付き合う前の主人公とヒロインがもどかしくもイチャイチャするだけの短編
ななよ廻る
才媛美女のクールな生徒会長は彼のお世話が好き
その出会いは偶然だった。
「「あ」」
ばったり会うという言葉が相応しい状況に、見合った二人は同じ音と言葉を発した。
スーパーの通路。レジ近くで
そして、
「こ、こんにちは?」
「もうこんばんはですよ」
氷のように透き通った、瑠璃色の瞳が細まる。
なにやら咎められている。冷や汗を垂らし、冷たい視線から逃げると、彼女の服装が目に入った。もう日も暮れる時間帯だというのに、学校指定の制服にマフラーやコートを身に付けている。
「今、学校帰り?」
「生徒会の仕事が長引きましたので。……まさか、学校を欠席した
「いやぁ……それは、あははー」
藪蛇であった。
どうにか誤魔化せないか。頭の後ろをかいて愛想笑いを振りまくが、咎めるような
「本日はどうして……」
不意に束の言葉が止まる。彼女の視線が律の顔から、やや右下に落とされた。その目付きは険しい。
(どうしたんだろう?)
同じように視線を動かすと、行き着いたのは右手に持った買い物カゴ。
「うげっ」
律の喉から濁った声が漏れ出た。
同じ時間帯。同じ場所に買い物をしに来た律と束。
揃って持つ買い物カゴ。けれど、その中身は対照的であった。
――氷道束のカゴには、生のお肉や野菜といった食材が詰め込まれている。
――風見律のカゴには、これでもかと特売のカップが山積みにされていた。
束の目が鷹のように鋭さを増し、合わせて律の恐怖が増していく。
理由は不明だが、束は律の健康を気にしている。学校の昼休み。菓子パンを食べてお腹を満たしていると、それだけでは栄養が偏るとおかずを分けてくれるほどだ。
そんな健康に一家言ある束に見つかってしまった。悪いことをしたつもりはないけれど、とてもバツが悪い。
「その栄養度外視の即席食品の山はなんですか?」
「えぇっと……参考資料、的な?」
「そう……参考資料」
それが? と、冷たい目が語ってくる。
向けられた真っ直ぐな瞳。しばらく律は頬を引き攣らせて受け止めていたが、凍えるような寒さを感じてついーっと目を泳がせる。
途端、咎めるように束が言う。
「戻してきてください。今直ぐ」
「いやぁ……そうすると僕のご飯が」
「参考資料では?」
「味の参考……」
「料理人かなにかですか? 風見さんは」
もちろん違う。
しょんぼり肩を落とし、トボトボと来た道を戻る。最安値の特売カップ麺を諦めるのはとても悲しい。けれど、言いようもない圧力のある束には逆らえなかった。律は気が弱いのだ。
カップ麺売り場から戻ってきた律。空のカゴを見た束が満足そうに頷いた。
途端、ぐーと鳴く律のお腹。律の顔が羞恥で赤くなる。
束にも聞こえたのか、彼女は楽しそうに微笑んだ。
「ご夕食についてはご心配ありません」
そう言うと、優雅な身のこなしで控えめな胸に手を添える。
「私が作ります」
「……へ? いや、別にいいよ。悪いもん」
「……」
カップ麺を戻されたのは痛手だが、そこまでしてもらう理由にはならない。
普段から言われる小言も、律を思ってのことだ。だからこそ、律も束の言うことには逆らいづらい。
それに夕刻、一人暮らしの男の家に、女性単身で訪れるのはなにかと問題だ。なにより、束は生徒会長。あらぬ噂が立っては事だ。料理を作ってもらうのも申し訳ない。
そんな気持ちで律は遠慮したのだが、束の表情は冴えない。目元に影が差し、暗がりで光る瑠璃色の瞳が空恐ろしい。
「……そうですか。では、料理人をご自宅に派遣します。私の腕に疑問があるようですので」
「氷道さんにお願いします!」
手の平返しで律は頭を下げた。
スマホを取り出し、滑らかに動いていた束の白い指先が止まる。
律はほっと息を付いた。束はやると言ったらやる。そういうお嬢様でもあるのだ。
律の返答に、束は嬉しそうに微笑む。
「最初からそう言えばよろしいのです――では、買い物をしていきましょう」
そう言って律に自身の買い物カゴを持たせると、ご機嫌な様子で食材コーナーへと踵を返すのだった。
■■
「部屋が汚い」
買い物を終え、律の住むアパートの部屋を訪れた束の第一声である。
「酷すぎる」
「酷くありません。足の踏み場もないを体現しないでください」
「……ちょっと物が多いだけだから」
玄関からリビングに続く廊下は、物で溢れかえっていた。
ゴミで溢れているわけではないが、本や玩具、着替えなど様々な物が所狭しと無造作に置かれている。
それは室内も変わらない。座椅子を中心に、手の届く範囲に物が集まり、普段どのように生活しているのか、想像に容易い状態だった。
来るとわかってたら掃除したのに。そう律が思ったところで全ては後の祭り。
突然の来訪者は、長ネギの飛び出た買い物袋を持ちながら、室内を睥睨し、嘆息した。
