第三十八話 お好み焼き

 兼平さんの運転するスーパーカブと、ナユタの運転するスクーターが並走していた。

 その大地は真っ黒なもので、その道はそれに反して真っ赤でカラフルなものだ。目がチカチカとしそうな色合いであったが、人間牧場ではそれほど目新しいものではない。


 走っていると、次第に黄金色の畑が一面に広がり始めた。人里が近いのだろうか。

 それにしても、人間牧場では珍しいほどの豊かな土地のように思える。畑には満遍なく作物が芽生えており、作物はそのどれもが瑞々しく太ましく実っているように見えた。


「ここ、結構いい土地なんじゃない」


 ナユタはスクーターのスピードを上げて、兼平さんのカブに近づくと、そう尋ねた。

 兼平さんは興味なさそうな表情を隠しもしないままに、ナユタに答える。


「そうね。豊かな土地よ。でも、ここも人間牧場であることには変わらない」


 二人はそのまま並走する。

 やがて、この畑の持ち主がいるであろう、集落が見え始めた。


         ◇


 兼平さんとナユタが集落に入ると、人々の様子が明るいことに気がつく。笑顔が目につきやすく、食糧が潤沢にあるためか太っている人が多い。

 ここは平和な村なんだな。ナユタは素直にそう感じたが、そのこと自体になんだか嫌な予感がした。人間牧場で幸せな生活なんて存在しない。そのことは痛いほどに理解していた。


 ふと、奇妙なものを目にした。

 それは昆虫のようだった。緑色の体色に長い脚、羽根を仕舞う外殻、角ばったフォルム。キリギリスのように見えるが、二本足で立ち、ラッパのような楽器を携えている。

 それが複数いる。色はピンクや青、黄色など、多岐に渡っていた。


 それはそうとして、兼平さんとナユタは集落の代表の家に赴く。食料の交換のためだ。

 村長は快く、物々交換に応じてくれた。兼平さんが保存していた肉をいくつか出すと、村長はさまざまな食材を出してくれた。

 村長は笑いながら、語る。


「この村にはココペリ様の加護があるのだよ」


 ココペリとはインディアンに伝わる豊穣の神である。そのココペリがこの村では日常的に見ることができるのだ。

 ラッパを持ったキリギリスのような姿で現れるその神は集落に土地を肥沃にし、村の人々に子々孫々に到るまでの幸福を保証しているのだという。


 村長の屋敷から出て、交換した作物を運んでいると、ラッパの音が聞こえた。


 パラッパパラリラー


 ラッパの音色とともに、近くの草木が急に成長を始める。蔦が伸び、近くの家の柱に纏わりつくと、樹木へと成長した。花が咲き、果物が実っている。それは桃だった。

 村長のいう加護がこういったものであることを実感するとともに、先ほど見かけた奇妙なキリギリスがココペリであることに気づく。

 集落の人の中にはそうして実った桃に手を掛け、持ち去るものもあれば、その場で口にするものもあった。


 パラッパパラパラー


 再び音色が響く。そのラッパの音を聞いたおばさんのお腹が急に膨らみ始めた。おばさんはお腹に栄養が吸われているようで、急速に生気を失う。やがて、全身が痩せ細り、さらには干からびていった。


 ――オギャア、オギャア


 朽ち果てたおばさんの中から赤ん坊が生まれていた。

 集落の人の中から、その赤ん坊が拾い上げるものがあり、あやしながら、どこかに連れていく。


「ナユタ、こんな生活が幸せだと思う?」


 そんな様子を眺めていた兼平さんが、不快感を露わにしながら、尋ねてきた。

 ナユタはかぶりを振り、周囲に聞こえないように注意しつつ答える。


「この集落では暮らしたくない……かな」


 その返事を聞くと、兼平さんは少しだけ機嫌がよくなったように見えた。


         ◇


 カブとスクーターのある場所まで戻った。そこで竈門を作り、炊事場を調える。

 そして、兼平さんが言う。


「それじゃ、料理を始めるよ」


 ナユタはボウルの中に、卵を落とし、小麦粉を入れる。さらに以前に取った出汁を水で溶かし、そこに投入した。また、先ほどの集落で手に入れた長いもを擦り下ろして、それを追加する。

