに戻った。

 読みかけの新聞はそのままに、手紙を頭上ににかざしてみる。中身はまったく透けて見えない。いい紙を使っている。

 急ぎではないと判断し、アーネストを起こしてまで手紙を渡すのは止そうと思った。寝ているのが悪い。




 アーネストの起床は遅かった。

 リビングにやってきたのは昼前だ。

 手紙が届いている旨を伝える。


「ロカードって誰?」


 ソファに座っていたアーネストがこちらを振り向いた。目が合う。アーネストの唇が動く。


――お前に言う必要ある?


そう言われても仕方がないと思っていたが、


「サンカン夫人だよ」


と、あっさりとした答えが返ってきた。アーネストは手紙にざっと目を通して言った。


「ロカード・サンカン。……午後会いたいと言っている」


「へー」


――昨日会ってたばかりだろ!


 そう思ったが、口には出さなかった。

 私が会話を切り出さなければ、沈黙が訪れる。物音ひとつしない。気配がない。後ろにまだいるのかと、ふと気になって振り返ると、アーネストがこちらを見ていた。表情がないから、私に不服でもあるのかと思った。テレパシーか何かで心の内を読み取られたんじゃないかと不安になったところで、アーネストが口を開いた。


「……お前も来る?」


 思い掛けない申し出に、私は一瞬言葉を失った。目の前の男の表情はいつもと変わりがない。彼はただ、私を見つめている。だんだん私のことを怪訝に思っているのではないかと思えてきた。


「あ……うん」


 考えがついていかないまま、勢いに任せて承諾してしまった。そして、後から気がついて尋ねた。


「でも、邪魔じゃないか?明らかに。愛人に会いたいってことは……」


「いや……多分、話を聞いてもらいたいだけだよ」


とアーネストは言った。


「あの劇場での事件が起こってからのことが手紙には書ききれない。直接会いに来いと書いている」

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