第39話 おらさ、印象的とか、わがんね
土曜日、餅鬼先生の結婚式をひかえ、俺は早朝から緊張していた。
先生がどうこうとかじゃなく、初めて参加するイベントは得体が知れなくて緊張するのだ。
ただ座って宴を傍観していればいいだけだと思うけど。
「楽しみだなー、花嫁衣装」
起きて一階に向かい、ミネラルウォーターで喉を潤していると柊木もやって来た。
「柊木の興味は先生の衣装か」
「はは、今日はそれ以外に興味ないかな。怖いよ竜馬」
「何が?」
「僕は基本的に人見知りするからさ、ほら、入学式の時だって」
そう言えば入学式の時、柊木は他の生徒と距離を置くように座っていた。
高薙さんがそこに踏み込んでいなければ、今の状況はなかったかもしれない。
「大丈夫だよ、今日の俺達はわき役に徹しよう」
「うう、式の最中は手つないでてもいい?」
え……それはレンが嫉妬するかもしれないし。
調子に乗って柊木が何かするかもしれないし。
「はい、竜馬が僕の提案に悩みに悩み切っております、キャメラマン、竜馬をピン撮りしてね」
「とりあえず、その件に関してはレンと相談するわ」
と言うと、柊木はあからさまに落ち込む。
「私でよろしければその役目引き受けますよ」
「あ、お早う高薙さん」
高薙さんのご登場って奴。
高薙さんっていつも現れるタイミングがいいよな。
「高薙氏~、竜馬が、竜馬が惚気るんだよー」
「最低ですよね」
そこまで言う!?
今日の挙式は朝早くから行われる。起きたてとは言え、そろそろ準備しないとマズイ。餅鬼先生の結婚式もバーチャル空間で行われる、ご祝儀のやり取りもデータ上のやりとりなのだが、一応形式的なものは残っている。
餅鬼先生の挙式会場となるバーチャル空間に移動する前、映研の面々は部長が用意したプライベートサーバーに集った。
「ふっふっふ、中々に様になっているではないか竜馬。馬子にも衣裳!」
「いや迷ったんですよね、学校の制服にするか、それともスーツにするか」
でもスーツを選んで正解だった。
俺にはまだちょっと早いかなって思っていたけど、他がドレス着るんだもの。
今着ているスーツ衣装は五千円くらいの、確か同人販売の奴だった。
「竜馬、僕のドレス姿はどうかな」
柊木は白く綺麗な髪を結って、薄紫色の落ち着いたドレスを着ている。
「似合ってる」
一方の高薙さんはこちらも髪を結って、紺色のドレスを着ていた。二人にはもっと華のある色味のドレスが一番映えると思うけど、今日の主役は先生だ。結婚式には花嫁を立てる意味合いを込めて落ち着いた色のドレスが一般的なんだとか。
「あ、レンちゃんおっはー」
「お早う柊木、お、竜馬、珍しくスーツ姿でねぇか。馬子にも衣装だな」
レンもやって来たみたいだ。
レンは臙脂色のドレスに肩には羽織りものをかぶっていた。
「お前らもなんだよ、馬子にも衣裳は」
談話するようにそれぞれの格好を見比べていると、部長が手をぱんぱんと打つ。
「そろそろ時間だ、これから挙式会場に向かい、新郎新婦に挨拶するぞ」
「うぃ」
「竜馬にいたっては先生に欲情しないように注意するように」
「しねーよ」
「では向かうぞ、ぽちっとな」
部長が手元を操作すると、俺達は教会を模したバーチャル空間の挙式会場に移っていた。空を見ると荘厳な雲の隙間から陽光が射し込み、エンジェルラダーを作っていた。今日の結婚式に呼ばれた中では俺達は後発だったようで、教会には新郎新婦の関係者がすでに人だかりを作っていた。
映研メンバーはさっそく受付に向かい署名した後、ご祝儀を渡す。
その後、女子は新婦である先生の控室に向かう。
柊木の奴が膝をがっくがくにさせているが、高薙さんが傍についている。
「……クレハはまだ人間恐怖症が直ってないみたいだな」
部長はそう言いつつ、妹の体質に改めて気づいた様子だった。
「竜馬は結局クラホくんと添い遂げるつもりでいるのか?」
「えぇまぁ、柊木にはつい先日……いやあれはどうなんだろう」
「何の話かわからないが、残念に思うよ」
「部長……部長って妹思いですよね」
「俺は生まれ変わったのだ、妹が困っている時に何もできない木偶から」
――しかし、今回ばかりは俺の一存でどうこうできるものじゃない。
部長は柊木と俺がくっつくのを願っている。
それが彼の妹の望みで、現状叶わないことで、部長は俺に向けて苦笑を浮かべた。
「お前が俺の弟になってくれれば、色々と楽しめたんだがな」
「は!? そうか、柊木と結婚するって部長というお荷物がついて来るのか」
「はっはっは! 今さら気づいたか」
そんなことを話していると女子達が戻って来る。
柊木は高薙さんの横でお労しい姿になっていた。
「柊木さん、いつもは堂々してるんだから、しっかりしろよ」
「いやー、ははは、こればかりは僕もどうしようもないと言うか」
顔面を蒼白にさせて、腰が抜けたように誰かの介助が必要な状態だ。
「……何なら、今日はこの辺で帰るか?」
「それは叔母さんに止められた、貴方はこれを機に乗り越えるべきだって」
「餅鬼先生は厳しい性格してるからな、頑張れ」
「薄情じゃない!? 助けてよ竜馬ぁ」
そこで俺は柊木の手を取った。
レンが嫉妬するかもしれないという問題は忘れてナチュラルに手を取っていた。
「柊木もしょうがねぇ奴だなぁ」
でもレンはその光景に嫉妬した様子はなく、柊木をなだめるにとどまった。
俺と手を繋ぐと、不思議と柊木は身体の震えを止め。
「……やっぱり僕、竜馬が好きなんだよ。竜馬がいなくちゃ駄目なんだよ」
そして俺以外に聞こえないような声量で、胸が苦しくなるようなことを言っていたよ。
そのシーンは先生の挙式で一番印象的な光景となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます