第2話 泣き虫はもういない
放課後。僕は、保健委員集会のため、校舎西棟の三階にある小会議室にいた。
基本的に活動の薄い委員会ではあるが、体育祭や文化祭などのイベント前や、光化学スモッグが予想された際など、適宜の会議が開かれる。今回は六月に開催される体育祭に向けての集会だった。意気軒高校は二学期十月に文化祭を設けているため、体育祭は一学期で催すのだ。体を動かすぶん、怪我の多いイベントとなるため、保健委員はリレーションを図り、有事に備えなければならない。
というわけで、保健委員である僕も、今日、この集会に出席する必要があった。
現在は、教室掃除で参加が遅れている生徒を待つ余暇だ。僕は最後列に居座っているため、前列のがらんどうぶりがよく見える。集合にはまだ時間がかかるはずだ。あまりにも手持無沙汰だった僕は、白虹の見える青空を、窓から一人分空いた席で眺めていた。
これから梅雨を迎えるはずの空は、そんなことを意に介さないほどの快晴。新緑をさらに青々と磨きあげ、陽気の乗った風で爽やかに揺らす。麗らかな眩さに僕の自然と目は細められた。
そこへ、窓の外の
ある女子生徒が、最後列の窓際の席、僕の左隣の席に腰かけたのだ。窓から浴びる光のほとんどを吸収し、影を生みながらも眩輝する。
虫も殺さぬような、儚げな少女だった。黒のカーディガンに映える、ビスケットのように香ばしい茶色の長髪。風に吹かれながら閃くその一本一本は光芒にも見えた。まるで挿絵本から飛びだしてきたラッカメア・フェアリーのような清らかさだ。そんな風貌とは不釣り合いの、獰猛な獣に嵌められた首輪のような、黒いビロードのチョーカーをつけている。
外の景色を眺望するのをやめ、僕は黒板のほうを向いて頬杖をつく。特に見たいものがあったわけでもなし。眺めつづけるのは彼女に不躾だろうと思ってのことだった。
しばらくして、空いていた席は埋まっていき、集会が始まった。司会を務めるのは、保健委員長である三年生の先輩二人だ。出席を確認するため、一年生から順番に、名簿の名前を読みあげていく。
「一年三組、
僕の左隣に座った先の彼女が、か細い声で「はい」と答える。
本当に小さな、消え入りそうな声だった。まるで羽音だ。風を切る鏑矢のような矢羽ではなく、耳元でなければ拾いあげられない虫の翅。隣にいる僕でさえやっとなのだから、黒板の前に立つ委員長の耳には、届くはずもなかった。
「焼野原さん。いますか」
もう一度、委員長は彼女の名前を呼ぶ。
彼女ももう一度、「はい」と返事をする。
さきほどよりは大きかったものの、やはり委員長には届かない。
委員長は困ったような顔をし、一年三組のもう一人の保健委員である男子生徒に「遅刻ですか?」と尋ねる。男子生徒は気まずそうな顔をして、「い、いえ……」と首を振り、おもむろに
「はい」
鋭い声だった。あのか細さとは別人のような、凛とした、芯の強さ。声だけでなく、その眼差し、横顔に至るまで、高潔な牙が宿っている。
焼野原を呼んだ委員長は怯んだ。顔を強張らせながら、「返事はちゃんとしてください」と告げた。
僕は口を開こうとして、逡巡、焼野原を見る。
焼野原の牙は抜け落ちていた。さっきの鋭さは微塵も感じられない。いまにも溶けてなくなりそうなほど儚い姿で、縮こまるようにして俯いていた。
その様子は実に奇妙に思れたけれど、やっぱり僕は口を開こうとした。
しかし、委員長が僕の名前を呼んだので、僕はそれに「はい」と返すに終わった。
もしも覚えていたとしたら、僕はこのことを後悔したと思う。
「体育祭のリレーで思いっきり転ぶ夢見たんだけど……不吉だよなあ。ネットの夢占いで調べたら、トラブルに巻きこまれる前兆なんだってさ」
「お前、僕というものがありながら、夢占いなんてやってるわけ?」
下校路を並んで歩きながらそんなことを言う鬼林に、僕は「恩知らずな患者だ」と呟いた。
委員会後、僕と鬼林は二人で下校していた。普段なら弓道部に勤しまなければならない鬼林だが、今日は部活が休みらしく、「委員会あるんなら待ってるから、一緒に帰ろうぜ」と僕を誘ったのだ。一緒に帰ると言っても、僕は徒歩通学で鬼林は電車通学なので、最寄り駅に着くまでの話だ。鬼林の悪夢を治療して以降、こういう機会が増えてきた。
