第42話 おらさ、田舎出身だからラブコメとか、わがんね

 そして俺はレンとその日を迎える。


 仮初の結婚式には、レンの両親と俺の両親、それから高薙さんや部長も参列していた。柊木も誘ったのだが、彼女は鬱屈とした表情を浮かべて、今回は気分が優れないから不参加でお願いするよ、と言っていた。


 レンとの仮初の挙式は、先生と同じ感じの教会を模した仮想空間で行った。


 白肌を基調とした教会には、参拝者用の長椅子が左と右の両脇に並べられ。

 奥手にある聖壇の背面にはステンドグラスで祈りをささげる聖母が描かれていた。


 花婿役である俺は花嫁役であるレンより先に教会に入り。

 黒い礼服に身を包んだ牧師様の前に立つ。


 母さんが少し笑っていたけど、父さんが膝で小突いてすぐに気を取り直した。


「それでは新婦の入場です」


 牧師の呼びかけを受けて、花嫁衣装に身を包んだレンが入場する。

 レンの隣には銀色の礼服を着た小父さんがいて。

 花嫁であるレンと、バージンロードをエスコートしながら一歩ずつやって来る。


 レンに華美な白いウェディングドレスはまだまだ似合わないんじゃないかって思っていたけど、そんなことなかった。白く透けたヴェールの向こうに映ったレンの花嫁姿は、生涯稀にみる美しさだったと思う。


 俺と彼女は、本当の姿で、リアルで会ってまだ半年も経たないと言うのに。


 今さらながら何が俺達をこうも突き動かしているのか、不思議に思えた。


 小父さんにエスコートされ、レンは赤いバージンロードを半ばまで歩み終えると。

 花婿である俺は小父さんの前に向かい、レンを引き取るように互いにお辞儀する。


「レンのこと、頼んだぞ竜馬」


 小さな声で小父さんからそう言われ、思わず返事しそうになった。


 左腕にレンの手が添えられると踵を返し、聖壇までバージンロードを一歩ずつ歩んだ。

 その後は讃美歌をうたい、牧師様による祈祷を受けて。


 いよいよ――その時がやって来た。


「これより、二人は神の御許でそれぞれの誓いを立てます。先ずは新郎から」


 俺とレンはこの日のために、互いに将来守って貰いたい誓いを用意していた。


 誓約の形式は新郎新婦が自由に決めていいそうで、今回の仮初の結婚式を依頼したブライダル会社との事前の打ち合わせで、レンが二人がそれぞれの誓約を言い合う形を希望したのだ。


「新郎竜馬さ、おめえは、じゃなかった貴方はおらを生涯大事にすると誓いますか?」


 レンは最初、いつもの調子で呼んでしまったが、その後は難なく誓いを口にする。


「誓います」

「貴方はおらの良き伴侶として、長生きしてくれると誓いますか?」


「誓います」

 それは、今回小父さんを失くすレンならではの誓約だと思った。


「最後に、貴方はおらと一緒に、このラブコメを愛してくれますか?」

「……は?」


 レンの三つ目の誓約に、思わず口から失言を零してしまった。


「その結婚! ちょっと待ったぁあああああああああああ!」


 レンの三つ目の誓約が告げられると、どこからか柊木の絶叫が木霊した。

 柊木は独自に用意した花嫁衣装をまとい、誓約を立てている俺達の前に現れ。


「新郎! 貴方は、あ、あな、あなあな、貴方はははは」


 しかし極度の社会不適合者の柊木は、大胆な登場の割にはどもりまくりだ。


「柊木、もそうだけど、レン」

「どうした竜馬さ」

「もしかして俺を図ったな? ここにいるみんなグルになってさ」


 でなければ周囲の態度がおかしい。


 父さんや母さんはここぞとばかりにカメラを回しているし。

 レンの小父さんは不敵に笑い、小母さんもまなじりを下げて、事態を許容していた。


 高薙さんはカメラを回す部長の隣で柊木の登場に拍手を送っている。


「頑張れクレハよ! ここが踏ん張りどころだぞ!」


 部長は膝をがっくがくに震わせる柊木を声援していた。


「ぼ、ぼくは、僕は竜馬を誰よりも愛してますが、竜馬は誰よりも僕を愛してくれますか!?」


 身の丈に合わない乱入に、柊木は緊張しまくって語尾が異様に甲高かった。


「いや、あのさ? あの、あのさ!?」


 困惑していた俺からはそれ以上の言葉は出て来なくて、自分でももどかしくなる。


 だからだったのか、俺が大枚叩いて用意した仮初の結婚式は無惨にも終わってしまった。俺は会場に集った面々から「お前が悪い」と言った揶揄を口々に受けて今はへこんでいる。


