第九話 チリドッグ

 兼平さんはソーセージを作っていた。


 塩漬けにしていたゾンビの腸を水で戻し、塩抜けする。

 その間、ゾンビの肉や臓物を混ぜ合わせ、さらに緑の男から採った玉ねぎやハーブ、塩、砂糖を加える。へらを用い、それらを大雑把に混ぜ合わせていった。細かく混ぜすぎると肉の食べ心地がぼやけるためだ。

 また、肉を冷やすため、時折、容器を冷水で冷やしている。さらに、緑の男の集落で手に入れた酒と卵白も入れ、全体に馴染ませた。


 肉だねができると、腸を水に浸したまま、チューブのような器具を使って、肉だねを詰める。兼平さんは慣れた手つきで、腸にどんどん肉だねを入れていった。

 程よく腸の中に肉だねが詰まると、糸のようなもので両端を縛った。それを適度な長さに分けて腸をひねると、見慣れたソーセージの形になっていく。


 竈門に火をくべ、今度は茹でる。温度が上がり過ぎないよう、火加減に気を配り、時に水を入れて温度を冷ます。

 しばらくして、それを袋に詰めていった。出来上がったようだ。


 そんな様子をナユタはぼんやりと微睡まどろみながら眺めていた。

 次第に頭がハッキリしてきて、ついには起き上がる。


「あら、目覚めたのね。もうちょっとで出るから、準備して」


 兼平さんがそう声をかけてきた。


          ◇


 今日もスーパーカブは荒野を走る。兼平さんがカブを運転し、ナユタはそれに牽かれる荷車に揺られていた。

 彼らの走る大地は茶色というよりも赤々としており、頻繁にマグマが露出しているのが見て取れる。それにも関わらず、気候は慣例で肌寒くすらあった。人間牧場ならではの奇妙な感覚に、ナユタはすでに慣れ切ってしまっている。


 やがて、彼らの進む先に集落が見え始めた。緑の男の集落と比べても見劣りのない、大きな集落だ。

 兼平さんはその集落の中までカブを進めると、いつものように「代表者と話がしたい。取引をしたい」と伝えた。少しすると、代表者の代理を名乗る青年が現れ、兼平さんとナユタを案内してくれる。


 木製の家が立ち並び、文明的な集落だった。老人はおらず、男性が多いものの、人々が多く賑わっている。

 だが、町の中心に置かれた像は今まで見てきた像の中でも、一際異様だった。その下部には人の頭蓋骨を思わせるものが敷き詰められており、その中心にトーテムポールのような円柱がそびえている。その最上部にはコウモリのような翼を広げた怪物が造形されていた。その全体には血がしみ込んだような模様があり、禍々しさを感じさせる。


「この像って……」


 気圧されたナユタがついつい口に出した。

 それに対し、案内役の青年はにこやかに答える。


「この像は憎しみの像と呼ばれています。過去の戦争の記憶を覚えているんだとか。

 でも、我々にとっては恵みの像です。周囲に生えている蔦があるでしょう? あれからレッドキドニーが採れるんですよ」


 ナユタが像をよく見ると、翼の怪物から蔦が生えており、その蔦からはインゲン豆のようなものが実っているのがわかった。レッドキドニーというのか、その色はやはり血に塗れたような赤である。


 そのまま、集落の役所というべき場所に案内される。

 旅人の存在も周知されているようだった。手続きを進めると、旅人との交渉担当というおじさんが現れ、兼平さんの出したゾンビのハムと塩漬け肉の相場を伝えてくる。兼平さんはそれに同意し、パンや調味料、お酒、それに例のレッドキドニーと物々交換した。


 役所から出ると、兼平さんは嬉しそうに笑うと、言った。


「それじゃ、料理を始めましょ」


          ◇


 集落の中には、旅人用のキャンプ場が用意されていた。

 カブと荷車をその場所まで移動させると、兼平さんはその場に簡易的な竈門を作る。


 兼平さんは塩漬けの肉を切り刻み、ミンチ状にした。それに酒と塩を加えて混ぜ合わせた。

 竈門に火をくべると、鍋に油を敷き、にんにくを入れて香りづけし、さらに玉ねぎを入れ、ミンチ肉を炒める。

 さらに、先ほど物々交換したレッドキドニーを入れて炒め、残っていたトマト缶をぶちまけた。煮立ったら、粉末状の唐辛子を加える。

 そのままグツグツと煮込んでいく。


 一方、ナユタはパンを温めていた。

 飯盒に物々交換したパンを入れて蓋をすると、ガスバーナーで火にかける。しばらくすると、こんがりとした香りが漂ってくる。ナユタは食欲を刺激されながらも、もう一つのパンを焼く。

 パンには切り込みを入れた。ソーセージを挟むのだ。


 パンが焼けると、ソーセージを焼く。飯盒に蓋をせずにソーセージを入れ、焦げ付かないように頻繁にひっくり返す。ジュージューと油が染み出し、ジューシーな香りが湧き立つ。