「これでは料理どころではありませんね」
「じゃあ、帰る?」
「どうして少し嬉しそうなんですか。玉ねぎ汁浴びせますよ」
「泣かせる比喩が物理的すぎるッ……!」
玉ねぎを構えた束から逃げるように下がると、積んであった本が足に当たった。そして、そのまま倒壊。雪崩を起こす本を揃って見つめる。
律はとても申し訳ない気持ちになった。
「でも、どうするの?」
「決まっています。掃除です」
キラリ。束の瞳が輝く。
■■
――風見さんは仕事をしていてください。
束に言われるがままリビングから追い出された律は、仕事部屋として使っている寝室に閉じ込められていた。
仕方なく仕事机に着席。PCとペンタブレットの電源を付ける。スリープモードから帰ってきた画面に表示されたのは、漫画の原稿。
つまり、仕事というのは漫画を描くお仕事であり、律は学生ながられっきとした漫画家であった。そして――唯一、家族以外で束に知られてしまった律の秘め事でもある。
書き途中の原稿に、キャラを描いては消して、台詞を付け加えては消しての繰り返し。
壁から漏れ聞こえる束の掃除音が、耳を捕えて離さない。とてもではないが、作業に集中できなかった。
「……ネームどころじゃないんだけど」
ペイッ、と机にペンを転がすと、静かに扉を開き様子を伺う。
リビングの片付けから始めているのか、束はどこにあったのかラフなエプロンを付けて掃除に励んでいた。
その表情は先ほどまでの冷たい印象と異なり、なにやら随分と楽しそうだ。
「~~♪」
「機嫌はいい、のかな?」
床に積んである資料本を、鼻歌交じりに移動している。
大変で面倒な作業だろうに、楽しくて仕方がないといった印象を律は受けた。
意外な姿に驚く。その拍子に、扉の金具がギィイッと鈍く鳴いた。
あ。
そう思った時には手遅れで、ピタリと手を止めた束と目が合った。彼女の表情が凍りつく。
「……どのような御用でしょうか?」
「えっと……気になって?」
「仕事してください」
有無を言わさぬ迫力に律は負けそうになるが、なんとか踏み止まる。
例え、仕事部屋に戻ったところで集中力はなく、どうしても束が気になってしまう。
「けど、さ。流石に悪いかなって思うし。手伝う、よ? いや、手伝うってのもおかしな話なんだけど」
ここは律の家であり、束の家ではない。
「普段からしっかりと掃除をしていれば、このようなことになっていませんからね」
「あははー……」
笑って誤魔化す。
困った時はこれに限る。律の経験上、これで物事の九割はどうにかなる。
……冷ややかな視線を向けてくる束には効果がなさそうだが、気のせいに決まっている。
「こちらはいいので、お部屋に戻ってください。ほら、早く」
「うわぁ!? 押さないで! ちゃんと戻るから!」
背中を押されるまま、再び仕事部屋に押し込められる。
これ以上ちょっかいをかけて機嫌を損ねるのも怖かった律は、仕事机に戻った……が、結局手が付けられず、スマホゲームのログインリレーで時間を潰すことにした。
■■
「はい。カレーです!」
星やハートの形をした野菜が浮かぶカレーライスの乗った皿を見て、律は頬を引き攣らせた。
最低限、食事ができるよう机回りが片付けられたリビング。その卓上に並ぶ料理の数々に、律はただただ圧倒されていた。
「ハンバーグにからあげ。カツ、オムライス、ミートボール、サンドイッチに、スパゲッティ! あと、デザートでプリンも冷やしています!」
「えぇ……多くない?」
律は困惑の声を上げる。
どう考えても、二人分の量ではない。男の子が好きそうなガッツリメニューなのは、律のためを思ってだろうが、あまりにも多過ぎる。
元より小食な律では絶対に食べきれない。束がほっそりとした見た目に反して健啖家なのであれば別だ。けれど、一緒に昼食を食べていても、いつも彼女は小さなお弁当を時間をかけて食べている。
スプーン片手にどうしたものか戸惑う律を見て心情を察したのか、束が頬を微かに赤らめて俯く。
「その……好みがわからなかったので、沢山作ってしまいました。食べきれなかった分は後日どうぞ」
「あぁ、うん。ありがとう」
束の言う通り、今日全てを食べなければならないわけではない。
数の暴力に圧倒されこそすれ、並ぶ料理は匂い・見た目共に食欲がそそられる。とても美味しそうだ。
「はい。では、お召し上がりください」
「うん。いただきます」
目の前のカレーから食べようと、スプーンで掬おうとして――手が止まる。
束が首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「えー……。その、そんな穴が空くほど見られたら食べづらいと言うか……」
一挙手一投足を見逃さないとでもいうように、束がじーっと見つめてくる。視線に物理的な圧力すら感じる。とても食べづらい。
