第二十六話 豚肉のリンゴソース
風がビュービューと吹き荒れる。進むほどに、風はどんどん強くなっていた。
そんな中を兼平さんの運転するスーパーカブは向かい風に向かい、その速度を大きく殺されながらも、進んでいく。ナユタはカブの牽引する荷車に乗りながらも、時折飛んでくる砂塵や石つぶてから身を守ろうと、腕で頭を押さえていた。
そんな中、目に入ってくる光景は、真っ黄色の砂丘が広がり、真っ赤な空に覆われている。
そして、彼らには同行者がいた。
黄色い仮面をかぶり、黄色い絹を身に纏った存在。その体は風と溶け合っているようで、風が強くなるほどに、逆に吸い上げられるかのように、向かい風に向かってすいすいと進んでいく。
それは不思議な光景であったが、人間牧場にあってはそのようなことは不思議に思うようなことではなかった。
「もう少しですよ。がんばってくださいね」
黄色の仮面の奥から、抑揚のない声が響いてくる。
目的地はこの先の岩場だった。なんでも、バイアクヘーという魔獣が飛行するルートになっているらしい。その魔獣を罠にかけて捕らえるという。バイアクヘーは惑星間を飛び回るというほど、高速で飛行する生物だとか。
そんなものをどうやって捕らえるのか、ナユタには見当もつかなかった。
岩場に辿り着いた。双子のような巨大な岩が少しの隙間を開けて並んでいる。
兼平さんもナユタも、カブを降りて、岩場に近づいていく。
「では、サオリ、必要なものは用意しましょう。計画をお聞かせください」
黄色い仮面のものが丁寧に言葉を紡ぐ。それに対し、兼平さんは一枚の紙を取り出した。
ナユタもそれを覗き込むが、ちんぷんかんぷんだ。どうやら木でできた箱型の罠を作るらしい。
「ふふ、わかりましたよ。では、その木片をいただきましょう」
黄色い仮面のものは、かつてウィッカーマンだった木片を手にする。すると、木片が急に成長を始めたかのように脈々と伸び始めた。木の根が伸び、枝分かれし、瞬く間に巨大な箱型の形状を取った。その箱は片方に入り口があり、その入り口を塞ぐための扉が取り付けられている。
それは一瞬の出来事だった。ナユタは瞬く間に現れた箱罠に、どこか恐ろしいものを感じてしまう。
「あとは待つだけね」
兼平さんは表情も変えずに箱罠を眺めていた。
◇
空から飛来するものがあった。
鳥のようなフォルムでありながら、翼はコウモリのような羽毛のないもので、顔はモグラのように哺乳生物を思わせるもので、目がない。全体的に腐敗した印象を与える皮膚の色をしていた。
それは真っすぐに飛んでくると、岩場と岩場の間をすり抜ける。つもりだったのだろう。
まんまと箱罠に飛び込んでいた。ナユタはその瞬間に扉を抑えていた紐を放し、ガチャンと扉を閉める。
――グルゥワアアアアアアアァァァァッァ
奇怪な雄たけびを上げ、バイアクヘーはのたうち回り始める。箱罠はミシミシと音を立て、今にも壊れそうだった。
兼平さんは矢をつがえていたクロスボウを放つ。パシュンッ、パシュンッとバイアクヘーに突き刺さった。だが、その巨体にはまるでダメージが通らない。むしろ、かえって強く暴れ始めた。
ガンガンと箱罠に何度となく体当たりする。木檻にひびが入り始めた。
「これはピンチですよ。対策はあるんですか」
黄色い仮面のものが抑揚のない声を出す。なぜか、その響きから楽しんでいるような気配を感じた。
兼平さんはバルザイの偃月刀であった幅厚の包丁を取り出す。ナユタも覚悟を決めて、槍を構えてバイアクヘーに向き合った。
「なるほど。無策ですね。いいでしょう、ちょっとした手助けをします」
そう言うと、黄色い仮面のものはローブの奥から手を出した。そして、円運動のような動きで手を振ると、それは文字のようなものを浮かび上がられた。円から線が広がるような図形、黄色の
「サオリ、見てください」
黄色い仮面のものの声が聞こえる。兼平さんはその声に従い、振り返った。その瞬間、兼平さんに異変が起こる。
ドクンドクン
兼平さんの心臓が強く高鳴った。少し離れていた場所にいたナユタにも、その音が聞こえたように感じる。
次の瞬間、兼平さんの周りで風が吹く。その風に乗って兼平さんの身体が宙に浮いた。
「いあ いあ はすたー くふあやく うるぐとむ うぐとらぐるん うるぐとむ」
兼平さんが呪文を唱える。それに反応するようにバイアクヘーの周囲でも風が舞った。バイアクヘーは突如、暴れるのをやめ、急におとなしくなる。
それを好機と見たナユタは槍を振りかぶり、バイアクヘーの首を切り落とした。
