KAC20222 推し活

@wizard-T

暗黒時代の最中から

「吉田ってカッコイイよね!」

「やっぱり宮城でしょ!」

「杉本に打たれれば一片の悔いなしって思うでしょ!」


 二十代半ばの女子たちの声援が、五十路の上司の耳を打つ。


 男は休み時間に文字通り姦しくはしゃぐ新入社員たちを、妻が作ってくれた弁当を口に運びながらじっと見つめている。


「部長はどうなんです?野球好きって聞きましたけど」

「そうだな、一応キミらの年ぐらいから見始めてるけど、やっぱり山本ってすごいなって思うよ、あんなピッチャーそうそういないね。本当、あれが4位まで残ってたって奇跡だよな」


 その上で話を振られるときっちりと答え、チラッと情報も織り交ぜて来る。


「えー4位!?信じられません!」

「って言うかスカウト何やってるのって!」

「まあ要するにだ、入っちゃえばみんな同じって事だな」

「そうですよね、ありがとうございまーす!」


 三人の女性を見送る部長は、男しか子供がいないとは思えないほどに父親の目つきをしていた。


「しかし部長、ずいぶんと勇気ありますな」

「ああ君か、そこに座りたまえ」


 その入れ替わりのようにやって来たのは、その部長の部下である課長だった。

 部長とは違う黒い頭を抱えながら、ため息を吐きつつ着座した。


「しかしいいですね、手作り弁当なんて」

「何、大半は残り物だよ。まあ筑前煮はうまかったがな。君は」

「コンビニでサンドイッチとサラダですよ」


 当たり障りのない会話と共に、お互いがお互いなりの昼食を口に運ぶ。


「しかし野菜ばかりだがそれでいいのかね」

「体は大事ですから、私などまだ子どもが中学生になったばかりで」

「うちは上が一応公務員で、下も高卒で働いてるからね」

「それはお羨ましい事で……」


 他愛のない家族トークに、課長の顔も少しほぐれた。


「そう言えば勇気って何だね?」

「いやその、よく言うじゃありませんか、居酒屋でしてはいけない三つの話って」

「それは私も三十路になったころに上司からよく聞かされたよ……」


 居酒屋でしてはいけない話——————それが政治・宗教・野球である事をこの部長は二十年以上前に上司から聞かされていた。


 しかも相手は年齢が半分の女性社員。○○ハラのやかましい昨今からしてみれば、五十路のおっさんが休み時間という名のプライベートに片足を突っ込んだ時間帯に話しかける事もはばかられるような存在である。


「最初に振って来たのは彼女たちだからね。今どき珍しいかもしれんがな」

「そうでしたか……実はその……」

「なんだね、あの三人に好かれてないのか」

「はい、私も上司として注意したのですが……それがまずかったのか……」


 課長は野菜野菜のメニューと一緒に買って来た野菜ジュースに口を付けながら、一年前の自分を恥じた。

 部長の方を寂しげに向いた三人が自分には見向きもしない理由を、よく知っているからである。


「正直に言いたまえ。君はどこだね?」

「それは……」

「まあ私には言ってもいいんだぞ、私にはな」


 

 一年前、三つの話をむやみに人前でするなと大人げなく言ってしまってから、三人に取って課長は「口うるさいオッサン」になってしまった。


 そしてその話を引き取る部長は、「頼れるおじさん」になっている。



「お互い、四半世紀以上なんだろ?でも若者のそれに対応して感覚をアップデートしていかんと生き残れんぞ」

「はあ……」

「イチローや仰木監督の話をするのもいい。でもあの子らに取っちゃ吉田に杉本、宮城に山本と言う存在が好きであり、カッコイイと思い、そこから入ろうとしてるんだ。ビジネスマンとして抑えるのは大事だが、プライベートまで口を出すもんじゃない」


 イチローが「鈴木一朗」だったころから知っているからと言って、それを声高に語る事はしない。ただじっと話を聞き、その上で今の中心であり彼女たちの英雄である四人を褒める。そうする事が、彼女たちをより深い所へ入らせていくやり方であることを、目の前の部下と四つしか違わない上司はよくわかっていた。



「そうですか……ですよね、入り方にもいろいろありますよね」

「だな。中年にできるのは若者が入りたいなと思わせる環境を作る事だよ」

「ありがとうございます……」


 過去の栄光を振りかざさず、現在の存在に目を向け、その現在の存在を的確につかむ。


 それが何も野球だけの話でない事を、課長は改めて思い知らされた。


「いやあ部長、勉強になりましたよ」

「そうか、それはありがたいな。そう言えば君はどこだっけ」

「ヤクルト、です……」

「あー……」


 その後にわずかな苦笑いが残ったのもまた、事実だったのだが。

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