第三十話 小松菜と油揚げのベーコン炒め定食

 兼平さんの運転するスーパーカブが荒野を走っている。ナユタはそのカブに牽引される荷車に乗り、ガタガタとした揺れを感じていた。

 荒野は次第に緑に満ちた草原へと変わっていく。それと同時に、並走する車両がいつの間にか現れ始めた。次第に、大分混雑した状態になり、さながら大移動する集団のようになっていた。


 どこかで見覚えのある人々もいる。ウィッカーマンを狙っていたハンターたちもいれば、チクタクマンの機械兵とともに戦ったあの時の一団もいた。

 そして、背後からプップーとクラクションが鳴った。見覚えのあるスクーターとポニーテールの少女――コウだ。


「あんたたちも呼びかけに応じてきたんだな。なんだっけ、ブホールとかいう芋虫みたいなのが人間牧場の大地を喰いあさるのを阻止する、だったっけ?」


 コウはうろ覚えのように、自分が何で来たのかを語る。それに対し、兼平さんは冷静に訂正する。


「ドールよ。巨大な白い蛆虫ワームで、放っておくと惑星すら食い潰すといわれているクリーチャーね。

 大きいらしいから、これだけの人数がいても数日は食べきれないんじゃないかしら」


 恐るべきは、惑星を滅ぼす怪物なのか、それすら食料と見る飢えた人間たちなのか。そんなことはナユタにはわからない。


 草原の中に玉座が出現する。巨大な舞台のようなものがあり、その上に玉座があり、大勢の従者たちとともに、その者はいた。

 虹色に煌めくローブを纏い、エジプトのファラオを思わせる冠をかぶっている。その所作は全てが洗練されており、その顔立ちとともに、高貴さを感じさせるものだった。

 それは暗黒のファラオと呼ばれる存在だ。


 暗黒のファラオが立ち上がると、周囲のハンターたちの動きがすべて止まり、物音ひとつ立てなくなる。


「皆の者、よくぞ来てくれた。現在、人間牧場は危機に瀕しておる。この事態にあって、そなたたちこそが希望だ。

 知っての通り、目前までドールが迫ってきておる。不届きものの手によって放たれたのだ。皆の奮闘を期待する。ドールめを討ち果たしてくれ」


 発言を終えると、暗黒のファラオは再び玉座についた。

 従者たちは舞台のカーテンを下ろす。すると、不思議なことに草原から舞台と玉座は跡形もなく消えてしまった。

 周囲は静寂で包まれる。


 ハンターたちは呆然としながらも、その使命と危険の大きさに身を震わせるのだった。


          ◇


 白い、巨大なドールが咆哮を上げる。それと同時に、その肉体の一部が宙に舞い、やがて落下してきた。降り注ぐ巨大な蛆虫ワームの尾が周囲一帯を圧し潰す。

 それは地獄だった。ドールが少し動くだけで、ハンターたちに死者が出る。


 狩りに慣れてきたという自負を抱きつつあったナユタだが、その自信は音を立てて崩れるかのようだった。前に出る気力が湧いてこない。ナユタはドールを恐れていた。

 だいいち、槍であんな巨大な生物にどう立ち向かえというのか。なすすべなくやられるだけじゃないか。

 そんな言い訳が胸中を占める。


 そんな様子を察したのか、コウがナユタの前に立った。


「ナユタは下がってていいよ。私がどうにかしてみる!」


 そう言うと、スリングに石を装填し、ドールに向かって投げつける。

 しかし、その行動にどれだけの意味があるだろうか。かつて、羊飼いの少年がスリングで石を命中させ、歴戦の大男を倒したというが、そんなのの比ではないくらいに体格差があるのだ。

 石はドールに命中したが、蚊が刺したほどのダメージも与えることはできない。


「オーケー、オーケー、だいたいわかったよ」


 コウはカバンから瓶を取り出す。その中には赤い石が入っていた。その石の内側からは炎が燃えるようなゆらめきが見て取れる。

 その石を手で触らないように注意して、スリングにセットする。


「これはクトゥなんとかって旧支配者の身体の欠けらなんだって。炎の精の力が込められているなんとかなのよ!」


 よくわからない説明とともに、コウはドールに向かって赤い石を投げつけた。


 ボワァッ


 ドールの命中した部分が燃え上がる。その炎は範囲こそ狭いが消えることがない。ドールはのたうち、苦しみ始める。それによって被害も出るが、これに乗じてハンターたちの反撃が始まった。

