第41話 おらさ、幸せとか、わがんね
「竜馬、そんでなんだけど」
「ん?」
これはレンにプロポーズし、承諾を貰った後の話。
場所は変わらずレンのプライベートサーバーの一室だ。
「おらの父さんとこの後で会ってくれねぇか?」
「ああ、いいよ。ここで待ってればいいのか?」
「ああ、そんじゃ、父さん呼んで来るから待っててくれ」
と言い、ログアウトするレンを見送る。
にしても、俺のプロポーズはレンの目にはどう映ったのだろうか。
内心ではくだらねぇ、なんて思われてないといいのだが……わからん。
レンの仮想空間の部屋で結婚式について色々と調べていると。
「おめえが竜馬くんか? 以前とは違って大きくなっただな」
レンのお父さんに肩を叩かれていた。
振り返ると、目の前には威風堂々としたエルフ耳の男性が立っている。
レンと同じ銀髪はざっくばらんにまとめられ、あごひげも整えられ。
奥深い紺碧色の瞳が持つ輝きは衆目を惹き付ける。
「お久しぶりにしております」
「はっはっは、他人行儀はよしてくんろ。おら達は親友だべさ」
親友って……ああ、あの時のあれか。
それは小学校の頃、レンと一緒にクラスの女子から交友をブロックされ、悲しくなった俺は一人で泣いていた。あの時、何故か小父さんがやって来て、小父さんは俺のことを親友と呼んだのだ。
そうとう昔のことで、よく覚えてないが今思い出した。
小父さんはレンの部屋で胡坐を掻いていた俺の隣に同じ感じで座る。
「……竜馬、レンから聞いてると思うが、おらは一足先に天国さ行くな」
不意に涙が込み上げた。
小父さんと俺は知らない仲じゃなかったけど、そこまで親睦も深くなかったのになぜって思った。
「だから、今のおらが君に出来ることはないか?」
「そんなの気にしなくていいですよ」
と言うと小父さんは否定するように唸る。
「レンから聞いた限りだと、竜馬には柊木さんっちゅうめんこい子もいるそうだな」
そして小父さんは柊木の名前を口にしたのだ。
「柊木とはもう決着付けましたし、小父さんが思ってるようなことはなかったです。彼女はこれから先も俺の友達で、って都合がいいように聞こえるかもしれないですが」
「んだな、レンから聞いたのと、今竜馬の話を聞いてる限り、おめえさはそこまで割り切れてねぇな。いっそのこと振るんじゃなくて、おらみてーに不倫相手として堂々と紹介したらどうだ?」
小父さんの不倫話はレンから聞かされているが、真相がわからない。
結果的にあれは小父さんの嘘だったんじゃないのか?
「俺が今悩んでることがあるとすれば、レンをどうやったら幸せに出来るかですよ」
「ふぅーん……なぁ竜馬、竜馬にとって正しい人生ってなんだ、幸せになることか」
「え?」
正しい人生……?
「幸せってなんだ、正解を選ぶことなのか」
小父さんに問われると、俺は口をつぐんでしまった。
「別にえぇでねぇか、おらが死ぬからって無理にレンを選ばなくても。竜馬にはもっと自由に生きて貰いてぇな」
……俺は無理していたのか?
自分に問いかけると、得体の知れないもやもやとした不安が鳩尾に水を落とす。
「……おらは、今回のことで一つ学んだ。人間は必ずしも正しい人生を歩んでいるとは限らない。むしろ人は間違った道を選択して来たんでねぇかって。自分の幸せさ言い訳にして、過去に戻れねぇからって無理やり前向いて隣人を泣かせる。おらは自分の人生に胸張れねぇ。おらがこれまで切って来た人間関係とか考えるとなおさらな」
小父さんの横顔を見ると、過去を回想するように遠くを見ていた。
その光景に、この話は小父さんの偽りのない気持ちだったのだと実感する。
「小難しい話しちまってすまねぇな。要は、レンに対するおめえの気持ちは嘘じゃねぇと思う、だからって柊木さんを選ばねぇ理由にはならねぇかなって思ってな――正しい人生が幸せとは決して限らねぇぞ竜馬」
堪らなかった、この人を近い将来失っちゃうことが。
小父さんの言う事は、正直理解し切れない。
小父さんのように死に直面して初めて理解出来ることなのかもしれない。
レンと柊木、この二人を天秤に掛けることがそもそも間違いだったのだとしても。
ただ、俺にはこれだけは正しいと思える気持ちがあった。
「俺、小父さんと出会えて幸せだったと思います」
「……竜馬にそう言って貰えて、おらは嬉しいだな」
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