壁と天井と暇人
北緒りお
壁と天井と暇人
ああ、あの隅に人の顔っぽいのがあるな。
寝ては醒め、醒めては寝てを繰り返すこと数日、右腕と右足の固定が取れるまでこの退屈をやり過ごすしかなかった。
運がいいのか悪いのか、事故にあったにも関わらず腕と足が固定されただけでほかに痛めたところはないらしく、早々に家に帰された。
自室で休めるのはいいのだが、動けないとなるとやれることが少ない。近場に住んでいる親族が食事を運んできてくれる。立ち上がっていると血の巡りが変わるのか痛みが強くなり、横になっているのが一番となる。
横になれば、腕も足も痛みはごまかせる程度だが、なにもできない。
スマホを見ようにも、片腕でずっと見ていると疲れる。横に置いてみようとしたが、右腕が下になるようにすると痛い、上になるようにすると、これもまた痛い。とれる姿勢がうつ伏せか仰向けの二択だ。
メッセージを打つのも、スタンプを選ぶのもめんどくさくなると、ときどき友達からかかってくる音声通話が数少ない楽しみになる。
「事故ったんだって? 自転車大丈夫?」
友人と言ってもやってくるのは、こんな会話だ。俺の体よりもマシンの心配をする。カーボンフレームに擦り傷が大量についたが、ゆがみもなくおそらく大丈夫だろう。だめなら保険会社経由で修理費用を持ってもらうまでだ。
「マンガとかDVDとか持ってってやろうか?」とありがたい申し出をもらったが、利き腕が使えないと言うだけでちょっとの暇つぶしはほとんどできなくなる。そもそもDVDを見ようにもテレビを持ってないし、タブレットも事故の衝撃で画面はザラメ砂糖をまぶしたみたいにひび割れてしまった。
見るだけで済む暇つぶしが消えてしまい、壁と天井を眺めて、眠くもないのに無理矢理眠るのがここ数日の行動パターンとなった。
浅く眠る。すっきりと起きる。ケガしたところが痛む。天井を見つめる。
しばらくすると、天井にふとしたときにだけ見える模様があるのに気付いた。
駅から近いのに相場に比べて家賃が安いこの部屋は、あちこちの作りが古い。天井も板を渡した物なのか、木目があり、フシの所にはスキマがあったりする。天井の隅から隅まで見渡してもどことして同じ木目の所はなく、凝視していると人の横顔に見えたり、なにやら動物のように見えたり、着色したらサイケデリックな模様になりそうなパターンを見つける。
目を覚まして痛みをやり過ごして、もう一眠りしようと言う一瞬、天井を見つめてなにもないところに模様を見つける。
ときおりスマホのメッセージに目をやると、遊び仲間からの悪ふざけの言葉がたまっている。
[改造中?]
[アスファルトと寝たんだって?]
[石膏細工しにいこうか?]
[トイレいけないだろ? ホースいる?]
好き放題に言われているが、こっちも暇だから返事を出したりする。
日中にメッセージをくれるのは、メッセンジャー仲間が多い。荷物の指定があるまで待機している時間が長く、正直どうやって暇をつぶすのかが課題だったりするからだ。
スマホで知らぬ人のつぶやきをぼんやりと眺めたり、ゲームをしたり、ネットマンガを読んだり。ネットに転がっている物を消費して、時間を浪費していた。
そういった仲間だと、イベントごとというのは大騒ぎになる。みんなで呑みに行くと言うだけだって、それに向けてメッセージの量が増えたりするぐらいだから、時間を埋める出来事があると食いついてくる。
それでいてこっちは寝てれば治るもんだというのも知っているもんだから、冗談も言いやすいのだろう。
瞬間的にはやることがないという大きな共通点が生まれている。
やることがない、それで行動が縛られているとほんの少しの出来事を膨らませて遊ぶしかなくなる。
想像力というと大げさだけど、空想力というか、小学生の頃に洗濯ばさみを飛行機に見立てて遊んでいたような、退屈を武器にした頭ん中の遊び場みたいなものが戻ってきたような感じだ。
小銭を持つようになると道具に頼って消してしまう時間を、有意義に使うわけではなく、同じ無駄にするのにでも自分の中にある無駄な力でどうにかする。
その結果、[そのまま顔まで固めてもらって、胸像で余生送ってみたら?]とか[両腕固めてもらって四角く削りゃ、ガンダムごっこできるじゃん]なんていう、送るのも読むのも返事をするのも時間の無駄みたいなメッセージが続く。
片腕でスマホをいじるのもつかれて、目的もなく天井を見つめる。人の顔みたいな影が見える、小型犬みたいなシルエットが見える、恐竜の背中みたいなのがふと見える。
周りにいる暇人も同じように無駄な想像力を使っているかと思うと、口角があがらないぐらいの笑いがこみ上げてくる。
壁と天井と暇人 北緒りお @kitaorio
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