第四十八話 ハンバーグ

「じゃあ、料理を始めるよ」


 どちらからともなく声をかけた。森から離れた平原で、兼平さんとナユタはスーパーカブとスクーターを停め、キャンプを行っている。


 まずはパンを作った。

 小麦粉と砂糖とイースト菌を用意する。そこに人肌程度に温めた水をかけて、バターを加えた。それを混ぜ合わせる。

 粉感がなくなったところで、台座に移した。そこで生地を混ぜ合わせ、叩き、捏ねていく。べたべたとして触感がなくなったところで、密封して、しばらく様子を見ることにした。


 兼平さんは少し前に捕まえたバイアティスの肉片を調理し、みじん切りにしていく。刻まれた肉片は挽肉になった。

 そこにナツメグの粉を追加し、塩、胡椒、砂糖を加える。さらに、竈門で温めた鍋で玉ねぎのみじん切りを炒め、挽肉の中に混ぜ合わせた。


 生地が発酵し、膨らんでいる。ナユタはパン生地を捏ねて丸めると、小さくまとめて、プレートの中に並べた。その中で再び寝かせる。二次発酵だ。

 その後、プレートをもう一つのプレートで蓋をし、それを竈門の火の中に入れる。パチパチと火が通っていく。次第に香ばしいパンの香りが漂い始めた。


 パンが焼けると、その一つを取り、みじん切りにする。自家製のパン粉だ。

 それを牛乳に浸し、挽肉の中に加える。そして、挽肉を混ぜ合わせると、ハンバーグのタネとなった。


 竈門にかけ、鍋の上に油を敷く。そこに、一人分にまとめたハンバーグのタネを置き、それをもう一度繰り返した。肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。しっかり片面が焼けたのを確認すると、ひっくり返し、もう片面を焼く。

 しっかりと焼けたのを確認すると、ハンバーグを器によそった。


 付け合わせを用意する。

 鍋で湯を沸かし、ブロッコリーを茹でた。さらに、トマトを切る。トマトは数切れはそのまま付け合わせとし、残りは肉汁の残った鍋で焼き、コンソメスープと合わせることでソースにする。濃厚な香りを漂わせつつ、ハンバーグにかけた。


 これにパンを添えることで、ハンバーグの定食が完成する。


      ◇


 飲み物の代わりにコンソメスープが注がれる。温かいスープは冷え切った身体を温めてくれた。澄み切った味わいが心地いい。塩気と旨味のバランスが良く、食欲を掻き立てた。

 そういえば、寒い。今は冬なのだろうか。人間牧場では季節感など関係なく、寒かったり、熱かったりするのだ。


 ハンバーグを食べる。口の中で解けるような口触りが何とも言えない。噛みしめるごとに、肉汁が口いっぱいに広がっていき、その旨味の虜になる。

 玉ねぎの甘さが肉の旨さを引き立てており、ただの肉では味わえない複雑な美味しさを形作っていた。


 ソースもいい。トマトの香りとコンソメの味わいが合わさり、濃厚な美味しさを生み出している。

 それと一緒にパンを食べた。パンもまた、甘く、ふかふかで、何とも言えない味わいがある。それがソースや肉の旨味と合わさることで、心の底から喜びを呼び寄せていた。


 生のトマトも美味しい。冷たい歯ざわりだが、その酸味と旨味が直接伝わってくる。それをハンバーグと一緒に食べると、肉の旨味と化学反応を起こしたような、新鮮な美味しさがあるのだ。


 そして、ブロッコリー。森の深い味わいが、肉の塊と相性が悪いはずもない。抜群のコンビネーションで、ブロッコリーの美味しさが引き立てられ、肉の味わいを引き立てている。

