第五話 鶏団子鍋

 今日も荷車がカタカタ揺れていた。荷車を牽引するスーパーカブは今日も人間牧場を走っている。

 揺られながらもナユタは景色を眺めていた。


 空はやたらと黄色く、太陽はドギツイ赤だ。パッションカラーのような濃く明るい色合いで、サイケデリックなデザインの中に迷い込んだと思うほどである。

 反面、地面の色は落ち着いておりこげ茶色だった。現実世界の地面もこんな色合いだったかなと、すでに記憶が曖昧になりつつあるナユタはそんなことを考えている。


「そういえばさ、昨日現れた暗黒の男って、この世界の神様なの? いつも兼平さんが言ってる……」


 ナユタが尋ねると、いつものように兼平さんがポツリポツリと話した。


「神様というか。邪神ね。

 そうよ、暗黒の男も邪神。人間牧場にはいくつもの祭祀場があるけど、邪神は全部同じものなの」


 彼女の言葉にナユタは疑問を抱く。

 邪神が暗黒の男と同じものだというが、双頭のコウモリも、顔のない黒い怪物も、黄金の触手を持つアフトゥも、すべて異なる姿ではなかったか。


「さまざまな姿があるけど、でも、同じ邪神なのよ」


 ナユタの疑問に兼平さんが答える。

 どうにも釈然としないものがあったが、それ以上話を聞くことはできなかった。


 彼らの前に集落が出現したのである。


          ◇


 その集落には畑が広がっていた。畑の合間に木でできた家が並んでいる。

 荷車から降りたナユタは足元を見てギョッとする。巨大な青虫がいたのだ。しかし、よく見るとそれは青虫のような形をしたサボテンだった。


「ねえ、食料の交換をしたいのだけど、誰に話したらいいかしら?」


 兼平さんは近くにいた女性に話しかけていた。

 女性はさも当然のように、集落の奥にある家へと案内してくれる。そこが集落の代表者の家らしい。


 代表者の家に入ると、煙が充満しており、タバコの匂いが強烈に香ってくる。それほど大きい家ではなく、一部屋だけの簡素な作りだった。

 部屋中には極彩色を塗りたくったような奇怪な絵が描かれている。そのどれもが放射線のような形状が描かれていて、妙に規則だったもののように感じられた。ひときわ目立つのは雄鹿のような角を生やした男の姿だ。


 部屋の奥にソファのような椅子に寝そべった老人がいた。顔には深い皺が刻まれているが、全身は健康的に日焼けしている。日頃、農作業に精を出しているのだろう。

 その手には煙管キセルが握られており、酩酊しているようで、目の焦点が合っていない。


 彼の目の前にあるテーブルにはボタン状の乾燥した植物がいくつも入った皿がある。

 ナユタはそれが青虫に似たサボテンだということに気づいた。


 それにしても、集落の代表者だというが、この人は大丈夫なんだろうか。煙草と奇妙な植物によってトリップしているようにしか見えない。

 ナユタは不安な感情を隠せないまま、代表者の姿を眺めていた。


「そう不安に思わなくてもよいぞ。サオリ、ナユタ、よく来てくれたのう」


 トロンとした目のまま、代表者の老人が言った。

 ナユタはその言葉に驚きとともに恐怖を感じる。暗黒の男が自分を知っていることにも慄然としたが、こんな老人にまで知られているとはどういうことだ。


「ああ、なぜ、あんたがたの名を知っているか不思議なのか。

 気にせんでくれ、角を持つ男が教えてくれるのだ。ファファファ、実によいものだぞ、いつ晴れるのか、いつ雨が降るか、どんな土が作物に合うか、作物の収穫はいつか。なんでも教えてくれるのだ。お前たちが来ることも教えてくれている」


