第4話 美少女とデート?《上》

これは夢だ。

収容人数が6700人ほど行きそうな大きなホール

キュッと忙しそうに鳴くシューズの音

ここで絶対に守れと必死になって叫ぶ声


スパッッ


まるで炭酸の蓋を開けたような爽快感を感じさせるネットの音が響く。

そこで1人、周りよりも明らかに激闘している少年がいた。

しかし仲間は沈黙ちんもく。まるで早く終わってくれと言わんばかりの閑散かんさんとした雰囲気が流れ込む。

それでも少年は熱意を絶やさず、まだこれから巻き返せると最後まで信じているようだった。


やがて………


ピピーーーッ

試合の終わりを告げるホイッスルが響く。

誰もが「健闘したよね」「頑張った」「よくやった方だよ」と互いの健闘をたたえる。


──────その少年を除いて。





お前は心残りを残していないのか?



...........................。



あの終わり方で良かったのか?



............................。



お前の熱意はたったのそれしか無かったのか?



...........................。


いくら問おうとかいは出てこない。


そして次の日には




少年はコートから姿を消していた。


______________________________________


盛大にうたげを開いていた桜もまた来年と散り始め、晴れ渡った空からは暖かな日が差し込んでくる。暑くもなければ、寒いわけでもない。

そんな穏やかな5月の入り口にある日曜日。

俺は起床したあと顔を洗い、軽く朝ごはんを済ませて電車に揺れていた。

入学する前に引っ越しをしてから約1ヶ月と数週間。

この生活にも少しは慣れてきただろうか。

そんな他愛のないことを考えながら窓の外を眺める。

こんな時間は嫌いではない。

あるところでは子供連れの家族が楽しそうに会話し、あるところでは年齢層の高い人に席を譲った人が感謝され、あるところでは男女のカップルが肩を寄せ合い手を繋いでいる。


……べつに羨ましくなんてないよ?


そんな時間を過ごし目的の駅で改札をくぐると、周囲から浮いた存在感を放っている女の子が目に入った。通りすがりの人も皆一度は振り返っているだろう。それに2度見するのはただ綺麗という理由だけではない。俺は苦笑いしながらその人に近づき声を掛ける。

「君、正体隠す気ある?」

「正体なんてとんでもない。今の私はいたって普通の女子高生だよ?」

「もういいよそれで」

綾瀬さんと連絡先を交換してから2週間と数日だが、彼女は思っていたよりも積極的に声を掛けてきた。恐らく初めて出来たオタク友達で嬉しいのだろう。加えて俺には下心を感じられなかったため、他の男子よりも関わりやすいのだとか。そんな俺達は見事に意気投合し、よくオタク話に花を咲かせるようになった。

そしてこの前

『水雫咲君さえ良ければゴールデンウィークの日曜日、一緒に秋葉原に行かない?』とまで誘われたのだ。Mana元人気アイドルと出掛けるなんて数週間前までの俺には考えられないため、人生何が起こるかわかったもんじゃないなと心底思わせられる。

「もしかして見惚みとれてた?」

綾瀬さんはニヤッと俺をからかうように言ってきた。

「まあ、そうだな」

「〜〜っ?!───……そ、そうなんだ……」

嬉しいのか恥ずかしいのか、綾瀬さんは顔を真っ赤にして言う。

一緒に過ごしてみて分かったけど、意外なことにこの人は全然男慣れしていない。

そして綾瀬さんが今日着ているシンプルな

ピンクTシャツにカーキデニムパンツは、

彼女の豊満なボディラインをこれでもかと言うほど醸し出していた。

大人っぽさが目立つ容姿をしている彼女にはピッタリな服装だろう。

これで見惚れるなという方が無理な話だ。

とはいえここはオタクの聖地である秋葉原、そろそろ本題に入ろうと声を掛ける。

「最初はどこに行く?やっぱりアニメイト?メロンブックス?とらのあな?それともゲーマーズ?予算はたくさんあるから気にしなくていいぞ」

「うーん.....とらのあなに行きたいな」

「へぇ.....やっぱ特典狙い?」

俺の記憶が正しければ、確かとらのあなには特典にB2タペストリーが付いてくるはずだ。

「そう!やっぱりタペストリーは欲しいよ」

「まあ、わかる」

「じゃあ行こっか!」

「そうだな」

俺達は揃って歩き出す。

これ、俗にいうデートというやつでは?と今更ながら気付く。本人にその気はないのだろうけど。その辺は噂通り天然だな。

……おい通行人おまえら、そんな『なんでManaの隣にあんな冴えない地味男が?!』みたいな視線を飛ばしてくるのはやめろ。特に男。

「.......やっぱ俺1人で回っていい?周りからの視線がツメタイ」

「アハハ....まあ気にしない気にしない」


* * *


「ここに来るのは3ヶ月ぶりだな.....」

「私はどれくらいだろ。でも何回来てもわくわくするよね、こういうの」

俺達はとらのあな秋葉原店まで着くと、各々好きな作品を見かけては目を輝かせる。

ここはB1F~7Fまでのビル全体で同人誌、コミック、PCゲーム、とらのあなオリジナルグッズを豊富に取り揃えてあるため、秋葉原最大級の幅広い品揃えだと評判だ。

「わあ......新刊がいっぱい!ねぇ水雫咲くん。私地下行ったことないから行ってみたいな!」

「は?」

綾瀬さんは俺の反応も知らずにタタタッと地下へ降りて行く。

「綾瀬さん!そっちはマズい!」

「へっ?………〜〜っ?!────」

あちゃー、と俺は頭を抱える。

とらのあなのB1地下1階はなんというか、大人向けの道具やR18アニメのグッズが売られている場所なのだ。

真っ赤になって狼狽えている美少女綾瀬さんに質問。

「……ここに来たのは何回目だ?」

「に、二回目」

「一回目はこの建物の構図を見なかったのか?」

「う、うん。1階にあった欲しいものを見た瞬間にテンションが上がっちゃって、それを買ったら満足して帰っちゃった.....」

「……とりあえず早く1Fに戻ろう。」

「わ、わかった......」

気まずいが、午前中のため周りの人が少なかったのが唯一の救いだろう。これが午前中ではなく午後だったらと考えると運が良かったのかもしれない。



「結構買っちゃったね〜」

「そうだなぁ......」

欲しいもの以外にも、とらのあなには興味を惹かれる物がたくさんあった。

やはり専門店はひと味違うということだろう。

「次に行く前にご飯にしない?お腹すいちゃった」

「君とご飯に行くのは気が引けるな.........俺の平穏が....」

まあ、この人と会ってる時点で平穏なんて言葉はないのかもしれないが。

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オタク青年は平穏な日々を過ごせない shizuku @shizurano

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