「竜馬、そんなにへこむことねぇべ」


 レンは今回のことについて、これは仮装パーティーなんだからと言っていた。

 俺がいつ今回の催しを仮装パーティーって説明した!?


 今は教会の前に集って、それぞれに談話している最中だ。


 父さんと母さんがレンの両親とひそひそと話しているが……まだ何かあるのか?


「レンちゃんの粋な計らいに、僕は命を救われたのだった、ありがとうレンちゃん」

「別におらは柊木のためにこうした訳でねぇ、全ては竜馬を思ってのことさ」


 ……まぁ、ともあれ。


「それで二人とも、花嫁衣装を着てみたご感想は?」


 と問うと、レンは満面の笑みを浮かべ、柊木は照れくさそうに笑う。


「はっはっはっは、僕はちょっと恥ずかしいけど、レンちゃんは?」

「おらは自分も驚くぐれぇ様になってると思うけどな」


 俺もレンに同意。

 二人のウェディングドレス姿は想像以上に素敵だと思えた。


 問題としては、俺は二人からこの先も今日のようなドタバタ騒ぎを要求されたことだが、当の本人達にその自覚はないようで、俺はレンが口にした三つ目の誓約に今さらになって返答した。


「レンが最後に、って言ってた誓いだけどさ」

「ん? ああ、あれか? あれはおらが考えた内容じゃねぇし、気にするな」

「肩透かしは止せよ! 力が抜けるだろ」

「大体、ラブコメって一体どんな代物を指すんけ?」


 ラブコメが一体どんなものかって? そうだな……まぁ俺が思うのは。


「ラブコメに関わる俺達が、笑いの絶えない日々を送ることじゃないか?」

「そうだったんけ、おらはてっきり男と女のドッロドロしたメロドラマかと思ってたさ」

「お前、そーゆうの嫌いだったはずだろ」


 苦笑しながら言い返すと、レンは違ぇねぇと言って破顔していた。


 そもそも、今回のことは俺が間違っていたんじゃないか?

 小父さんが死ぬからと言って、半年にも満たない関係を突き詰めようと猛進して。


 結果的に俺は今回柊木を切り捨てるつもりでいたのだろうか? 自立すら出来てない俺達にその様相は堪えがたいものがある、って父さんか母さん辺りが判断して、今回の結婚式が茶番劇に早変わりしたんじゃないだろうか。


 俺が今何よりも大事にすべきなのは、レンや柊木といった大切な人達との仲を上手く取り持とうとすることじゃなくて、大切な人達との一分一秒の時間をどう送るかってことだろう。


 俺達の場合、その内容がラブコメ風味見えたってだけで。


 レンが言うように、俺だってラブコメとは一体何なのかはわからない。


 ならば、ここは周囲がお膳立てしてくれたラブコメとやらに乗っかってみるのもまた大事なんだろうな。先ほどの俺の言葉を借りれば、ラブコメとは、関わる人物たちが笑いの絶えない日々を送ることにある。


 なら、今俺の目の前で花が咲いたように笑うレンと柊木にあえて言おう。


「レン、それから柊木」

「僕を取ってつけたように言わないこと、それでなんざますか?」


 柊木はいつもの調子に戻り、俺もまたラブコメ風味に笑って。

 二人に対し――俺と一緒に、このラブコメを愛してくれますか? と聞いてみたら。


 レンは心に灯した喜びを表すように、大輪の笑顔を見せてくれるのだった。


「おらさ、田舎出身だからラブコメとか、わがんね」





 FIN.

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