鬼林は、悪性の正夢の夢見主だった。
先日の施術を経て、正夢を見る頻度は減ったものの、まだ全快とはいかない。経過を診るために、闘病時代の朝の日課である夢報告は、いまも継続している。鬼林の朝練が長引いたときなどは、放課後に持ち越して行っている。今日も例のごとく、帰路のすがら、僕は鬼林の夢に耳を傾けていた。
「じゃあ、俺の主治医にも聞きたいんだけど、この夢ってどういうことだと思う?」
「夢は不安の表れって言うからね。それでじゃない?」
そういえば、鬼林はクラス対抗リレーのアンカーに選ばれていたのだ。クラスの中でも足の速いメンバーを募り、最後はくじ引きで決めたのだが、さしもの鬼林でも、本命の陸上部員や、走るのに慣れたスポーツ部員を、彼らのフィールドで下す自信はないらしい。鬼林は「俺、どっちかって言うと持久走タイプだし」と不安そうだった。
「死ぬわけでもなし、気楽にいけばいいと思うけど……そんなに嫌なら辞退すれば?」
「や、別に、嫌ってわけじゃねーの。むしろ、リレーを走るのは楽しみなんだよ。本番でも転ぶんじゃとか、みんなの期待に応えられるかとか、そういうのが心配なだけで」
他の人間の夢なら一笑に付せても、憑かれていた鬼林の夢となれば、心穏やかとはいかない。いくつもの夢が正夢となり、それに苛まれた鬼林自身、危惧しているのはまさしくそれだろう。
「僕から言えるのは、考えすぎるのもよくないってこと。夢は記憶や感情の整理だから、お前が不安に思えば思うほど、それは眠りに影響し、夢として反映される。そして、今度はその夢が現実に影響する。対悪夢で言うなら、忘れてしまうくらいがちょうどいいんだ。思い悩めばそれだけどつぼにはまる。悪循環だ。そして、それが悪夢だ」
その悪性に、人間は耐えられない。鬼林の正夢は後遺症なく退治できたが、もっと厄介な夢が相手だったなら、ああも簡単にはいかないはずだ。
「おう」鬼林は楽しそうに笑う。「枕部に理屈っぽく慰められるとなんかどうでもよくなるんだよなあ。癖になる」
「僕は真面目に話してるだけなんだけど」
「真面目に話してるから面白いんだよ」
しばらく歩いていた僕と鬼林は、人通りの少ない道へと差しかかった。この近辺は区画整理の途中段階で、だだっ広く均された土地に、公園広場と遊歩道があるだけの、閑散とした場所だった。煉瓦を敷き詰めた道の向こう側には、夥しい赤詰草。この草原の中を突っ切ってゆけば、すぐに線路は見えてくる。そこで僕らは解散となるわけだが、
「あれっ」
鬼林の足が止まった。
つられて、僕も停止する。
鬼林はある一点を見つめていた。僕もそちらへと目を遣ると、意気軒高の制服を着た二人の女子生徒がいた。どちらも見覚えがあるような気がして、首を傾げる。そのとき、片方の女子の長い髪が、香ばしい光芒を描く。その様子を見た僕が思い出すより先に、鬼林は口を開いた。
「……五里霧中の焼野原」
僕は驚いた。まさか鬼林も彼女を知っていると思わなかった。しかし、よくよく考えれば意味不明な発言をしていたのに気づき、僕は「五里霧中?」と鬼林に尋ねる。
「
その異名は一寸も聞いた試しがなかったが、眠れば忘れる程度の情報だと納得する。
「ていうか、枕部、知らないのか? 俺の中学校でも有名だったぜ、五里霧中学校に、やばい女子がいるって。お前なんて地元なんだから、そういう噂だって聞いたことあるだろ」
「さあ……やばいって、なにが?」
「小学校のときに、同級生の鼻を折っただとか。担任の先生に怪我させただとか。一度キレたら手がつけられない問題児らしい。意気軒高に入学したってのは知ってたけど」鬼林は眉を上げる。「……やっぱり、噂は噂か。一匹狼みたいな女だって聞いてたのに、ちゃんと友達もいるみたいだし。ただの普通の女の子だ」
鬼林はそう言っていたけど、僕は〝友達〟という言葉が腑に落ちなかった。あの女子生徒が保健委員の焼野原だと気づくと、その隣にいる女子生徒のことも思い出したからだ。彼女は、焼野原を叱責した三年生——先輩である保健委員長だ。
一年生の焼野原と、三年生の彼女の接点は、保健委員であること以外にないはずだ。友達というよりは、ただの委員会の先輩後輩である。そして、今日の集会で一触即発の空気を生みだした当事者だった。
