第四十二夜 サーモンステーキのキノコソース掛け
でも、サオリは知っていた。世の中に叶わないことはない。信じていれば、どんなことだって叶うって。
それは、ほかならぬ、おばあちゃんが教えてくれたことだった。
サオリには夢見る
彼女は夢見る人として過去へ帰る方法を探し求め始めた。夢見る人は
魔法の森で齧歯類のズーグ族と面会する。肉食を好む危険な種族ではあるが、彼らの言葉を話すことができれば、友好的な関係を築ける。
ズーグ族の長老は過去へ戻る方法について教えてくれた。黒い仏だ。黒い仏の貌に触れることで過去への扉が開くのだという。
だが、長老の記憶は曖昧で、黒い仏がどこにあるのかはわからなかった。だが、何人かの夢見る人の足跡を聞く。その中に、黒い仏の情報を齎した者がいると信じて、その旅路を進んだ。
旅人たちの足跡を追ううちに、ウルタールに辿り着いた。ウルタールでは人間よりも猫の方が賢い。サオリは猫と交流し、その肉球をプニプニと触りながらも、新しい情報を得る。ダイラス=リーンの港でドリームランドで最も偉大な旅人であるカーターを見たというのだ。
サオリは急ぎ、ダイラス=リーンへと急ぐ。
ダイラス=リーンは悪人が満ちている。サオリもまた
そして、猫たちによってカーターに引き合わされる。カーターは気さくにも、黒い仏の場所を教えてくれた。だが、それは困難を伴う旅路を示唆している。その地点は北の最果てであり、凍てつく荒野のレン高原であった。
◇
「じゃあ、料理を始めるよ」
目を覚ますと、おばあちゃんが言った。
いつの間にか、水棲動物を捕まえている。鮭の長い体が膨らみ、手足の生えたような姿だった。その手足からはキノコが生えている。
水棲動物を腹から切り、臓物を取り出す。そして、鱗を落とし、骨を抜き、ざくざくと輪切りにしていった。その紅色の切れ目が美しい。
切り身に塩と胡椒をかけて下味をつけると、小麦粉をまぶす。鍋に油を敷いて、切り身を置くとジュワジュワと音が響いた。蓋を落として、蒸し焼きにする。
もう一つの鍋ではジャガイモを茹でた。
茹で上がると、皮を剥き、潰す。滑らかになったところで、牛乳とバター、塩胡椒を混ぜ合わせた。マッシュポテトが出来上がる。
サオリはキノコを切った。シイタケは石附を取り、千切りにする。しめじも石附を落として、ざっくばらんに一口サイズに切っていく。
さらに、ニンニクも縦に薄切りにした。ブロッコリーは小さく切り分け、パセリはみじん切りにする。
サーモンが焼き上がると、鍋にバターを落として、ニンニクを炒める。ニンニクの香りが立つと、キノコとブロッコリーを入れ、ワインを加えた。煮立ったところで、醤油で味付けし、パセリを散らす。
出来上がったキノコソースをサーモンにかけた。ジュワーという音ともに、サーモンに最後の調理が掛けられる。そこにマッシュポテトを添えた。
料理が完成した。
◇
おばあちゃんはシャンメリーというジュースを開けてくれた。金具をクイクイッと外し、ポンッという音とともに栓が勢いよく抜ける。サオリはこの音が好きだった。
シュシュワッとした炭酸に甘い味わい。爽やかなブドウの香りが心地いい。なんと素敵な飲み物だろうか。
「ふふ、緑とオレンジの色合いがいいね。今日がクリスマスだったら、みんなこんな風にサーモンを食べるんだよ」
料理の出来栄えに、おばあちゃんがにこりと笑った。
サオリは魚より肉が好きだったが、クリスマスならしょうがない。シャンメリーが飲めるんだし、文句はなかった。
サーモンを食べる。肉の厚さが思いのほか嬉しい。ほろほろと口の中で崩れて食べやすく、肉の旨味と塩味がたっぷりと味わえる。サーモンは脂身がたっぷりでそれだけで幸せな気分になる。
それによって生まれたエネルギーはマッシュポテトで和らげる。サーモンとジャガイモの組み合わせは完全無欠のコンビネーションだ。