 ブロッコリーの粒の一つ一つが弾け、濃厚な味わいを作り出していた。肉の脂っ濃さやしつこさはその深い美味しさが打ち消していく。実に相性が良い。


 満足感があった。食べ終えると、ナユタはウトウトとする。それは兼平さんも同じで、舟を漕ぐように首が揺れていた。

 だが、二人の目を覚ますような出来事が起きる。


      ◇


 腐敗臭がした。

 真っ赤なローブを纏ったエジプトの女王が近づいてきている。彼女は食屍鬼グール合成ミイラキメラを引きつれていた。

 だが、腐敗臭の正体は供の者たちだけではない。女王自身の身体の半分もまた腐敗している。美しい横顔の反対側は醜く爛れていた。

 幽閉されし闇の女王、ニトクリスである。


 ナユタはその姿を見たことがあった。兼平さんも同じである。

 緊張で身体が強張るが、兼平さんの様子を見ると恐怖で震えていた。当然だろう。兼平さんの母はニトクリスに殺されたようなものなのだ。それも、召喚した旧支配者に強姦され、喰らい尽くされるという残酷な殺され方をしている。平静でいる方がおかしいといえた。


「兼平さんに手出しはさせない」


 ナユタは槍を構えると、有無を言わせないタイミングでニトクリスの頭部目掛けて突き刺した。


 ズサッ


 命中する。一撃のもとに崩れ落ちた。だが、倒れたのは食屍鬼である。

 ニトクリスは相変わらず冷笑的な微笑みを浮かべて、ナユタと兼平さんを見つめていた。


「なぜだ? いや、それならもう一度」


 奇妙なものを感じつつも、ナユタは再びニトクリスを突き刺す。だが、今度は合成ミイラが倒れるだけで、ニトクリスは微笑みを湛えたままだ。

 何度も何度も、ニトクリスを刺す。だが、何度やっても同じことだ。食屍鬼や合成ミイラの死体が倒れるだけで、ニトクリスには何の影響も与えない。そればかりか、彼女の取り巻きの食屍鬼や合成ミイラは数を減らしている気配もなかった。

 ただ、死体の山が積み重なっていくばかりだ。


「なんか退屈ね。もう、私の仕事をさせてもらうわ」


 そう言うと、ニトクリスは青銅の鏡を取り出した。悪鬼の禍々しい装飾の施された太古の鏡である。かつて、兼平さんの母、海乃瑠みのるはその鏡によって殺害されていた。

 兼平さんは絶望的な表情を見せる。それを見て、ニトクリスはにたりとした笑みを浮かべた。だが、次の瞬間、兼平さんはクロスボウを構え、瞬時にニトクリスの頭部に矢を撃ち込んだ。