 そう言い切ると、乾燥した植物を口に入れ、水で流し込む。老人の目はさらに焦点が合わなくなり、もはや起きているのか眠っているのかも曖昧になった。


「角を持つ男」というのが、この近辺を支配する邪神なのだろうか。像のようなものはなく、奇妙な植物の力を借りて酩酊する老人が幻覚で見ているだけのように思えるけど……。

 ナユタはそんなことを考えるが、この場で兼平さんに確認することもできない。


「私は食料の交換がしたい。黒い仔山羊の塩漬け肉とシャンタク鳥の肉がある。ここで採れる野菜と替えられないか」


 兼平さんは老人の姿に疑問を抱いていないのか、あるいは話を長引かせるだけ無駄だと思ったのか、単刀直入に切り出した。


「ああ、そんなことか。それは村人たちと話してくれ。この村じゃ獣の肉は採れんからな。皆、喜ぶだろう」


 老人の家を出ると、兼平さんは集落の人々に話して回った。

 ナユタは自分たちのスペースを集落の中に借りると、そこで料理の準備と野営の準備をする。

 しばらくして、兼平さんが戻ってくると、微笑みながら言った。


「それじゃ、料理を始めましょ」


          ◇


 兼平さんはシャンタク鳥のむね肉ともも肉を取り出すと、大振りの包丁を手に、みじん切りに刻んでいく。

 一方、ナユタは昨日使わなかったシャンタク鳥の卵(になりかけのもの)の白身をボウルに入れ、かき混ぜていった。そこに兼平さんが調達してきた醤油と酒を入れる。

 そうしている間に、兼平さんの作業が終わり、大量の肉がボウルの中に投入された。さらに、葱のような野菜のみじん切りもその中に入っていく。


 さらに、シャンタク鳥の脂身を入れ、アフトゥの村で手に入れていた小麦粉をまぶした。

 それを混ぜ合わせると、団子の形に鶏肉をこねていく。


 集落で借りた大きな鍋を用意していた。

 火の用意は集落の人々がやってくれており、共用の大きな竈門で火を起こしていた。


 その鍋に水を注ぐと、こしらえたばかりの鶏団子を並べていく。

 集落の人々は兼平さんに続いて、野菜を入れていった。兼平さんの鶏団子鍋を作るという提案に住人たちが乗ってきた結果だ。

 鍋の中には、椎茸、大根、葱、牛蒡、白菜が加えられていく。どれもが出汁になる野菜だった。魚介の少ない内陸の集落において、これは生活の知恵なのだろう。


 鍋が煮える間に、調味料を作る。

 兼平さんは住人からもらった柑橘系に似た黄緑色の果実から果汁を搾り出した。それに醤油を混ぜ入れ、乾燥した椎茸の入った瓶に流し入れる。


 やがて、鍋はグツグツと煮え始めた。鍋の中から、鶏団子や野菜の香りが合わさり、いい匂いが漂ってくる。

 ナユタもそうだが、兼平さんや集落の住人たちの食欲が最高潮に高まっていた。


          ◇


 人々の食欲が高まる中、集落の代表である老人が顔を出した。

 ナユタは兼平さんと顔を突き合わせる。なんだか、嫌な予感がしていた。老人の長話が始まるのではないだろうか。


 その予感が当たっていたのか、老人は話し始める。


「あ、あー、今日はよ、サオリとナユタが来てくれて、久々に獣肉という恵みにありつけたな。いいことだよ」


 老人が話し始めると、集落の人々にザワついた感情が生まれたようだった。

 どこか不安そうに、人々は目をきょろきょろとさせる。


「角を持つ男はさ、こういう恵みをもたらすよう、我々のような卑賎のものに心を砕いてくれてるわけだ。ありがたいよなあ。

 だからさ、今日はこのご馳走をしっかり味わってくれよ。その中から生贄が選ばれるから。

 じゃ、よろしく」


 そう言うと、老人は食卓にもつかず、そのまま引っ込んでいった。こういう場には自分がいないほうがいいと思っているのだろうか。