委員長は焼野原になにか言っているようだった。焼野原は、肩にかけた革製のスクールバッグをぎゅっと脇に締め、俯いている。それが先刻の彼女の姿と重なり、儚く見えた。
しばらくすると、焼野原が顔を上げた。縮こまるように丸まっていた体躯が正され、高踏な背筋を描く。まるで別人のような変わり身だった。
その異様な変貌に、まただ、と僕が思うのも束の間、鬼林が「ん?」と不思議そうにする。
「なんの音だ? これ」
「え?」僕は首を傾げる。「なにが?」
「なにって、これだよ。ルルルルルって鳴いてるだろ」鬼林は虚空を指差した。「コオロギか? 優雅だなー。いきなり鳴りだしたから、びっくりした」
鬼林は音の正体を探すように、赤詰草畑を眺める。
しかし、僕は首を傾げたままだ。僕の耳はそんな音は拾っていない。第一、こんな時期にコオロギなんてありえない。
僕は視線を焼野原に戻した——次の瞬間、焼野原は、委員長の頬を勢いよく叩いた。
乾いた音が反響なく鳴るも、その余韻を感じる間もなく、焼野原は畳みかける。まるで鞭のようにしなやかな動きで、委員長を蹴り飛ばしたのだ。
委員長は、短い悲鳴を上げ、地べたに倒れこんだ。その声で鬼林はハッとなる。二人に駆け寄り、「おい!」と声を荒げた。しかし、焼野原が怯むそぶりはなかった。肩にかけていたスクールバッグを下ろし、肩紐を掴んで振りかぶる。
バッグの重みが委員長に直撃する寸前で、鬼林は焼野原の体を突き飛ばした。委員長を庇うように前に出て、ふらついた焼野原に詰め寄る。
「なにやってんだ!」
鬼林の剣幕に、焼野原はただ答えた。
「正当防衛」
不遜には感じないのが不思議なくらいの、高踏たる佇まいだ。淡々とした口調で「さっき突き飛ばしたのはお前か?」と鬼林に尋ね返す。鬼林が「だって、そうでもしないとお前、なにするつもりだったんだよ」と言うと、焼野原は目を細めた。持っていたスクールバッグを落として、鬼林に拳を振り抜いた。呆気に取られるほど、鮮やかな動きだった。
鬼林はすんでのところで
僕は焼野原の様子を呆然と眺める。
ついさきほどまでの儚さは、いまやどこにもない。ただそこにある姿は可憐と言うにふさわしいが、拳を振るう様はまさしく獅子だ。姿かたちが同じなだけで、全くの別人。
変わり身。
僕には聞こえず、鬼林には聞こえる、鳴き声。
「——見つけた」
迸る閃きに突き動かされ、僕は焼野原の手首を掴む。
焼野原は目を見開いた。
「お前が、二人目の夢見主だな。焼野原戦」
僕はじっと焼野原の目を見つめる。
獅子のような勇ましさとて
しかし、その瞳は驚きから警戒へと色を変え、途端、急冷する鋼のように、研ぎ澄まされたものになっていく。
「……誰?」
「枕部狩月。お前を治してやる」
焼野原はしばし黙ったが、「宗教の勧誘なら他をあたってくれ」と言った。
「お前は夢に憑かれているんだよ。悪性の夢……つまり、悪夢にね」
焼野原は息を呑む。
その反応を見るに、自覚はあるらしい。ならば、好都合だった。自覚症状のない鬼林と違って、懐柔はしやすいはずだ。せっかく見つけた二人目の夢見主を逃したくはない。
「察するに、相当手を焼いているんじゃないか? 僕ならそれを殺すことができる」
焼野原は押し黙った。なにも言わず、僕を見上げている。
しかし、瞬く間に、彼女は身を翻した。髪を靡かせ、くるりと回る。まるで踊っているようだと思った、そのとき、
——頭にひどい衝撃。
なにが踊っている、だ。回し蹴りをされた。
脳を揺さぶられ、前後不覚になり、僕の視界は暗転する。鬼林の僕を呼ぶ声が、朧になっていく意識の中で、閉じこめられるように消えていく。落ちた瞼の裏側に闇を見て、そのままゆらゆらと沈殿した。
ころさないで。
羽音のような声が、聞こえた気がした。
眩しい刺激が目を焼いた。
そう感じた途端、僕は目を開かせる。
すると、今度は音が鼓膜を刺激した。それは、
気がつけば、僕は、公園の
「……なにやってんの、猟ヶ寺」
「自撮り」
ピースした猟ヶ寺は、はいチーズ、とシャッターを切った。構えていた腕を下ろし、
僕は現状を把握するため、あたりを見回す。
