第2話 ジーン・ドライブ・キットの脅威

 それなら、なぜ、ジーン・ドライブ・キットが人類の脅威となるほどの兵器へと変貌してしまったのか。その理由は、この商品の汎用性の高さにあった。ジーン・ドライブ・キットは、使用者である本人の技術さえあれば、どんな生物が対象であろうと自分の思った通りの改変遺伝子が出来てしまうのである。


 そのため、病気に強い作物や、知らない人に対しても決して吠えない大型犬など様々な生物が、遺伝子ドライブ技術を活用した一般の人々により作られた。その一方で、生態系への影響や倫理的な観点から、遺伝子ドライブ技術に反対する科学者も何人か存在していた。だが、ジーン・ドライブ・キットの恩恵を受けていた人々は、そうした科学者たちの意見に耳を貸そうともしなかった。


 そして、発売開始から2年後のある夏。とある特定の地域の中で正体不明の感染症が相次いで確認されるようになった。どうやら、この感染症にかかると、自力で起き上がるのも困難なほどのひどい筋肉痛と、激しい嘔吐に襲われ、命を落とすらしい。それでも、すぐに感染は収まるだろうと国は楽観視していたが、予想とは裏腹に、感染者と死亡者が急速に増加していった。このままではまずい。そう考えた国は、自らが主導となって、調査委員会を設置した。


 調査では、複数の有力な説が挙げられた。永久凍土に閉じ込められていた未知のウイルス説。ジーン・ドライブ・キットを悪用した生物兵器説。どこかの国の研究所から漏れ出した細菌又はウイルス説。しかし、今の時点で結論を出すのはあまりにも早い。そう判断した調査委員会は、これらのうち、どの説が正しいのかについて検証していくために、感染者及び死亡者の数を地域別にして、1つの表にまとめることから行った。


 もちろん、調査が進められている間も感染者や死亡者数は、右肩上がりでどんどん増え続けていた。そのため、調査委員会は声明で、調査結果が出るまで、家族以外との接触は出来るだけ控えてほしいと呼びかけた。それにも関わらず、この委員会の意見を素直に受け止め、外での活動を自粛した人間は、半数にも満たなかった。


 そんなわけで、新たに感染者となった人の数は減るはずもなく、過去最多の新規感染者数を何日も連続で更新し続けた。だからだろう。ニュースでは、病院の医療が危機的状況にあることを、ひっ迫や医療崩壊などの言葉を使って、繰り返し伝えていた。


 調査委員会が、病原体の原因がジーン・ドライブ・キットにあることを突き止めたのは、世界中でパンデミックが起きてからしばらく後のことだった。話によると、まだ髭も生やしていない若い男が自宅を実験室として使って、生物兵器を作ったとのことだった。当然ではあるが、その男には、その国で最も重い刑が言い渡された。


 そうして、世界人口の約3割がジーン・ドライブ・キットという商品によって生み出された生物兵器によって亡くなった時、ようやく病原体に効く薬が大手製薬会社によって開発された。それは、人々が何気ない日常を取り戻すために、ずっと待ち続けた物でもあったのだ。

 

 調査委員会の会長は、委員会の解散の宣言前にこんな言葉を残している。


「遺伝子ドライブは確かに夢の技術のように思えます。しかし、上手く活用してしまえば核兵器の次くらいに危険な技術でもあるのです。そんな物を誰でも使えるようにする。これが果たして賢明な判断と言えるでしょうか?」

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遺伝子ドライブの夢と現実 刻堂元記 @wolfstandard

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