第三十一話 ソース焼きそば
それは小高い山の上に広がる街だった。
どこかうらぶれた雰囲気のある街を、兼平さんの運転するスーパーカブが進んでいく。ナユタはそのカブに牽引される荷車に乗りながら、その退廃的な雰囲気に当てられていた。
石造りの建物はどれも年季が入っているようで、薄汚れていて、ひび割れも目立つ。
街中に座り込んでいる男は目の焦点があっておらず、酔っている……というより、ラリッたような表情を浮かべている。 胸元を派手にはだけた女性もいて、おそらく娼婦だろうと予想できた。
なんだか、周囲を歩く人々でさえ、何か悪辣な人間のように思える。
そんな娼婦だろうと思われる女性に、兼平さんが声をかけた。
「ねえ、野獣の結社って知ってる?」
その言葉を聞いた途端、女性の表情が強張る。そして、何も答えずに路地裏に姿を消してしまった。
その様子を見たナユタは嫌な予感を覚える。
「今の、尋ねないほうがよかったんじゃない?」
ナユタの不安をよそに、兼平さんは気にしていないようだった。
「ちょっと話を聞きたいだけなんだけど」
カブは街中を走る。といっても、歩行者も多いので、それを考慮して、ゆったりとしたスピードではあった。
突如、路地裏から湧いてきた男たちが、そのカブを取り囲む。薄暗い色合いの服を着ており、いかにも堅気ではない雰囲気だ。もっとも、人間牧場にあって堅気もヤクザもあったものではないのだが。
「あんたら、ちょっと来てもらうよ」
男たちの囲みの奥から、偉そうな雰囲気の老人が現れていた。
◇
兼平さんとナユタは街の頂上にある建物に連れていかれていた。
寂れた街の中では小綺麗な場所であり、一際大きい建物である。階段を歩き、その最上階にある一室に通された。
そこでは、彫刻や絵画といった調度品が多く置かれ、立派な椅子に座った人物がいる。
「頭、連れてきました」
男たちを率いる老人がそう言うと、椅子に座った親玉と思われる男が顔を上げる。
その服装は、紫色の高価そうな背広姿であったが、胸ポケットには黄色い円から三本の曲線が渦を巻くような
「ふーん、ここって野獣の結社かと思ったけど、違ったみたいね」
兼平さんが親玉に冷ややかな視線を送った。
それに対し、親玉はニヤリとした笑みを見せる。
「ほほう、どんな馬鹿者が現れたのかと思ったが、少しはわかっているようだ。
その通り、この地の野獣の結社は壊滅した。我ら、黄色の印の兄弟団によってなあ。どんな用があってこの街にやって来たかは知らんが、どうだ? 我らの傘下に入るというのなら、生かしておいてやってもいいぞ」
親玉がそう言うと、その部下たちもニヤニヤとした目でこちらを見てきた。ナユタはその態度に威圧的なものを感じる。
しかし、兼平さんは意にも介さず、敢然とした態度を示した。
「野獣の結社が壊滅……? この街でそんなことは起こりえない」
兼平さんはため息をつく。
「ナイ神父がここに預けたって言ってたものを取りに来ただけなんだけど。この部屋にあるのかしら」
そのまま、男たちのことは意にも介さず、周囲を見渡した。その行動にカチンときたのか、親玉が吠える。
「やれ!」
老人が服の内側から拳銃を取り出した。その瞬間、兼平さんは若衆の一人が佩いている剣を抜き、拳銃の銃身をスパっと切り裂き、そのまま親玉の鼻先に刀身を押し付ける。
「ナユタ、探して」
そう言われて、ナユタは慌てて周囲を見渡した。調度品の陰に小さな壺のようなものがある。あれだ。ナユタは急いで回収に向かった。
「てめェ、舐めた真似しやがる!」
親玉はそう言うと、人間の皮がビリビリと破け、青白く輝く鱗を持つ蛇の姿が露わとなる。兼平さんの向ける剣を掴むと砕いた。
周囲の若衆たちも全員が同じような姿に変貌している。
「逃げるよ」
兼平さんは声を上げ、近場にあった彫刻を手にすると、親玉に投げつけた。それと同時に、ナユタの手を掴むと、出口に向かって走り始める。
しかし、本性を現して身体能力の上がった蛇人間たちが二人に迫っていた。
ドドドドドドド
地震が起きた。兼平さんとナユタを捕らえようとしていた蛇人間たちはパニックに陥る。だが、ナユタにとっては予想していたことであり、兼平さんも同じだ。そのまま、駆け抜けて、建物から脱出する。
兼平さんは止めてあったカブのエンジンをふかし、その場から逃げだそうとする。そこに、どうにか追ってきた蛇人間が迫っていた。
ズドン
ナユタは荷車から槍を取り出し、蛇人間の胸を一突きする。蛇人間は悶えていたが、兼平さんから「早く乗って」という声が聞こえてきた。ナユタは大急ぎで荷車に乗り込むが、槍には蛇人間を突き刺したままであり、引きずるように走り始めてしまう。
カブが街から去ると、地震はより激しくなる。だが、それは街のある丘にだけ起きているものだった。
やがて、街の建物は全てが崩れ去り、丘の正体が露わになる。