すっかり日は落ちて、空が夜の青を帯びてきた頃合い。電灯は点いていたし、月もくっきりと浮かびあがっている。赤詰草畑が見えることから、ここは通学路だと察する。どうして僕はこんなところで寝ている。まさか、意識を飛ばしたのか? だとしたら、最悪だ、おそらくだけど、まだ記録していない。
「思い出せる? 枕部くん」
視線をこちらに遣ることなく、猟ヶ寺は尋ねてきた。僕が素直に「全然」と答えると、持っていた
それは、動画だった。まだ日の出ている時間帯の動画だ。画面上に映るのは、僕と、鬼林と、女子生徒が二人。音は遠くてほとんど聞こえなかったが、ただならぬ様子であることは理解できる。一人の女子生徒は逃げ去り、もう一人は、獰猛な獅子や女傑のように、拳を振るう。
僕は一連の様子を眺めて、徐々に思い出していく。その光景に脳が晴れていった。まるでデジャビュ。いいや、むしろジャメビュのほうが近いかもしれない。
そうだ、たしか、焼野原戦だ。このあと、彼女は僕に回し蹴りを浴びせるのだ。さっきまで気づかなかった
「……ていうか、猟ヶ寺、これどこで撮ってた」
「そこのフォリーの陰から。
「それを聞くに、お前も眺めていただけで、なにもしていなさそうだけど」
「言ったでしょう。あの方が選んだのは貴方なのだから、私は貴方のやりかたを尊重する義務があるのよ。下手な手出しは、貴方の行動を妨げることになる」
断片的な記憶の中でも僕は焼野原戦を二人目の夢見主であると推測していたが、猟ヶ寺の言葉で確信に変わった。
状況を整理すると——数刻前、僕は患者である焼野原戦に接触を試みたようだ。そして、華麗な回し蹴りにより、気絶させられた。動画の終わり際には、僕に駆け寄る鬼林と、去っていく焼野原が映っている。こうして客観的に見ても、かなり情けない絵面だった。
「正直のところ、貴方の突飛なやりかたに開いた口が塞がらず、私も棒立ちになるしかなかったというのが本音。口下手と唐変木が史上最悪の化学反応を起こし、致命的な積極性コミュ障を生成していたわ。そういう意味では、ビッグバンよりも貴重な現象実験に私は立ち会ったと言えるわね。結果は惨憺たるものだったけれど。ちなみに、この観察記録動画での一番の見どころは、貴方が焼野原戦にアプローチしているのを見ているときの、鬼林くんの表情。そこから彼の気持ちを代弁するなら、〝やめてさしあげろ〟といったところかしら」
僕はゆっくりと上体を起こした。頬にはまだスカートの
「ちなみにだけど、鬼林くんは帰したわ」
「……ああ、うん」
「私が言うまで忘れていたでしょう」
「ここにいないから、普通に帰ったんだろうなって」
「そうね、普通に帰っていったわ。こんな珍事に巻きこまれて普通でいてくれるのは、彼のひとがいいから」猟ヶ寺は続ける。「少しは心配してあげたらいいのに。見て見ぬふりをするのが貴方ね。そして、そこに悪意はないの。なんの気もなしに見過ごして、見捨てて、忘れていくのよね。そうやって、自分の心に薄情だから、誰かの心にも薄情になれるんだわ」
「……だから、あのひとは、心を知りなさいと、僕に言った。喜びの色、悲しみの温度、苦しみの深さや怒りの気高さ。そして、それらがひとによって違うことを知りなさい、と」
「鬼林くんの一件を通して、貴方は知れたの?」
だしぬけに指摘されて、僕は押し黙った。
猟ヶ寺は「本当に、見ていて痛々しいほどなのよ」とため息をついた。
「夢見主探しにしたってそうよね。学校中から探すのが大変だからって、数打ちゃ当たるの無節操。なりふりかまわない手段を取るから、だから遠巻きにされるのよ。理解できないって。貴方が周りを理解していないから、相手がどう思うかを理解しようとしないから」
広い校内でたった四人の夢見主を探すのは至難の業だ。だから、多少効率が悪かろうと、僕は広くアンテナを張り巡らせることにした。そのせいで怪しげな勧誘を行う問題児と認識されようと、目当ての四人に引っかかれば大金星だった。その目当てであった鬼林にまで遠巻きにされる事態に陥ったものの、治療できたので結果オーライだ。
「……僕は悪夢祓いだ。悪夢を祓うのが僕の役目だ。悪夢を祓えば、患者の心だって守れる」
「それじゃあ、あの方は認めないわ」猟ヶ寺は立ちあがった。「私もね」