 それに対し、住人たちは皆静かになっていた。老人の言った「生贄」という言葉が気になるのだろうか。


 兼平さんはそれに構わず、鍋の中身をよそい、人々に配っていく。ナユタもそれに倣い、ポン酢を入れた容器を住人たちの席に配膳していった。

 一通り終わると、兼平さんもナユタも席に着く。

 すると、「以前に通った旅人の持ってきたお酒ですけど」と、住民の一人がコップを渡してくれた。兼平さんは嬉しそうにそれを受け取る。

 そして、一口飲むと、「これは日本酒ね」と言ってニッコリ笑った。


 ナユタは日本酒に口をつけるのは避けて、鶏団子鍋を食べることにする。野菜も美味しそうだが、やはりメインは鶏団子だ。まずは鶏団子を口に入れる。

 団子としてまとめてあるため、肉厚で旨味がダイレクトに伝わってくる。それでいて噛むごとに肉がほどけていくのが楽しく、みじん切りにされているため、肉の大きさもバラバラなのが却って味わいを豊かにしていた。むね肉ともも肉の合い挽き、鶏肉と馬肉の合い挽きといった風情もあり、味が複雑に絡み合っている。

 調味料や薬味もしっかり効いており、兼平さんの調理技術の高さを思わせた。食べれば食べるほどに、さまざまな美味しさが生まれてくる。


 さらに、野菜を食べる。

 椎茸は肉厚な傘が嬉しい。噛みしめるごとに濃厚な風味がどんどん口の中に広がり、旨いとはどういうことか、わからされていくような気持ちだ。

 大根は瑞々しく、それでいて温かで、ホッとする味わいがあった。ホクホクとした歯触りは優しく、食べれば食べるだけ健康になっていくような錯覚に陥っていく。


 葱も美味しい。シャキシャキとした噛み心地とともに、柔らかい中身が飛び出してくる。その香りも味わいも芳醇で、豊かさを演出しているようだ。

 牛蒡はその土臭い香りが堪らない。固めの歯ごたえも、柔らかい食材が多い中では新鮮で、ついつい牛蒡を求める自分に気づいてしまう。


 白菜。これこそがこの鍋の大黒柱だ。あるいは縁の下の力持ちというべきか。

 白菜の歯ごたえ、甘さ、香り、そのどれもが目立たない。だが、鶏団子を食べるうえで、ほかの野菜を食べるうえで、それを引き立て、その不足をフォローする。まさに名脇役だ。この鍋の陰の主役といって差し支えないだろう。


 そして、何より、特製のポン酢が素晴らしかった。

 詳細不明の柑橘は酸っぱさと風味のバランスがよく、醤油の旨味を引き立てている。

 このポン酢につけることで、肉も野菜も爽やかな味わいになり、酸味によってその美味しさが引き出されていくのだ。


 ナユタは満足感とともに、残った汁とポン酢を混ぜたものを飲み干すと、ひと心地ついた。

 コップに残った日本酒に目をやると、少し迷ったが、口に入れる。米の香りと甘さが口の中に広がっていた。アルコールの香りを感じることもできず、その純粋な旨さに魅了される。

 気づくと、一息に飲み干していた。頭の中がぼぉーっとする感覚に支配されていくのを感じている。


 そんな時だった。突如、悲鳴が起きる。


 あれは兼平さんとナユタにお酒の入ったコップを渡してくれた女性だっただろうか。

 全身が光り輝いたかと思うと、身体のあちこちから血を噴き出す。姿こそ見えていないものの、雄鹿の角に貫かれたように見えた。

 女性は頭部から二箇所、両肩から二箇所、胸部から二か所、そしてあしから二箇所と血が噴き出ていく。やがて、血を噴き終ると、力を失ったかのように倒れ込んだ。


「あれが角を持つ男の生贄になった姿みたいね」


 兼平さんはぼそりと呟いていた。

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