#10 関係者各位 ①

「エドモン・ティオゾとは知り合いかね?」


 薄暗い廊下を先に進んでいくデュムーリエ警部が、背中越しに私に話しかけた。

 私は、演劇学校時代の同窓だったことと、今回の舞台の招待を受け、約二年ぶりに再開したことを話した。


「エドモンは、どうして連行されたんですか?」


「それは……」


 デュムーリエ警部が言いかけたところで、


「莫大な資金を投じて出来上がった劇場の!よりにもよってこけら落とし公演で殺人事件とは!!!」


と怒鳴る男の声が聞こえてきた。


「さ……殺人!?」


 物騒な言葉に驚いて、私はうっかり「殺人」という言葉を繰り返してしまった。

 デュムーリエ警部のほうに目を遣ると、警部は険しい顔をして声のした部屋の方に振り向いた。


「誰だ!?誰かいるのか?誰だ!?」


 部屋の中から大声が響く。


「私です。デュムーリエです」


 警部は部屋の扉を開けて中にいる男に顔を見せた。


「なんだ、警察の方ですか。警部……でしたかな?」


「はあ、そうです」


 生返事をするデュムーリエ警部は真顔のままだ。


「あの男を……あのバカ者を、もう警察署にしょっ引いたんでしょうな!?」


 部屋の中の男は、かまわず続けた。


「ええ、ついさっき」


「あのバカ俳優!!!せっかく私が……!この私が与えてやったチャンスを自ら潰しおって!!!一体何が気に食わなくてマルタン・ロンダを殺したというんだ!?!?!?しかも、よりにもよって舞台の上で!!!

 死人が出たというだけでもスキャンダルなのに!よりにもよって殺人事件とは!!!」


 ドア先で話を手短に終わらせたそうな警部に対し、男は畳み掛けた。


「舞台を中止したというだけでも大損害なのに、これからの風評被害を考えると大・大・大・大・大損害!!!

 あの男には償わせなければならん!貧乏役者風情に賠償できるとは思えんが!」


「サンカンさん。まあ、落ち着いてください」


 デュムーリエ警部がたしなめめる。


「まだ事件と決まった訳ではありませんよ。捜査はこれからです」


「事件と決まったわけではない!?しかし、エドモンが刺し殺したことは明白だろう!!!」


「過失致死かもしれません。事故という可能性も否定できない」


「事故!?」


「ええ。

 短剣をエドモン・ティオゾではない何者かが入れ替えた、あるいは、何かの拍子に差し替わったという可能性もまだあります」


「じゃあ、短剣をすり替えたのは誰だ!?誰だと言うんだ!?警察は!!!」


「ですから、まだ現段階ではあらゆる可能性を考慮して捜査を進めていますから……」


 ドスドスと大きく脚を踏み鳴らして歩く足音が近づいてきたかと思うと、眼光鋭い鷲鼻の小男が、扉から首を突き出した。

 サンカン氏の髪の毛は逆立ち、顔は湯気が出そうなほどに紅潮している。


「エドモン・ティオゾが犯人ではないというのなら!さっさと……さっさと真犯人をとっ捕まえろ!!!こんなところで話し込んでないで、仕事をしたらどうなんだ!?お前たちを訴えてもいいんだぞ!?!?!?」


 閉口するデュムーリエ警部を前にして、サンカン氏は怒り心頭の様子だ。

 ぶるぶると身震いしたかと思うと、ぎょろりとした目を目一杯見開き、


「ふん!」


と大きく息を吐いて、バタンと部屋の扉を閉めた。

 デュムーリエ警部の方も、「はあっ」とひとつ溜息をつくと、私の方に向き直り、


「君もこちらへ。

 しばらく待機して、外が落ち着いたら帰るといいだろう」


と言った。


「アーネストくんもいることだし」


「アーネストもいるんですか?」


 デュムーリエ警部は、うんうんと頷きながら、振り返って歩を進めた。

 アーネストという名前を聞いて、私は自分の体が緊張するのを感じた。理由はもちろん分からない。警部の後ろをついて歩く、自分の動きがぎこちなくなるのを感じえる。右手と右足、左手と左足が一緒に動いていないか。そんなことが気になった。

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