去る猟ヶ寺の後ろ姿が薄暮の光と濃紺に紛れていくのを、僕は見送った。
一人で立ちつくしたまま、僕は祖母との会話を思い出す。
僕は祖母に言った——悪夢祓いになりたいだけなのに、どうして心を理解しなくちゃいけないのか。
僕は誰よりも悪夢祓いらしく、誰よりもらしくないと、あのひとが言うから、それに納得がいかず、反発しての言葉だった。悪夢から救うことができたなら、それが最良で最善のはずだ。僕はそのために手を尽くす悪夢祓いになりたい。僕の体質が有利になろうと不利になろうと関係ない。治せばいいだけの話だ。なのに、あのひとはそれを肯定しない。
「……なんにもわかっていないって目で僕を見るけど、僕にだって心はあるよ」
僕がそう言うと、祖母は返した。
「知ってるさ。お前にも、初々しくいじらしい心がある。ただ、それを使うのが、誰よりもちょっとばかりへたくそなだけ」
誰よりもって言っている時点でちょっとばかりじゃない。
むくれる僕に、祖母は慈しむように笑った。
「心を知ることで、救ってやれることもあるんだ。そのときが楽しみだねえ、お前はどんな使いかたをするのか。震えた心の色に、温度に、深さに、気高さに……きっとお前は驚くよ。お前にだって、震える心があるのだから」
へっくちゅん。
夜の
翌日、僕は、焼野原のいる教室に乗りこむことにした。残念ながらクラスは知らなかったが、幸いなことに、昨日配布された保健委員の資料に記されてあったのだ。昏睡させられた昨日の今日で、噂の〝五里霧中の焼野原〟に会いに行くのは無謀もいいところだが、相手が夢見主とあればやむを得ない。
「……で、なんでお前もついてくるの、鬼林」
「ばっっか! 気になるからに決まってんじゃん!」
焼野原のクラスに赴く道すがら、僕の隣を歩く鬼林を、僕は睥睨した。
僕が焼野原の元へ行くと知った途端、「俺も行く」と言ってついてきたのだ。
「相手はあの焼野原だろ。枕部、また気絶させられたらどうすんだ。俺だって喧嘩なんてしたことないけど、お前のほうがしたことなさそうだし」
「え、また庇ってくれる気?」
「そんな度胸はない。一足先に逃げて、先生を呼んでやる。これぞヒットアンドアウェイ」
「僕がヒットされて、お前がアウェイするってか」
呆れてため息が出てしまう。しかし、鬼林も暇ではない。性格のいいこいつのことだから、本当に僕を心配して、ついてきてくれているんだと思う。普段つるんでいるクラスメイトとの時間を割いて、友達でもない僕のために。それが少し申し訳なかった。
「……鬼林。いまもだけど、日課だってもういいんじゃないのか?」
僕がそう言うと、鬼林は「なにが?」と首を傾げる。
「経過は良好。お前もだんだんと正夢を見なくなってきてる。最近じゃ、話す内容だってほとんど雑談だし、このままの調子なら普通に全快していくと思う。だから、朝とか、放課後とか、僕と話す時間を作ってくれてるけど、もう話しかけなくてもいいよ?」
「えっ」
そのとき、焼野原のクラスについた。僕たちは、教室のドアに隠れるようにして、中の様子を伺う。休み時間の教室はどこか閑散としている。大方の生徒が出払っているため、広く見渡すことができた。出席番号順で座っているのだろう。窓際の席に、焼野原はいた。
初夏の白い日差しを浴びて、なにをするでもなく、一人で座っている。彼女の周りはぽっかりと穴が開いたようで、そこだけ世界が静かだった。横顔は儚げだ。浮世離れしているけれど、あの牙を持つ獣のような高踏さは消え失せている。
「鬼林。昨日、なんだっけな、たしか鳴き声が、なんとか……それはいま聞こえる?」
「え、いや、聞こえないけど……」
僕は「ふうん」と頷く。そして、近くにいた生徒に「ごめん、焼野原を呼んできてもらえる?」と声をかけた。その生徒は「あ、えっ、焼野原さん?」と慄くような態度を見せたが、僕の隣にいる鬼林を見て、目を見開かせる。どうやら部活の後輩だったらしい。鬼林が「よっ」と軽く声をかけると、その後輩は礼儀正しく挨拶を返した。
「所用があってな。呼んでくれる?」
「所用って、鬼林先輩がですか?」
「いんや、俺じゃなくて、こっちが」
鬼林に指を差されたので、僕は頷いた。
後輩は「委員会の話とかなら俺に言ってもらって大丈夫ですよ」と言う。