 これは美味しいぞ。ナユタはそう思いつつ、ソーセージをパンにはさんでいく。


 ちょうど、チリビーンズが出来上がっていた。

 パンに挟まれたソーセージの上に、スパイシーな匂いを放つチリビーンズが乗せられていく。

 これで完成だ。ナユタは今にもかぶりつきたいのを我慢して、チリドッグを皿に置いた。


          ◇


 兼平さんが持っていたのはビールの瓶だ。

 彼女がビールをコップに注いでいく。


「ナユタ、ビール飲めたよね」


 そう言うと、もう一つのコップにもビールを注ぎ、ナユタの目の前に置いた。

 それをナユタが手に取ると、「乾杯」と言ってコップを重ね合わせる。兼平さんは一息に飲んで、幸せそうな笑顔を見せた。

 釣られてナユタもビールを飲むが、炭酸の刺激とともに感じる苦さに辟易とする。

 本当にこんなものを美味しいと思って飲んでいるのだろうか。そんな疑問が湧き立っていた。


 ビールの入ったコップを置くと、兼平さんはチリドッグを一口齧る。もぐもぐとソーセージとパン、それにチリビーンズの組み合わせを味わっていたその時、背後から何者かが現れていた。


 それは、さきほどの交渉担当のおじさんだった。血走った眼で、手にはハンマーを持ち、それを兼平さんの後頭部に向けて振り落とす。

 兼平さんはその動きを知っていたかのように避けると、炊事場に置かれていた刃の大きい包丁を手にする。流れるような動きで、ハンマーを掴んだおじさんの指を切り裂いた。指がボトボトと落ち、ハンマーは握力を失った手からポトリと落ちる。


 おじさんはその痛みにのたうった。その隙を突いて兼平さんは間合いを縮め、喉を一突きにする。おじさんの喉からおびただしい流血が迸る。

 その血を避けるように、おじさんから遠ざかると、兼平さんは手に持っていたチリドッグをそのまま食べ始めた。


 兼平さんが人を殺した!?

 ナユタは一瞬のうちの起きた出来事に驚愕する。しかし、冷静に考えると、出会った当初からナユタの足をバキバキに折ることに躊躇しなかったし、人が目の前で死んでも平然としていた。別に驚くようなことではないのかもしれない。

 そう考えると、ナユタにも平常心が戻ってきた。ナユタもチリドッグを一口食べる。


 ソーセージを齧ると弾けるようなパリッとした食感とともに、ジューシーな味わいが口いっぱいに広がってくる。それは肉の旨味であり、ハーブの香りでもあった。何といっても、野性的な肉の美味しさが凝縮されていると感じる。

 それと同時にチリビーンズのスパイシーな刺激が口内を襲う。ピリピリとした辛みは食欲を刺激する。それと同時に煮詰めた豆の懐の深い味わいを感じる。何ともいえない安心感、満腹感を演出しているようだ。

 この両者と味わうパンの香ばしさと満足感。これぞ完成された美味しさだ。それを実感するようだった。


 そんな多幸感を抱いている中、ナユタは背後から殺気を感じる。とはいえ、兼平さんのように華麗に避けるようなことはできない。

「うわぁっ」

 無様に喚き声を上げつつ大慌てで飛びのいた。ナユタのいた場所に斧が振り下ろされる。そこにいたのは案内役の青年だった。

 その青年の殺意に満ちた目を見ているうちに、ナユタも感情が昂ってくるのを感じる。


 ナユタの母は時折癇癪を起こし暴れることがあった。ナユタには何が琴線に触れているのか察することもできない。

 幼いころはただその暴力に屈することしかできなかったが、成長するに連れて、次第にその暴力に鬱屈した感情を抱き、やがて反撃する時を待つようになった。

 その感情は何だっただろうか。怒りか悔しさか哀しみか。だが、最も大きい感情は憎悪だった。


 ナユタにはその時のような憎悪が宿っていた。

 青年の斧から逃れると、ナユタは荷車の元へと走った。そこには包丁と棒をつなげて作った槍がある。

 ナユタは逃げ惑うように悲鳴を上げつつ、荷車に近づいていく。そして、荷車を目前にして転倒した。勝利を確信した青年は斧を振りかぶる。

 その瞬間、ナユタは荷車の中の槍を手に取り、そのまま青年の胸を突き刺した。驚きの混じった悲壮な表情とともに、青年は斧を落とす。それでもどうにかナユタに迫り来ようとするが、ナユタが逃げているうちに、膝から崩れ落ちた。死んだのだ。


 ナユタは意識が朦朧としながらも、食卓に戻る。そして、残っていたビールを飲み干した。炭酸の刺激と苦みが喉を通っていくのが快感だった。なんとなく、ビールの美味しさがどういうものかわかり始めていた。

 その心地よさとともに、残りのチリドッグに齧りつく。食べ終える頃には、なぜ周囲に血だまりがまき散らされているのか、記憶が曖昧になり、わからなくなっていた。

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