束は束で、律に早く食べてほしいようで、自分は箸も握らず、ひたすらに律が食べるのを待っている。
「早く食べないと冷めてしまいますよ?」
「えぇっと、だからね?」
「食べなさい?」
「はい」
根負けした。
改めて、カレーを口に含む。見られながらのせいか、喉の通りが悪い。なんとか飲み込む。
「んっ……」
「どうですかっ? お口に合いましたかっ?」
「……美味しい」
素直に出た言葉だった。
ジャガイモがほろほろと崩れる、甘口のカレー。辛いのが苦手な律も味わって食べられる。
前のめりに感想を求めていた束は、律の言葉を聞いてパァアッと表情が輝いた。
「そうですか! それなら、こっちもぜひ、どうぞ!」
余程嬉しかったのか、束は取り箸を使い、あれやこれやと一つの皿に集め出す。
出来上がったのは、運動部の学生が喜びそうな山盛りのわんぱくプレートだ。天辺に旗が立てば完璧だ。律が悲鳴を上げる。
「そんなに食べられないよ!」
「ええい。もう突っ込んでいいですか!?」
「喉詰まって死ぬけど!?」
皿ごと口に突っ込みそうな束の勢いに、律は身を仰け反らせた。
そうして、テンション高めの束との食事を終えた律は、大方の予想通り、ポッコリと膨れ上がったお腹を押さえ、青褪めた顔で横たわっていた。食べ過ぎである。
「うっ……苦しい」
「……申し訳ありません。食べさせ過ぎました」
「い、いや……断らなかった、僕も悪いし」
しゅんっと、落ち込む束。常の自信に満ちた表情は鳴りを潜め、その表情には後悔が垣間見えた。
「その……ご迷惑をお掛けしたかったわけではないのですが…………」
言葉が続かない。口ごもるのも、彼女には珍しいことだった。
律はお腹を押さえて苦しそうにしながらも、どうにか体を起こす。そして、問いかける。
「掃除してくれたことも、料理をしてくれたのも嬉しいかったよ」けど、と律が言う。「どうしてこんなことしてくれたのかは気になるかな?」
「どう……して?」
「うん。どうして」
「それは……」
俯いていた束の顔が上がる。
海のように煌めく瞳が、波間のように揺れ動く。
束はクラスメートだ。そして、律が漫画家であることを知る唯一の他人だ。
けれど、それだけでもある。
友人でもなければ、恋人でもない。ただのクラスメート。
そのはずなのに、律が漫画家だと知ってからというもの、束は律をなにかと気に掛けてくる。
律の体調を気に掛けたり、成績の悪い律のため放課後勉強を教えてくれたり。
今日に至っては、わざわざ手料理まで振舞ってくれた。
(どうしてだろう)
ずっと気になっていた疑問。その答えが彼女の口から語られるのを、辛抱強く待っていると、
「――ダメ人間過ぎて見るに見かねたからです」
「あ……そですか」
ぷいっと束は顔を背けた。さらさら揺れる長い髪の間から覗いた耳が赤い。
面倒見の良い束らしい答えに、律は納得する。そして、ちょっとばかり残念に思う。
(才色兼備の生徒会長様が、僕みたいなダメ人間を好きになるわけないよねー)
結局は、生徒会長としての義務感の延長。少しばかり行き過ぎたお節介。
なんとも言えない肩透かしに、律は重たい胃も相まって深いため息を零す。
「はぁ……原稿進めよ」
「はい、存分に進めてください」
立ち上がり、仕事部屋に向かう律。その足取りは重い。
律の後を追いかけた束は、悩ましそうに頭をかきながら作業をする彼の背中を見つめる。
白い頬に紅を差し、頬が緩ませる。静かに微笑む束は、律の作業姿を幸せそうに眺め続けていた。
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【あとがき】
このような感じで、色々な主人公・ヒロイン・シチュエーションでもどかしくイチャイチャさせていきます。
あれです。スマホのキャラストーリーみたいな感じ。
もしくはエ〇ゲのスチルのある1シーン。
だいたいそんな雰囲気です。え? やったことがない?
――お前のパソコンのドキュメントフォルダを晒すんだよ!
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【お礼&お願い】
最後までお読みいただきありがとうございます。
面白かった! イチャイチャ好き!
ヒロインちゃん可愛かった!
読みやすかった!
と思って頂けましたら、
レビューの☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かった★3つでも、もう少し頑張れ★1でも、素直な評価で大丈夫です。
ブックマークも嬉しいです。
よろしくお願いいたします(≧◡≦)
付き合う前の主人公とヒロインがもどかしくもイチャイチャするだけの短編 ななよ廻る @nanayoMeguru
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