「委員会の話じゃないけど……なんで?」
「先輩も昨日の会議にいましたよね? 俺も、焼野原と同じ保健委員なんで」
「えっ、そうなの?」
僕の呟きに「おい、昨日会ったやつくらい覚えとけよー」と鬼林が突っこむ。しかし、後輩の彼は「いやいや、直接しゃべったわけじゃないんで、しかたないですよ」と苦笑する。彼女のことは記録していても、彼のことは記録していなかっただけだが、それはそれでしかたないと言えるかもしれない。
「委員会の話ってわけじゃなくて、個人での話だから。頼める?」
「あー、まー、いいですけど」
「……もしかして、呼びにくい?」
鬼林が尋ねると、彼はおずおずと「ぶっちゃけると」と答える。
「陰口みたいなの言いたくないんですけど。普段はおとなしいのにピーキーっていうか、突然なんか不機嫌になることが多くて、怖いんですよね。俺、焼野原さんと同じ中学なんですけど、そのときからなんですよ。いきなり人が変わったように乱暴になるの」
僕が「虫の居所が悪かったんだろうな」と言うと、彼は「まあ、声をかけるくらいなら、大丈夫だとは思います」と言い、焼野原のほうへと近づいた。
その後輩に声をかけられた焼野原は、少しだけ身を震わせたが、指差された僕らのほうを振り向いて、瞳を険しくさせた。さきほどとは見違える、牙のように鋭い雰囲気をまとう。
鬼林がぴくりと反応したのが見えたので、僕は「聞こえたか?」と尋ねる。鬼林は頷いた。
けれど、鬼林の言う虫の鳴き声は、僕には聞こえない。僕は改めて確信する。
存外と素直に出てきた焼野原は、あまりにも研ぎ澄まされた瞳で、僕たちを見上げた。
「おはよう」
「なんのようだ」
「言ったろ。お前を治しにきた」
僕がそう言うと、焼野原は「大きなお世話だ」と返した。
「世話じゃない、診断だ。それは治したほうがいい。お前を蝕む獅子身中の虫だよ、焼野原。一刻も早く取り除くべきものだ」
僕と焼野原、互いの視線がまっすぐに交わる。永遠とそれが続くと思われたが、そこへ鬼林が「だけどさ、枕部」と口を開く。
「夢に憑かれてるって、どうしてわかる? 俺みたく、そもそも夢について悩んでたならともかく、そんなこと一言も言ってない相手に、なんで?」
「お前のおかげさ。僕には聞こえず、お前だけが聞くことのできる鳴き声……答えは一つ。その正体は、夢である」
夢を見ない体質である僕は、夢を見るどころか、聞くこともできない。干渉できないとはそういうことなのだ。僕の受けつけない事象の多くは、根本が夢である可能性が高い。加えて、鬼林はつい最近まで正夢に憑かれていた。病み上がりは免疫力が低下しており、且つ、感度は高くなっている。それは、普通に生活していれば感じない他者の夢にも、反応できてしまうほど。悪夢に憑かれていた鬼林だからこそ、悪夢に曳かれるのだ。
「そこからあとは連想ゲームみたいなものだよ。直翅目カンタン科の昆虫に、美しい音色を奏でて鳴く虫がいてね。その虫の名前は、中国の都市の一つとしても知られている。古典の授業でも習ったろ。唐の小説である『枕中記』の故事」僕は焼野原に視線を遣った。「推測するに、お前に憑いているのは——邯鄲の夢だ」
邯鄲の夢。
盧生という若者は、趙の都・邯鄲に赴いた際、道士から夢が叶う枕を授けられる。その枕により、盧生は人生の栄枯盛衰を味わったものの、その全てが束の間の夢だったと、目覚めて気づくのだ。人の世の儚さを表す言葉としても用いられる。
「邯鄲の夢とは、物語どおり、夢見主に仮初の栄華を与える。そこから衰え滅びていくまでの呪い。盛者必衰の理をあらわす、栄華と崩落の悪夢だ」僕は言葉を続ける。「目に見える症状としては、豹変、変わり身、二重人格と……いろんな言いかたがあるけど、まあ、そんなところだろうね。焼野原。その夢がお前にどんな栄華を与えたかは知らないが……もう斜陽だ。なにも知らない僕から見てもわかる。〝五里霧中の焼野原〟は、孤高の狼や高嶺の花とは違う。クラスメイトから腫れ物のように扱われ、声をかけるのも躊躇われるほどの、栄華とは程遠い存在だ。僕ならその悪夢を、お前から引き離してやれるよ」
焼野原は目を細めた。楚々とした眼差しは、凄めば血も凍るほどだった。
