遺伝子ドライブの夢と現実

刻堂元記

第1話 遺伝子ドライブの実現

 私たち人類は、また新たな技術を手に入れた。それが、何かご存じだろうか。永久機関?ブブー。時空を超えるタイムマシン?不正解。老化を防ぐ薬?それも違う。答えは、遺伝子ドライブだ。これは、簡単に言えば、特定の改変遺伝子及びそれを複製させる仕組みそのものを、意図的に子孫に遺伝させていくシステムのことである。


 そして、これを初めて人体に取り入れたのがファルムだ。ファルムは自身の身体を実験対象にして経過観察を行ったので、当初から世間の注目を浴びていた。そんな彼の異名は、「発光人間」。全身に張り巡らされている血管が光るように遺伝子を設計し直すことで、血管そのものがライトのような役割になっているのである。


 もちろん、遺伝子ドライブ技術を人体で最初に実現させた人間として、ファルムは記者からインタビューを受けることもよくあった。そこでファルムは毎回、以下のような内容を主張していた。


「私が遺伝子ドライブの研究によって証明したかったのは、人が元々持っていない性質でもこの技術さえ使えば、自分のものにすることができるということでした。そのような意味では、この実験は成功したと言えるでしょう。しかし、私の実験はこれで終わりではありません。人工的に操作した遺伝子が複製システムと一緒に子どもにも継承されるのか、これから検証していく必要があります」

 

 つまり、改変遺伝子の遺伝及び複製が、子どもにも引き継がれていることを確認して、初めて遺伝子ドライブ技術を完全に習得したと社会に向けてアピールすることが出来るのである。その為、この時点では、遺伝子ドライブ技術を部分的に手に入れたと表現するのが正しいように思う。


 この後、ファルムは、改変遺伝子とそれを増殖させる機能を、セットにして子どもに遺伝させる方法を探るために、研究を次の段階へと移したが、間もなく、両目とも失明した。考えてみれば、それは当然の結果だった。なぜなら、ファルムは、腕や足だけでなく、目の中の血管まで光らせていたからである。


 だが、幸い、ファルムには共同研究者のピックという男性がいたため、彼に遺伝子ドライブの研究を一任し、ファルム自身は被験者としての役割に専念することにした。


 そうして、人工的な子宮の中で成長したファルムの子どもが、見事、改変遺伝子を受け継ぎ、その複製手段さえも保有していることが、ピックによって証明された。


 その数年後、ピックは、一般人向けに開発したジーン・ドライブ・キットを誰にでも買えるように手ごろな価格で販売すると発表した。このジーン・ドライブ・キットの登場は、個人でも容易に遺伝子ドライブ技術を楽しめるという理由で、すぐに完売するほど人気だった。しかし、このジーン・ドライブ・キットが人類を恐怖のどん底に陥れる程の兵器になることは、この時、誰も予想していなかった。そう、遺伝子ドライブ技術の実用化に貢献したファルムやピックでさえもだ。

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