第五十一話 カボチャのグラタン
兼平さんのお腹がだいぶ大きくなり、その様子もどこかおかしくなっていた。
ナユタが目覚めると、兼平さんの身体は宙に浮かび上がっており、
「おはよ、ナユタ。なんか、起きてからお腹が減って動けないの。何か、作ってくれない?」
お腹が減って動けない。そんな言葉で済むような状況なのだろうか。ナユタは戸惑いながらも、彼女の言葉に頷くしかない。
竈門に火をくべると、鍋に油を敷いた。卵を溶くと、牛乳と塩胡椒を混ぜ入れ、鍋の中に落とし、掻き混ぜながら、ふんわりと焼き上げる。スクランブルエッグだ。
さらにバオート・ズックァ=モグの塩漬け肉を薄切りにして、さっと焼いて、スクランブルエッグに添える。トマトときゅうりを切ると、オレンジ色のフレンチドレッシングをかけた。
そこに前日に焼いておいたパンを加える。簡単な朝食が出来上がった。
ナユタが朝食の盛り付けを終わると、空気が振動し、器が浮き上がって兼平さんのもとにふわふわと移動する。そして、卵が、ハムが、サラダが、空中で刻まれて、兼平さんの口の中に入っていった。
「美味しい。でも、栄養が足りない。ナユタ、もっと栄養のあるものを……」
ナユタもまた朝食を食べながら、一体、どんなものを作ればいいのか、頭を悩ませる。
◇
途方に暮れながら、ナユタはスクーターを走らせていた。
朝食後にも、いくつか料理を作って出したものの、兼平さんの望む栄養のあるものではないと言われてしまう。新鮮な食材を手に入れなくてはならないようだ。
何か獲物がないものか、ナユタはスクーターを走らせながら、周囲の様子を探っていた。しかし、獲物を見つけるのは、大体、兼平さんがやっていたことだ。ナユタは絶望的な気持ちになり、焦燥を募らせながらも、周囲を見渡している。
そんな時だ。オレンジ色の輝くものが目に入った。カボチャだ。
カボチャといえば栄養たっぷり。そんなイメージがある。
これだ! ナユタは大いに喜んだ。野菜であれば、さほど危険なく、食材を得ることができる。渡りに船とはこのことだろう。
大急ぎでスクーターを走らせ、カボチャに近づく。
すると、驚くべきことに、近づくごとにカボチャは大きくなっていた。何メートルもの巨大なカボチャであり、そこには目と口が切り抜かれていた。カボチャの輝きはそこから漏れ出ていたようだ。ハロウィンで見るようなカボチャの怪物のようである。
確か、名前は――。
「ジャック・オ・ランターン」
ナユタの呟きに反応したのか、ジャック・オ・ランターンの切り抜かれた目に炎が灯った。まるで、ナユタを睨みつけるかのようだ。
そして、次の瞬間、カボチャそのものが動きだし、大口を開いてナユタを呑み込もうとする。
「う、うわぁぁっ!」
ナユタは悲鳴を上げると、腕を伸ばし、ジャック・オ・ランターンの眼の淵を掴んで飛び上がった。腕をしならせて、カボチャのてっぺんにまで登る。
兼平さんから借りてきていたバルザイの偃月刀であった包丁を握ると、ジャック・オ・ランターンを切り裂いた。驚くべきは包丁の切れ味である。あっという間に、固い皮が切れていき、カボチャは真っ二つになった。
そのまま、ナユタは腕を伸ばしながらも、猛スピードでカボチャを細かく切っていく。もう、ジャック・オ・ランターンとしての姿は跡形もなく、カボチャの切れ端が散らばるばかりだ。
カボチャの欠片を拾えるだけ拾うと、ナユタは兼平さんの待つキャンプ地に戻る。しかし、兼平さんは見当たらない。
見上げると、兼平さんは上空にいた。空気の膜はさらに濃くなっており、白い繭のようにも見える。
「じゃあ、料理を始めるよ」
ナユタは彼女に声が聞こえるよう、大声を上げた。
◇
まずはカボチャを一口大に切る。固い皮もバルザイの偃月刀ならスパスパと切れた。便利な包丁だ。
竈門に火を起こし、鍋に水を入れて蒸し器を置く。そこでカボチャを蒸し上げた。
サーイティの燻製肉をブロック状に切る。これも一口大サイズだ。玉ねぎは薄切りにした。