「なにも知らないなら、なにも言うな」
淡く口を開いた焼野原がそう呟いた次の瞬間——僕の腹に壮絶な膝蹴りが入れられた。息が止まったような感覚。腹を押さえてよろめき、廊下の壁にしなだれるようにして跪く。
ドンとそばで大きく音が鳴った。息も絶え絶えに視線を上げると、ハイソックスに包まれた、すらりと伸びる焼野原の脚が、僕の顔の真横にあった。
「この子が望んだことだ。この子には私、が必要なんだ」焼野原は僕のネクタイを掴みあげ、顔を近づける。「この子は私が目覚めさせない。私たちに、これ以上口出しするな」
その言葉に、僕は目を瞬かせる。
焼野原は僕のネクタイから手を離し、足を下ろした。そのまま去っていくのを僕は黙って見送った。鬼林はしゃがみこみ、「大丈夫か」と尋ねてきたので、僕は頷き返す。
「確認が取れた」腹を押さえながら、僕は言う。「あれは、焼野原の人格じゃない……邯鄲の夢の人格だ」
焼野原の症状は、変わり身でも二重人格でもない。そのように見えるだけで、あれは純粋な切り替えコンバーション。つまり、僕たちがこれまで話していた相手は、焼野原戦の姿こそすれ、本人であらず。邯鄲の夢そのものだ。
「上々だ。夢を見ず、夢に干渉できない僕でも、あそこまで如実に病が表面化してくれている状態なら、眺診器いらずだ。鬼林のときよりはずっと施術しやすい」
「腹パンされて、足ドンされて、着眼するところはそこなのか」鬼林は薄い目で言った。「いや、だけどさ、さっきの話聞いても、枕部はそんなこと言っちゃうのね」
僕が立ちあがると、鬼林も立ちあがる。鬼林の顔を見ると、なんとも言えない表情をしていた。僕は察することができず、「どういうこと?」と問い返す。
「焼野原……いや、邯鄲の夢だっけ。あいつも言ってたろ。焼野原自身が望んだことだって」
「言ったね。だから?」
「いや、だからさー……」鬼林は間を置いて言った。「治してほしくないんじゃね?」
僕はあまりのことに動揺し、「えっ」と固まってしまう。しかし、すぐに「病気を治したくない患者なんていないだろう」と眉を寄せた。
「だけど、邯鄲の夢って、仮初とはいえ、栄華を見せる夢なんだろ? だったら、焼野原は、この状況を望んでいるんじゃないのか?」
「……〝望んでいる“と言ったのは悪夢本人だ。焼野原本人じゃない」
「そうなんだけど。なんて言ったらいいかなあ」もどかしそうに、鬼林は続ける。「〝クラスメイトから腫れ物のように扱われる、栄華とは程遠い〟……だっけ? 正直、お前が言うか、って感じだったけどさ。俺たちがこの教室に来たとき、たしかに焼野原は一人ぼっちだった。でも、つらいとか、寂しいとか、そういう感じは全然なかったろ」
正直、全然覚えていない、わからない。僕からしてみれば、だからなんだ、といった感じだ。だから、その気持ちのままに、首を傾げてみせる。すると、鬼林はじれったそうにして「悪夢に憑かれた元病人の意見だけど、」と前振りをして吐いた。
「焼野原は、憑かれてるけど、病んでない。焼野原にとって、あれが一番いい状態なんじゃないかってこと。医者のお前は治さなくちゃって思うんだろうけど……患者自身が治さなくていいって感じてるんだから、お前はなにもしなくていいんじゃないか?」
——枕部一門の次期当主に、悪夢祓いに、お前が本当にふさわしいか、証明してみせよ。
僕が悪夢祓いになるための継承試験は、校内の夢見主四人の悪夢を治療することにある。
治療することだ。
夢見主を、一人残らず。
そうしなければ悪夢祓いになれない。
「…………困る」
僕の様子がよっぽどだったのだろう。鬼林は「ぎょっ」とした。氾濫する脳みそをまとめあげるのに精いっぱいなたどたどしさで、僕は「それは無理、困る」と呟いていた。
「えっと、大丈夫か? 枕部」
「だいじょばない。まずい。僕は、焼野原を治さなくちゃいけないのに。わからない。なんでだ。どうしてそうなる……」
僕がぶつぶつ唱えていると、鬼林は諭すように言う。
「人間万事塞翁が馬だよ。落馬して足を折ったおかげで、戦に出るのを免れた。お前にとってよくないことに思えても、それは巡り巡って、焼野原にとってはいいことだったりする」