ブロッコリーは深い森の味わいだ。サーモンとともに食べるのも美味しいし、きのこと食べてもいい。新緑の旨味は優しい美味しさが溢れており、噛みしめるごとに、口いっぱいに弾けるようだった。
しめじのコリコリとした食感が楽しく、味わいもいい。シイタケの滑らかな舌当たりも気持ちよく、キノコの確かな旨味を感じさせる。
ニンニクは刺激的であるが、その香りが食欲をそそる。
そのすべてを一口にまとめて味わうと、まるで宇宙が弾けるようだ。
お腹がいっぱいになると、サオリはウトウトし始める。再び、夢の世界へと誘われた。
◇
獰猛なガストや巨大な毛むくじゃらのガグなど、恐ろしい野獣が蔓延っている。しかし、おばあちゃんから持たされたクロスボウで武装し、スーパーカブで突き進むサオリはいつしか旅慣れていた。
レン高原に着くころには一端の旅人と言ってよいほどになる。
夕映えの都カダスに辿り着いた。ここでしばらく休養を取るつもりだが、様子がおかしい。
ひとりの夢見る人が地球本来の神の兵士によって追われていた。ショートカットの女の子だった。年齢はサオリよりも上のようだ。黒いシャツに黒いショートパンツ、その下にレギンスを履いていて、グリーンのコートを羽織っている。
夢見る人同士は助け合うべきだ。サオリはそう判断した。
クロスボウに矢をつがえ、女の子の行く手を遮る門番の頭を貫く。その瞬間、門番はぐたりと倒れ、女の子にしだれかかった。女の子は倒れた門番を引きずるようにして、こちらに向かってくる。慌てているせいか、混乱している様子だったが、やがてサオリの姿に気づいた。
「旅人は助け合いでしょ。今は私が助けてあげたのよ」
ぼんやりした女の子に声をかける。女の子はパっと明るくなった。
「兼平さん、助けに来てくれたんだ」
初めて会ったはずなのに、サオリのことを知っている風だ。サオリは怪訝に思う。
なぜ、初対面の人物が自分のことを知っているのか。だが、その疑問に答える暇もなく、女の子は消えた。覚醒の世界に旅立ったのだろう。
だが、彼女は一枚の地図を残していた。その地図を覗き込み、カーターに聞いた情報を照らし合わせると、黒い仏の場所がはっきりとわかる。
やはり、夢見る人同士は助け合いだ。
◇
情報を頼りに、黒い仏を見つけることができた。その無貌に手を掛けると、いつの間にか人間牧場に戻ってしまう。
だが、そこはサオリの知っている人間牧場ではない。過去の人間牧場なのだ。
ところが、困ったことにサオリはその後の行先をまるで考えていなかった。過去に戻りさえすれば、お母さんに会えると思っていたのだ。
そこに、かつてサオリの助けた女の子がやって来た。彼女を追って来たのだという。ナユタと名乗った女の子は助けたお礼をしたいのだという。
彼女の持ってきたサンドウィッチを食べると、角と蹄を持つものたちが現れ、おばあちゃんとおかあさんのいる場所に案内してくれた。
とんとん拍子だ。やはり夢見る人は助けるべきだろう。
しかし、お母さんと会うことは叶わなかった。過去の世界に干渉することはできず、さらに最悪なことにお母さんは冷笑の魔女ニトクリスによって、名状しがたいものに捧げられる。名状しがたいものはお母さんを犯し、殺し、そして、サオリが生まれた。
まだ幼いサオリが知るべきことだったのだろうか。見るべきことだったのだろうか。
衝撃とともに、彼女の心には怒りと憎しみ、絶望が宿っていた。
――
絶望は希望を生む。だが、その希望も
最悪の運命と最悪の暮らし。彼女の運命は呪われていた。それでもサオリは人間牧場で生きていく。
彼女の人生には這い寄る混沌が影となり横たわっていた。
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