第四十七話 海老ピラフ

 森の中をスーパーカブとスクーターが走っていた。

 カブに乗るのは兼平さんで、スクーターを運転するのはナユタだ。カブの背後には牽引される荷車がある。


 周囲の森は闇色というべき、深い色合いに沈んでいた。今にも怪物が出てきそうな雰囲気だ。それは決して比喩ではない。人間牧場にあっては日常茶飯事の出来事である。

 だが、目の前に現れたのは怪物ではなかった。トラックだ。地面に沈みつつあるトラックがあった。


「久しぶりだね。トラックを見かけるの」


 ナユタは声をかけながら、スクーターを停車する。兼平さんも同じようにカブを停めた。

 トラックの荷台をこじ開けると、その中を物色する。ダンボールが積み上がっており、その中には冷凍食品が入っていた。


「こういうのは執着しすぎちゃいけないんだよね」


 そう言うと、ナユタはシーフードと野菜の冷凍パックを一つずつ手に取ると、バックパックに仕舞う。兼平さんも同様に二、三袋を手に取るとカブに戻っていった。


――今、執着したな。


 頭上から声が聞こえた。闇の中に巨大な影が見える。だが、黒い毛に覆われており、その姿はハッキリとは見えない。


 しかし、執着したとは一体どういうことなんだ。執着しないよう、僅かばかりの食料を手にしただけだというのに。

 ナユタは訝しんだ。


――命に執着した。人間牧場での生活に執着した。その女との二人での暮らしに執着した。


 ナユタの心を読むように黒い影が言葉を響かせる。

 それを聞いた兼平さんがナユタを見てきた。視線が痛い。


「そんなの、無茶苦茶だ」


 ナユタが抗議すると、黒い影は姿を現す。黒い毛むくじゃらの身体に、顔全体を覆うほどの巨大な鼻、前足からは鍵爪が伸びていた。

 以前見た、暗黒の魔物に似ているが、それ以上に巨大で、知性を持っているようだ。というべき姿だった。


「それならゲームをしよう。生き残るか、死ぬか。単純なことだ」


      ◇


「ルールは簡単。追いかけっこだよ。一人でも捕まったらゲームセット。生き残りたかったら、もう一人を犠牲にするのも手だよねえ」


 闇の魔人はこともなげにそんなことを言う。ゾッとするような悪魔のルールだった。

 けれど、ナユタが兼平さんを犠牲にすることはないし、兼平さんがナユタを犠牲にすることもない。

 そのはず……だよね。

 つい不安になったナユタは横目で兼平さんを見た。視線が合うと、兼平さんはニコリと笑う。変な勘繰りをしてしまった気分になり、ナユタは気まずくなった。


「じゃあ、十数えよう。逃げていいよ」


 兼平さんとナユタは同時にバイクを走らせる。そして、闇の魔人もまた同時に走り始めた。


「十待つんじゃないのかよ!」


 ナユタは悲鳴を上げながら、スクーターを最高速度に上げる。


「待つとは言ってないんだなあ」


 子供のような屁理屈を言いつつ、闇の魔人は大股で二人を追った。

 しかし、兼平さんとナユタ、それに闇の魔人の距離はなかなか縮まらない。いい具合に二人は逃げられていた。

 だが、ナユタはあることに気づく。


「これ、どこまで逃げればいいか決めてない。一生、逃げなきゃいけないのか!?」


 そう叫んだナユタの声を聞き、兼平さんが答える。


「日が明ければ、闇の魔人は消えるはず。それまで逃げるしかない」


 その言葉に希望を見出すしかない。兼平さんとナユタは走り続ける。


 ふと、目の前を向くと、兼平さんが立っていた。クロスボウを構え、ナユタを狙っている。

 まさか、ナユタを犠牲にして、この場をやり過ごそうというのだろうか。


「そんな、なんで……」


 ナユタは絶望する。ずっと一緒に過ごしてきたというのに。助け合ってきたのに。こんなところで裏切られてしまうのか。

 思い出すことがある。ナユタの足の代わりに、奇妙な生物の足を犠牲にしたこと。暗黒の魔物から逃げる時に励ましてくれたこと。チクタクマンに捉われた時に助けに現れてくれたこと。