 それを全力でかき混ぜた。だまは残るが仕方ない。食材はしっかりと混ざっていた。


 兼平さんはキャベツを切る。千切りにしているが、そこまで細かくはない。

 さらに、肉の用意もする。肉を薄切りにした。それが何の肉であるか、それはもはや詳しく述べない方がいいであろう。


 ナユタのかき混ぜた生地にキャベツを加え、均等になるように混ぜ合わせる。

 竈門に火をくべ、その上に鍋を乗せ、熱せられると油を均した。


 キャベツの入った生地を鍋に敷き詰める。その生地の上に薄切りにした肉を乗せた。

 しばらく焼くと、生地に泡が沸き立ってくる。十分に焼けてきたようだ。兼平さんが一息にひっくり返す。少しだけ焦げた表面が露わになった。いい感じだ。

 そして、そのまま裏面も焼けるのをじっくりと待つ。肉の焼ける匂いが漂ってきていた。


 お好み焼きが焼けていた。均等にわかると、互いの器によそう。

 そこに、タレをかけ、青のりを振り、鰹節を乗せた。その上にマヨネーズを回していく。


         ◇


 クレーム・ド・ペシェと呼ばれる桃味のリキュールに、レモンジュース、砂糖、炭酸水を加える。それをかき混ぜるステアすると、ピーチフィズの出来上がりだ。

 兼平さんはピーチフィズを作ると、ナユタに差し出した。勧められるままに、一口飲む。

 爽やかなお酒だった。控えめな甘さが心地よく、程よい酸味と桃の香りが実に爽やかだ。


「さっぱりしていて、飲みやすいね」


 ナユタがそう言うと、兼平さんはにっこりと笑う。そして、自分の分のピーチフィズを作った。


 お好み焼きを食べ始める。

 まず、キャベツの甘さと旨味が口の中に広がった。次いで、生地のとろけるような味わい、熱さ、食感、それに小麦と出汁の香り。そのどれもが深い充実感を抱かせるものだ。

 底でしっかり焼けている肉も実に旨味がたっぷりで、肉を食べているという満足感がある。美味しい。


 それを裏付けるのが味付けとなる調味料や乾物の数々だろう。

 マヨネーズの濃縮された美味しさは今更言うまでもないほどに素晴らしく、まったりとした旨味がお好み焼きの味わいを引き立て、同時に自身の美味しさを完璧なものとする。

 青海苔の香ばしさ、食欲を引き立てる味わいも何とも言えない。その匂いだけでお腹がすいてくる。

 鰹節は旨味の宝庫だ。そんなことは今更言うまでもないと思うだろう。しかし、そうではない。そう言わざるを得ないほどの魅力を鰹節は持っている。鰹節たっぷりのお好み焼きを食べて、鰹節の持つ“厚”というものを実感してほしい。


 なにより、ソースだろう。

 ソースの奥深い旨味はもはや語る必要はないかもしれない。その甘さ、辛さ、塩気、そのどれもがお好み焼きの美味しさを引っ張り、絶妙な美味しさに導いているのだ。

 こんな美味しさはほかにないだろう。とろける美味しさ。これ以上にお好み焼きを形容する言葉はない。


 気づくと、お好み焼きを食べ終えていた。

 深い満足感とともに、ピーチフィズを口にする。美味しい。そして、ちょっと酔う。


 ナユタはその酔いとともに、兼平さんに質問した。


「兼平さんはココペリに怒ってなかった?」


 その言葉に、一瞬だけだが、兼平さんは意外そうな表情をする。そして、すぐにいつもの冷たい表情に戻った。


「別に……」


 そのそっけない言葉は、どこか本心を隠しているような、隠し事をしているような、そんな印象を受ける。

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