それは碑だった。巨大な石碑のようであったが、よく見ると巨大な何かが蹲っているようだ。それは筋肉質な二本の足と腕を持つ怪物で、その頭は一本の触手が伸びているようなものであった。だが、その触手が長方形に近い形で無尽に伸びており、碑の形状に成形されているのだった。
まさに、「野獣」と呼ぶべき姿だ。
地震が落ち着くと、兼平さんは言う。
「それじゃ、料理を始めましょ」
◇
ナユタは荷車から降りようとして、手元に槍を持ったままだとようやく気づいた。そして、その先には荷車の下で転がる、黄色の印の兄弟団の若い衆に突き刺さっている。
「あ、ずっと引きずって来ちゃったんだ……」
そう呟くと、兼平さんはその青白い鱗で覆われた団員に目をやった。
「これはヴァルーシアの蛇人間ね。バラ肉が美味しいんだっけ」
そう言うと、兼平さんは蛇人間の首を掻き切り、血抜きをする。血が抜けると、腹を掻っ捌き、内臓を取り出し、肉を部位ごとにカットしていった。
その間、ナユタは麺を打った。かん水は膨れ女と採ってきたものがある。それを小麦粉と混ぜ合わせ、馴染ませ、生地を延ばした。そして、しばし寝かす。
さすがに二度目であり、前よりかは上手く製麺できたという実感がある。
バラ肉を薄切りにし、さらに一口大に切り分ける。
ドールの体内にあった、野菜を切った。ニンニク、ニンジン、玉ねぎ、キャベツを、それぞれ千切りにし、食べやすい大きさにする。
竈門に火をかけると、鍋に油を敷いた。そこに、ニンニク、玉ねぎを炒め、香りが出ると、ニンジン、キャベツ、もやしを加えた。
麺はもう一つの鍋で茹でておく。
バラ肉を入れて、焼き色がつき、しっかり熱が通ったタイミングで、麺を投入する。ほぐすように炒めると、麺に香ばしさが加わり、食欲を掻き立てるものになった。
そこに、黄色の印の兄弟団の事務所で手に入れた壺から、ソースを掬い入れた。瞬く間に、ソースの甘く、芳醇な得も言われぬ香りが周囲に充満する。
焼きそばが出来上がった。
それを器によそい、赤の国のイアラかもらった紅生姜を乗せる。
「本当は青のりと鰹節があればいいんだけど、そこはしょうがないか」
ナユタが呟く。
「ありますよ」
ナイ神父が来ていた。そう言いいつつも、焼きそばの上に青のりと鰹節を乗せる。鰹節は熱にさらされて、踊るようにその形状を変えていった。
そして、ソースの入った壺を抱きかかえると、その場から立ち去ろうとする。
「ねえ、そのソースって何でできてるの?」
兼平さんが尋ねた。
「なに、グラーキとヴルトゥームを煮詰めて作っただけの簡単なソースですよ。食材は手に入りにくいですけどね」
◇
野獣の街で買ったというお酒を兼平さんがコップに注いだ。
ホッピーというお酒らしい。まずは焼酎を入れ、そこに発泡するホッピーを入れ、かき混ぜる。
「焼きそばって庶民的な料理なんでしょ。だったら、お酒も大衆的なもので合わせなきゃね」
そう言って、ホッピーをナユタにも渡してきた。言われるままにナユタはホッピーを飲む。
やはり、発泡酒だけあって、炭酸の感覚が楽しい。麦の香りも味わえる。だけど、どこか物足りない印象もあった。
「なんだかんだ、安酒だから。いいお酒に慣れてるナユタには口に合わなかったかな」
兼平さんはそんなことを言う。
気を取り直して、焼きそばを食べることにした。
ソースの香ばしさが鼻孔を刺激する。口に入れると、その奥深い旨味、こってりとした味わいが広がった。焼きそばならではのジャンクな味わいであるが、久しぶりに食べたからか、こんなに美味しいものはないとさえ感じる。大阪生まれでもないのに、なぜか郷愁を抱いた。なんていうか、単純に美味しい。
麺のもちもちした、それでいてツルツルした口触りが楽しく、ソースの味わいをストレートに堪能できる。
青のりと鰹節はそのソースの上にあって、さらに食欲を掻き立てた。深い海の香りと絶妙な旨味、そるがソースと調和しているのだ。
紅生姜もその清涼感、鋭い刺激と酸味がアクセントとなり、焼きそばにリズムを与えている。食べる手が止まらなくなった。
野菜のシャキシャキした食感も堪えられないものだ。
玉ねぎの甘さと食感はアクセントでもあり、メインの美味さを演出している。
キャベツの旨味と甘みは言うまでもないかもしれない。キャベツがあるかないかで明確に味わいが変わるだろう。
ニンジンの甘さと奥深い旨味も格別だ。清涼感があり、焼きそばの味わいにバランスが生まれる。
もやしのボリューム感も楽しいし、ソースを吸ってその味わいを引き出したもやしは本当に美味しい。
そして、肉。ヴァルーシアの蛇人間のバラ肉だというが、噛みしめるごとに肉の旨味が口いっぱいに展開する。
野性味と旨味と甘み、その他もろもろの得も言われぬ美味しさが、とろけるような歯ごたえとともに伝わってくるのだ。
それでいて、ソースの味わいを邪魔しない。食べていて楽しく、調和のとれたお肉だ。
食欲を刺激されるままに、焼きそばを食べ終える。同じように、食べ終えていた兼平さんが呟く。
「なんか、黄の
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