 兼平さんが裏切るはずがない。


 ナユタは兼平さんに向けて、スクーターのライトを点灯させた。幻は消える。思った通り、暗黒の魔物と一緒で光に弱いようだ。

 そのまま、スクーターを走らせると、闇の森を抜け出ていた。もう、闇の魔人は追ってこない。逃げ切ったのだ。


 スクーターを停める。ぜぇぜぇと肩で息をした。まだ生きている。

 そんなナユタに兼平さんが声をかけた。


「それじゃあ、料理を始めましょう」


      ◇


 近場に川が流れているのを見つけた。その川で、海老と野菜の冷凍パックを流水解凍する。

 玉ねぎとニンニクをみじん切りにしていった。さらに、グロス=ゴルカの干し肉を取り出すと、それもブロック状に切っていく。

 お米はあらかじめ研いでおき、水気を切った。


 グロス=ゴルカの骨を砕き、水につけて、余計な脂を取る。

 鍋に水を浸すと、そこに砕いたグロス=ゴルカの骨を入れて、灰汁を取りながら煮ていった。しっかりと煮込んだら、布でこして、抽出された出汁を取り出す。

 コンソメスープが出来上がった。


 竈門を設置し、鍋を置くと、火にかける。鍋にバターを溶かすと、玉ねぎを炒めた。飴色に炒めて、甘い香りが漂う。さらに、ニンニクを加え、香ばしい匂いが湧き立った。

 そこに米を投入する。生米のまま炒めた。炊いた米を炒める炒飯チャーハンとピラフの大きな違いだ。よく混ぜながら、しっかりと炒める。


 さらに、コンソメスープを加えた。かき混ぜながら、しっかり加熱する。

 そして、解凍した海老と野菜のパックをぐつぐつに煮える鍋の中に入れた。

 あとは蓋をして、待つだけだ。この状態で米が炊けていく。しっかりと炊けると、火を止めて、蒸らした。


 こうして、ピラフが完成したのだ。


      ◇


「さっきのトラックで、こんなのあったんだ」


 それは缶ビールだった。バドワイザーと書いてある。

 プシュッと缶を開けた。ゴクゴクと飲む。飲みやすいビールだった。スッキリとしていていくらでも入るようだ。

 スクーターとはいえ走りづめで、そして料理して、やっと飲んだからかもしれない。疲れた体に染み入っていく。


「美味しいプシュー」


 ナユタがプシューと息を吐きだす。


「美味しいよねプシュー」


 兼平さんもプシューと息を吐きだしていた。


 それでは、ピラフを食べよう。

 スプーンでご飯を掬い、口に入れる。熱々のご飯がそれだけで魅力的だ。ご飯の美味しさがここに極まっている。ピラフに込められたさまざまな食材の味わいが米に集約されているのだ。


 海老の弾けるような甘みと旨味、それに海産物ならではの香り。

 グロス=ゴルカの上品でありながら、野性味たっぷりの味わい。燻製にしたことで、その香ばしさと旨味が凝縮されている。

 シイタケの香りと旨味は極上だし、ニンジンの甘さとフレッシュさも堪らない。ブロッコリーの森の如き食べ心地こそ最高だという人も多いのではないだろうか。

 もちろん、ニンニクの風味と玉ねぎの甘みと旨味もしっかりと聞いている。


 それらが全て、米に集約している。ピラフという料理の美味しさとなっているのだ。

 身体が求める塩味、ピリリと来る刺激、凝縮された旨味。そのどれもが不快味わいを齎していた。


 美味しい。そして、満足だ。

 ピラフの味わいを十分に堪能した。これは素晴らしい食べ物だ。


「ご飯って、美味しいねえ」


 思わず、ナユタが言葉にする。当たり前のことだが、心理でもあった。


「ナユタと一緒に食べるから、美味しいんだよ」


 兼平さんはニコリと笑いながら、そう言った。その言葉と笑顔にナユタはドキリとする。そして、ついに自覚する。兼平さんのことが好きなんだ。

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