「そう来ると思った。攻撃する時こそ、最大の隙よね」


 兼平さんは淡々と言葉を紡ぐ。

 それでも、ニトクリスの笑みはまだ消えていない。矢が頭部に突き刺さってなお、まるで意に介さないように、鏡の呪文を唱え始めた。

 だが、次の瞬間、ニトクリスの首が落ちる。


「ふふ、お嬢さん、ご協力に感謝。我々死神から逃げ続けていたものをようやく捕らえることができました」


 それは黒い山高帽を被り、黒い燕尾服を着た紳士だった。その爪が長く伸び、ニトクリスの首を刈り取っていたが、次の瞬間には縮んでいて目立たないものとなる。

 咥え煙草を燻らせており、煙を吐き出していた。


「え、何?」


 ひたすらニトクリスの幻影と格闘していたナユタは困惑する。だが、この死神を名乗る男もまた警戒すべき対象だ。そのまま槍を男の首元に突き付けた。


「私はバロン・サムディ。ナユタ君、あなたの味方ですよ」


 そう言うと、ナユタの槍を一瞬で掻い潜り、肩を叩く。


「ふふ、死神という言葉が悪い。我々は死を突き詰めるだけではないのです。生と死、そのどちらをも司っております。生命の誕生もまた我々の手によるものなのですよ」


 バロン・サムディは意味ありげにナユタを見つめた。その意味に気づいたように、ナユタは彼から目を背ける。いや、何よりも兼平さんから目を背けたかったのだ。


「これ以上、留まるのは野暮ですな。それでは、またいずれ。死の床にて」


 バロン・サムディはその姿を眩ますように去っていった。


      ◇


「ナユタ、ありがとう。守ってくれて」


 兼平さんが近づいていた。もうボロボロになったセーラー服を身に纏った少女。ナユタはその姿をできるだけ見ないように目を背けていた。

 しかし、つい目を向けてしまう。その姿を可愛いと思う。美しいと思う。いや、それ以上の何かだと思っていた。

 ナユタは自分が兼平さんに欲情していることに気づく。それと同時に、どうしようもない衝動に駆られていることに気づいた。自分の肉体に異変が起きているのを感じる。


「え、あ、いや……」


 どう返事したものか混乱して、よくわからない言葉を発していた。

 自分の下半身に異変がある。強い熱を感じた。内臓の塊のようなものに自分の血脈が集まっていく。全身の何よりも、その場所に力が込められていた。不可抗力だ。そうしたいと思っているわけではない。それなのに、その場所で力が溢れ、血液と熱が集まっているのだ。


「ごめん、これは、あの……」


 バロン・サムディに触れられた時だろうか。ナユタの身体は変わっていた。

 自分の欲望を制御しきれないままに、膨れ上がるものがある。つい、兼平さんを見えてしまう。そのたびに、膨れ上がるものはより強く、より大きく、その姿を変えていくようだ。


 ついには、その内臓の膨らみはナユタの着ていたショートパンツを突き破るように、その外側に飛び出ていた。

 恥ずかしいものを隠すように、ナユタはそれを隠そうとするが、隠せるようなものではなかった。


「いいのよ、ナユタ」


 兼平さんはそんなナユタを受け入れるような言葉を口にする。そして、ナユタの肩を抱いた。

 手のひらが柔らかい。とろけるような感覚に支配されるままに、ナユタもまた兼平さんを抱きしめる。柔らかい体。大切なものを手にするようにゆっくりと、抱きしめた。

 兼平さんの顔が近くにある。儚げな顔立ちに、力強い眼差し。相反するような印象がまとまり、彼女の個性となっている。ナユタはその顔が好きだった。すっきりした鼻立ちもいいし、小ぶりな唇も魅力的だ。

 気づくと、ナユタは兼平さんの唇と自分の唇を重ね合わせていた。


「兼平さん、もう我慢できそうにない」


 ナユタがそう口にすると、兼平さんは微笑みながらセーラー服のスカートの裾を自ら上げた。


「私、ナユタになら……」


 そこには黄色いヒダのような触手が伸びていた。無数の触手がうねうねと動き、その奥にある闇の中へと誘うようだ。

 それを見ると、ナユタはさらに血液が内臓へと満ちていくのを感じる。ナユタの下半身から伸びた内臓は蛇のようにうねり、地面を這い、やがて兼平さんの触手と絡み合った。

 ナユタの内臓と絡まると、兼平さんの触手からは棘が生えてくる。その棘が内臓深くに突き刺さる。大量の血が流れた。


「きえっ」


 そのあまりの痛みにナユタは悲鳴を上げる。だが、その痛みが心地いい。

 ナユタの内臓はさらなる力を得たように伸び、兼平さんのヒダの奥へと突き進んでいく。そのたびに触手が絡まり、棘を突き刺すのだ。これほどの愉悦があるだろうか。ナユタは何をすることもできず、その快楽に溺れていく。

 やがて、内臓は兼平さんの奥へと辿り着くが、その瞬間に内臓の内部に出血していた血液が爆発した。それは内臓の爆発でもあり、その瞬間に、ナユタを支配していた内臓は爆散した。


「ああっ……」


 ナユタの快楽は最高潮に達し、愉悦の声を漏らす。


「ナユタの全部、私の中に入っていく……」


 兼平さんの黄色い触手がナユタの内臓を食べ尽すように吸収していた。

 ナユタはその様子を眺めながら、どこか罪悪感を感じながら、呆け続けている。けれど、どこか満足感のようなものがあった。

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