 あるものは弓を放ち、あるものは重火器を撃ち込む。中には魔術師もいるのか、その尾を凍てつかせ、ドールの動きを止めるものもあった。


「コウ、よくやった」


 兼平さんもそう呟くと、バルザイの偃月刀であった包丁を手に、駆け出す。そのスピードは異様に速く、やがて、空気を踏みしめるかのように、空中を走っていた。

 そして、ドールの頭部に到達すると、包丁を突き刺した。そのまま、ドールの肉体を捌くかのように、包丁を突き立てたまま、ドールの胴体を駆け抜けた。

 ドールは切り裂かれ、その動きを止める。


 ワァーワァーと歓声が巻き起こった。

 ドールは倒れたのだ。ハンターたちはドールの肉を分け前としようと、群がり始める。


 そんな中、兼平さんは自分の分のドールの肉を引きずりながら、ナユタとコウの前に戻ってきた。


「あなたたちも分け前を取りに行ってきて。料理を始めましょ」


          ◇


 ドールの肉は水分が飛ぶと、油だけがしっとりと残った。それは肉というよりも油揚げのように見える。

 さらに、ドールの身体の中にはびっしりと植物がなっており、その中から兼平さんは小松菜とほうれん草を見つけてきていた。


 兼平さんはドールの肉と小松菜を一口大に切り分ける。さらに、燻製にしていた地球本来の神の肉を取り出し、それも食べやすい大きさに切った。

 竈門に鍋を用意すると、干し鮎で出汁を取る。


 ナユタは通りすがりのチョー=チョー人から交換した米を用意した。それを飯盒に入れ、米を研ぎ、ガスバーナーで炊く。いつもの役割だ。


 兼平さんは出汁を器に入れると、鍋に油を敷く。そこに燻製肉、小松菜の茎を入れ、軽く炒めた。さらにドールの肉と小松菜の葉を入れ、出汁をかける。さらに、醤油とみりんを加えると、しっかり火が通るまで炒めていった。

 小松菜と油揚げのベーコン炒めが出来上がる。


 コウは別の鍋で湯を沸かす。ほうれん草を切り、ドールの肉も細切りにした。

 湯に兼平さんの取った出汁を入れ、ほうれん草とドール肉を煮立てる。火を止めると、味噌を溶かした。

 ほうれん草と油揚げのお味噌汁が出来上がる。


「おう、あんたら大活躍だったじゃねえか。さっき見つけた大豆で豆腐つくったから、もらってくんな」


 かつて、チクタクマンの機械兵と戦った時のハンターだっただろうか。

 いつの間に豆腐を作る時間があったんだと思わなくもないが、人間牧場で時間の流れなんて気にしてもしょうがない。


 ナユタは受け取ると、豆腐を切り、器に分ける。ネギを切り、ショウガ卸して散らした。

 冷ややっこだ。


「あんたたち、大活躍だったねぇ。ドールの胃の中から、こんなもん見つけたんだよ。食べてよ」


 それは納豆だった。そして、話しかけてきたのは本当に知らないおばちゃんだ。

 とはいえ、納豆がもらえるのはありがたい。


 ナユタは納豆を丁寧にかき混ぜ、醤油とからしを垂らた。


          ◇


 おすそ分けでもらった麦茶をコップに入れる。喉が渇いた時にこれほど嬉しい飲み物はない。

 ナユタは喉を潤し、その香ばしい味わいにほっと一息をつく。


「今日は随分と家庭的なメニューだな。こういうのもいいねえ」


 そう言うと、コウは食べ始める。兼平さんも麦茶を一口飲み、ご飯に手をつけた。


 ナユタも小松菜と油揚げのベーコン炒めに手を出す。

 みりんと醤油、それに芳醇な鮎の出汁が混然一体となり、得も言われぬ旨味を醸し出していた。それを吸い上げた油揚げはなんとも言えない美味しさがある。

 小松菜は独特の香りと苦みがあり、歯ごたえもよく、油揚げとともに食べると格別だった。

 薄く切られたベーコンは強く主張さえしてこないものの、癖のない旨味と香ばしさがあり、料理に華を添えている。

 それとともにご飯を頬張るのだ。これが美味しくないはずがない。この食事が幸せでないはずがない。ナユタは日常の中にある幸せを感じ取っていた。


 お味噌汁を啜る。鮎の出汁と味噌の組み合わせというものも、素晴らしい。味噌とともに鮎の香ばしい味わいを感じ取れる。

 具材の味も染み出ている。油揚げの入ったお味噌汁の味わいというのは格別の旨味が出るものだ。ほうれん草の苦みと旨味もいいアクセントになっている。

 なにより、この二つを食べることで感じる満足感というのも得難いものだ。


 冷ややっこも良い。油と醤油をかける。程よい脂質と塩味が冷ややっこを完成させてくれた。

 冷たい味わいとともに、豆腐の風味が感じられ、ネギとショウガがいいアクセントとなる。箸休めにちょうどいい。


 小松菜と油揚げのベーコン炒めはいつの間にか食べきっていた。

 残ったご飯は納豆で食べよう。温かい白米に納豆を乗せる瞬間。なぜだかワクワクする感覚がないだろうか。

 それを口の中に運ぶ。粘り気と豆の旨味、そして独特な風味がご飯とともに押し寄せてきた。これもまた美味しいものだ。日本人ならではの喜びと言ってもいい。

 一口、また一口と食べ進める。食べる手が止まらない。気づいた時にはもう完食していた。


「なんか、気づいたら、大豆尽くしの食事になっちゃったね」


 とはいえ、これは和食を作る時のあるあるでもあるのだろう。

 それに対し、兼平さんが口を開く。


「ドールは大地を食べつくすけど、消化自体は大豆に頼っていたのかも。食べたものを大豆が吸収し、その実った大豆が体内で栄養となり、ドールが成長する。そうやって大きくなっていったんでしょう。だとすると、その肉が大豆の味わいのあるものだったのも納得ね」


 そんなものなんだろうか。そんな気もする。

 でも、今日は何の役にも立てなかったな。

 ナユタはそう独り言ちる。確かな満足感と大豆尽くしの食事の多幸感を楽しみながらも、どこか自嘲めいた感情も心の中でさざ波を打っていた。

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