鍋にオイルを敷き、玉ねぎを炒める。しんなりしてきたところで、燻製肉とカボチャを加えた。塩と胡椒をまぶして味を調えて、水を少量ると、蓋を閉めて蒸し焼きにしするしばらくして、蓋を取り、水分を飛ばしながら炒める。
そこに小麦粉を振った。
「あ、なくなっちゃった。足りるかな……」
ちょうど、小麦粉がなくなってしまった。新たに小麦粉を手に入れるには、どこかで小麦を収穫するなど、どうにか小麦粉を手に入れるしかない。
仕方なく、現在の量で料理を続ける。小麦が具材と混ざり合うと、牛乳を適量計り、一気に注いだ。
「あっ、ナユタ、それはちょっとずつ入れないと……」
上空から空気を伝わって兼平さんの声が聞こえる。手順が違うことを伝えたいようだった。しかし、もう入れてしまっている。賽は投げられたのだ。
少しの後悔はあるものの、もう戻せない。火を弱めながらも、そのまま静かに混ぜ合わせる。そこに、かつて作ったコンソメスープを乾燥させたものを加えた。
あとはとろみがつくまで待てばいいのだが、小麦粉の量が足りなかったかが不安だ。ナユタは煮込みながらも、蕎麦粉を加えた。小麦粉の代用になるはずだ。
とろとろに煮込まれた。そこにほうれん草をぶち込み、少しだけ熱を通す。
それを器に盛ると、チーズを乗せた。
あとは焼くだけだ。
器を金属の箱の中に入れ、火の中に突っ込ませた。時折出して、様子を見る。何度か見たところ、チーズがトロトロに溶け、やがて焦げ目がつく。このくらいが食べ頃だろう。
切り分けると、それぞれの器によそった。
カボチャのグラタンの完成だ。
◇
グラタンに合う飲み物は何だろう。具材には牛乳を使用している。それなら、牛乳が合わないはずがない。
ナユタはミルクを温めると、コップに注ぐ。立ち込める湯気からはホットミルクの芳醇な香りが漂っている。
すると、グラタンとホットミルクは空中を舞い、そのまま、兼平さんのもとへと浮かび上がっていった。
これで兼平さんも食べてくれるだろう。
一息つくと、ナユタもまたグラタンを食べることにした。
まずは一口。甘い。カボチャの甘さがグラタンのソースと混じり合い、甘いソースになっている。しかし、しつこさのないさっぱりとした甘さだ。野菜の持つ甘みのいいところがグラタンのソースの中にしみ込んでいるのだろう。
コンソメの旨味もたっぷりと出ており、塩気もちょうどいい。いい塩梅のグラタンの味わいといえた。小麦粉と蕎麦粉を合わせていることに心配があったが、雑味はなく、蕎麦の香りが隠し味となり、ソースの味わいを豊かにしている。
「よかった」
まずは一安心。次いで、二口目。カボチャを食べる。
ほっこりとした温かい食べ心地は気持ちを和ませてくれた。自然な甘さが口の中に広がる。ソースとはまた違い、奥行きの感じられる豊かな甘さだ。カボチャの美味しさがしっかりと引き出されている。これはいいカボチャだ。
それがチーズの濃厚な香り、味わいと合わさることで、グラタンらしい、豊かな味わいへと変化していく。
食べ進める。燻製肉は美味しく、旨味、野性味溢れる香りが口の中で幸せを運んできてくれた。これがグラタンの甘いソースと絡まることで、新たな境地を見せている。ベーコンのような味わいがさらなる満足感を与えてくれるようだ。
玉ねぎの甘みはカボチャの甘みとは一味違う。その違いがアクセントとなり、グラタンを食べる原動力となる。
ほうれん草の鮮烈な味わいもまたグラタンから新たな顔を覗かせていた。ほうれん草もまた栄養たっぷりだ。実に身体が喜ぶ味になっている。
ここで、ホットミルクを飲む。優しい味だ。気分がまったりとする。
「兼平さん、どう? 栄養になりそう?」
ナユタは上空に向かい大声を上げた。そこでは巨大な繭が形成されつつある。
自分の声が届くのか、ナユタは不安だった。
「うん、満足感がある。このまま、赤ちゃんを生めそうなくらい」
その言葉にナユタはドキリとする。もう生まれるのだろうか。
それを意識すると、自分に何が手伝えるのか、兼平さんがどこまで一人でできるのか。まるで、わからず、ただドギマギするばかりであった。
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