第40話 おらさ、プロポーズとか、わがんね
俺は今日と言う日ほど部長を怨んだ例もない。
今日はクラスの担任で、部活の顧問でもある餅鬼先生の結婚式。
挙式は無事に終わり、披露宴に移った。
部屋一面ワインレッドの絨毯が敷かれ、新郎新婦席の前にはゲストのための白いレースが掛かった円卓の席が規則的に並んでいる。天井には豪奢な様相のシャンデリアが飾られていた。
映研の面々は会場席の一角に座り、新郎新婦の入場やら。
先生と結婚相手の馴れ初めなどを一通り聞き、その時を迎える。
披露宴の司会者がスタンドマイクに向かって。
「続きまして、教師業をやられている新婦様が顧問をしている映像研究部の生徒の皆さんによる余興が御座いますので、皆さまどうかあちらのモニターをご覧ください」
いよいよ、先日取ったビデオメッセージが流される……ものかと思っていた。
しかし会場に設置されていた巨大モニターには、キャンプに行った時の映像が流れる。この時点で釣られるよう拍手していた俺の手はぴたりと止まり、他の映研メンバーの手も止まった。
「おい部長さ、おめえまさか」
レンが小声で部長に訪ねているが、部長は黙れもう遅いと返す。
『明竜高校 映像研究部作――そして誰もいなくならなかった』
阿呆が!
俺の悔いでもあるキャンプ二日目の映像が、披露宴という華々しい舞台で垂れ流しになっている……誰か、止めてくれ! 部長の企てにより著しい恥を掻いたあと、ようやく先生へのお祝いメッセージが流れるのだが。
『映研の皆さん、お疲れさまでした。来週の放課後は説教コースですよ』
先生から以上のようなメッセージが届いた、誤解だ!
と、以上の失態以外は概ね満足した。
先生のふつくしい花嫁衣裳姿と一緒に写真も撮れたし。
餅鬼先生は今日という日に、阿久津の家に無事嫁いでいった。
披露宴が終わった後、今朝集まった部長の鯖に一旦戻る。
「部長! なしてあの映像を流したのさ! おらたちは恥掻いたべぇ」
レンが部長の策略を咎めると、部長は慌てた様子で。
「なんのことかなあ!? あっと、そう言えば俺はこの後で用事があったことを今思い出したぞ! では映研の諸君、それからマイラバーの高薙お嬢、また来週会うとしよう!」
逃げやがった。
高薙さんが目元に影をつくり、部長のあとを追うようにログアウトする。
「……い、いやー、今日の餅鬼先生は綺麗だったね竜馬」
柊木はたどたどしくそう言い、俺としては全面的に同意だ。
「今日の僕は頑張った、そう思わない?」
「確かに今日の柊木は頑張ったと思う、お疲れ」
「ありがとう!」
うむ、柊木ももう大丈夫そうだな。
緊張のあまりトイレに何度も行っていたけど、もう踏ん張ることもないしな。
「今日のお詫びとして、竜馬には僕のバージンを贈呈しよう!」
「遠慮しときます」
と冷静に柊木のお道化に対処したはずなのに。
柊木は裏技を使い、俺の目の前に瞬間移動して――唇を奪っていた。
「ずきゅううううううううううううううううん!」
じゃねぇからな!?
とっさに柊木の両肩を掴み、引き剥がす。
「……いや、今日は本当に助かったよ、ありがとうね」
「どういたしまして! 急に女々しくなるな」
「じゃあね、この後はお若い二人にお任せします」
そこで柊木もログアウトし、部長のプライベート鯖にレンと二人きりになった。
「竜馬さ」
「何? 言っておくけど、今のキスは不可抗力だから」
「とりあえずおらの鯖に移動しねぇか? ここだと部長が見てるかもしれねぇし」
「ああいいよ」
そこで俺達はレンのプライベートサーバーに移動した。
宇宙的都市をイメージされた高層ビルの一室で。
「柊木じゃねぇけど、今日の先生綺麗だったな」
「レンもああいった花嫁衣裳には憧れるのか?」
「いんや、おらは別にそこまで……でも、一生に一度ぐれぇは着てみてーな」
レンの言葉がきっかけとなり、俺達は抱き合うようにキスをした。
今の俺じゃその機会を作れそうにないけど。
「俺は、その時お前の横にいる花婿やりたいよ」
「おらの相手は竜馬以外にいねーしな」
「別に無理に結婚しなくてもいいだろうしな」
「いや、そうもいきそうにねぇんだ」
って言うと?
訪ねるように顔色を覗うと、レンは涙を流し始める。
「冗談だったかもしれねぇけど、父さんがおらの花嫁姿見てから死にてぇって言ってて、おら、父さんの願いを叶えてやりてぇけど、その時、はっきりと返事出来なかった」
「なら――やろう、俺と結婚してくれないかレン」
「……竜馬」
確かに俺達の気持ちが通じ合ってても、今の法律では俺達は結婚できない。周りの人間はその気持ちが本物ならいつだって出来るんだから、と止めるかもしれないが、将来的に何が起こるかしれたものじゃない。
現にレンのお父さんは余命宣告を受け、その機会を見れないかも知れないんだ。
なら仮初だけど、レンと結婚式を挙げられないか、俺は調査を開始した。
すると結構検索に引っかかり、安い物は一日十五万円の費用から出来るみたいだ。
翌日の日曜日、レンにそのことを伝え、俺は改めてプロポーズしたものだった。
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