「いいですね。十分に育っているようで、何よりです。
バイアクヘーを狩っておけば、名状しがたきものへの牽制にもなるでしょう。いうことなしですね」
抑揚がないながらも、黄色い仮面のものの声は嬉しそうに感じられる。そして、ケタケタとした笑い声が聞こえてきた。
兼平さんに起きた異変は消えていた。首から血を流すバイアクヘーを確認すると、言った。
「それじゃあ、料理を始めましょ」
◇
血抜きしたバイアクヘーを解体していく。首から肛門にかけてを捌いていき、腹を完全に開いた。そこから内臓を一塊に取り出す。残った血液も丁寧に汲み出した。
その後は水で洗い流すところだが、大量の水はなく、代わりに風が吹き荒れている。風は残った汚れを洗い流していった。
兼平さんはさらに包丁を入れ、あばらを外した。次に背骨、肩甲骨。丁寧に骨を外していく。
あとには肉だけが残る。それを部位ごとに切り分け、今回使わない部分は塩漬けにした。
今回、食べるのはロースだ。厚切りに切り分けると、筋を切った。塩、胡椒で味付けし、小麦粉をまぶす。
竈門に火をくべ、鍋に油を敷く。そこに肉を並べ、焼いていく。
かつてウィッカーマンであった木檻に木の実がなっていた。それはリンゴだ。ナユタはリンゴをもぎ、いくつかを輪切りにし、いくつかをすり下ろした。輪切りにしたリンゴは兼平さんに肉と一緒に焼いてもらう。
黄色い仮面のものが浮かび上がらせた黄の
もう一つ竈門を作ると、別の鍋でみじん切りにした玉ねぎを炒める。玉ねぎがあめ色になると、すり下ろしたリンゴを加えた。さらに、バター、醤油、蜂蜜を入れて、さらに煮込んだ。
兼平さんの焼いている肉から出た肉汁も加えて、まだまだ煮詰める。
肉が焼けると、兼平さんは器に肉と輪切りのリンゴを移す。同時にリンゴソースも出来上がっていた。肉の上から、とろりとしたソースをかけていく。
豚肉のリンゴソースかけが出来上がっていた。
◇
「バイアクヘーには
そう言うと、黄色い仮面のものから貰ったというオレンジ色の酒をコップに注いでいく。甘くまろやかな香りが漂う。
「美味しい。甘いし、深い味わい」
兼平さんは蜂蜜種をくいっと飲み干すと、恍惚とした表情で呟く。
その言葉と香りに誘われ、ナユタは蜂蜜酒を口にした。とろーっとした食感とともに、濃密な甘さが口いっぱいに広がる。それでいて、柑橘系の爽やかさと酸味もあり、さっぱりとした味わいであった。
飲みやすい。それは危険な感覚であることをナユタは知っている。ナユタは一口舐めるだけにとどめて、豚肉のリンゴソースを食べることにする。
肉厚な美味さ。その噛み心地だけで、すでにナユタは幸せな気分になった。旨味たっぷりのその肉は、どこか甘さが感じられ、脂身の豊かな味わいが満足感を引き出していく。分厚いのに、柔らかくて食べやすい。とろりとした食感が何とも言えない。
豚肉って、なんと美味しいものだろうか。いや、バイアクヘーの肉だったか。その些細な違いなど、ナユタはどうでもよくなるほど、その肉は美味かった。
何とも言えないのは、ソースも同様である。
リンゴと蜂蜜の甘さに、肉汁の旨味、醤油のしょっぱさが混ざり合い、複合的で、得も言われぬ、極上の味わいとなっていた。甘さとしょっぱさ、噛み合わないもののようにも感じるが、この二つを同時に味わうことの幸せをどう表現したらいいだろうか。
わかるのはこのソースが肉と抜群に合うことだ。ソースを絡ませた肉を夢中で食べながら、ナユタは幸福感に浸っていた。
そして、焼きリンゴである。肉と一緒に焼いたリンゴは香ばしい匂いを漂わせていた。
焼きリンゴは美味しい。そんなことは常識と言っていいだろう。シャキシャキとした食感を残したまま、どろりとした食感と熱が混じり合い、甘みが凝縮される。甘いが旨いの語源ともいわれるが、そのことを肌で感じられる味わいといえる。
それを肉と一緒に食べるのも最高だ。リンゴの甘さと旨さ、肉の旨さと甘さ。似ていないようで似ている、この二つの味わいが重なることで見えてくる地平というものがあった。
豚肉のリンゴソースを食べ終え、ナユタは一心地つく。
そうなると、疑問が頭をよぎり始めた。意を決して、言葉を発した。
「ねえ、黄色い仮面のものは兼平さんに何をしたの?」
兼平さんはその言葉に一瞬答えようとするが、それを押し止め、次の瞬間には暗い表情になる。
それからしばらく、兼平さんは声を失ったように押し黙っていた。
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