「それでも……足は折れてるんだろ。そんなの絶対によくないことだし、治したほうがいいに決まってる」それに、と僕は続ける。「結局のところ、戦はずっと続く。どちらかが死ぬまで終わらない。免れるために足を折りつづけるなんて、それこそ馬鹿げた話じゃないか」
わからない。全然わからない。うんうんと僕が唸っていると、ふと、鬼林は表情を落とした。少しだけ躊躇うように唇を動かして、「なあ、」と口を開く。
「枕部……さっき言った、もう話しかけなくていいって、どういうこと?」
「えっ? そのまんまの意味だけど」僕は半ば放心した状態で答える。「治療は終わったんだから、お前が僕に話しかける必要はなくなったろ。なのに、ずっと日課も続いてるし、言っとかなきゃと思って」
鬼林は押し黙った。それから、「そっか」と目を伏せる。凛々しい眉や口角は力ない丸みを帯びた。その俯いた様子が不思議で、僕は「どうした?」と声をかける。
「……けっこうショック」
「ショック?」
「ていうか、寂しい。治療のためだけじゃなくて、普通にしゃべってたんだけどなあ、俺は」
僕は半ば呆然としていた。理解が追いつかない。だけど、どうしよう、たぶんきっと、鬼林を傷つけたみたいだ。それについて謝ろうにも、脳みその処理が追いつかない。
僕の表情を見て、鬼林は、「まさかそんなこと言われるなんてわけがわからんけど、枕部のほうがわけのわからん顔をしてるから、ずるいよなあ」と苦笑する。
「枕部はさ、俺のこと、友達と思ってない? 俺といて楽しくなかった?」
鬼林の言葉に、僕は押し黙った。
自分の感情を問われるのは、実はとても苦手なのだ。
一過性の感情は特に忘れてしまいがちで、思い出せたとしてもおよそ味気がないから。
猟ヶ寺は、僕が薄情なのは自分の心に薄情だからだ、と言ったけれど、本当にそうなんだと思う。僕はなによりも自分の抱く感情を真っ先に見切ってしまう。どうせ眠れば忘れてしまい、明日にはどうにでもなっているから。
僕は答えに窮して、それでも口を開こうとしたのだが、先に鬼林が口を開く。
「……ううん。悪かったな、変なこと聞いて。じゃ、俺、先に教室に戻ってっから」
踵を返して去っていく鬼林の後ろ姿を、僕は見送った。
ややあってから、教室の窓越しに、両手で口元を押さえた後輩の彼と目が合った。彼はわなわなと震えながら「修羅場ですか、先輩」と呟く。
「仲いいと思ってたのに、先輩、鬼林先輩のこと嫌いなんですか?」
「いや……むしろ人間的にはかなり好ましい部類だけど」
「なおさらまじですか? 話の展開は全然読めなかったけど、すっごい爆弾落としちゃってましたよ」後輩は眉を顰めて言った。「鬼林先輩の気持ちも考えてくださいよ。友達にあんなこと言われたら、俺なら立ち直れないですね。よく知りもしない後輩にこんなこと言われたらアレかもしんないですけど、さっきの言葉、かなり薄情でしたよ、先輩」
そんなことを言われるけれど、鬼林はショックだと言ったけれど、僕からしてみれば、理解が追いつかないのだ。納得できない、という感覚に近い。ひとの感情というものは、なにかの膜でくるまれたように、ぼんやりとしている。僕は鬼林にどう思われているのか、僕は鬼林をどう思っているのか、考えたことがなかった。
「……僕もひとのことは言えないな」
「え、なにがですか?」
「治したほうがいいってこと」
僕には鬼林のことがわからない。ましてや焼野原のことさえも。それでも。だからこそ。
——心を知りなさい、狩月。
僕は、その日以来、昼休みになると、焼野原戦のいる一年三組の教室へ足を運ぶようになった。僕が「おはよう」と言うたびに、苦虫を噛み潰したような顔をした。はじめは律義に応えてくれた彼女だったが、いい加減に煩わしくなったのか、僕が呼んでも断るようになった。
そこからのアプローチは無駄だと踏み、僕は委員会会議のときにチャンスを絞り、そこで彼女の席の隣につくことに注力した。体育祭も近くなってきたこの時期は、保健委員の集まりも活発になる。それを利用し、彼女に近づくことを試みたのだ。だが、彼女も一筋縄ではいかない。鋭利な視線で一瞥した以降、僕のほうへはちらとも向かなかった。高踏な背筋は彼女の強固な壁を表しているようだった。
だから、僕が彼女を捕獲できたのは、ただの偶然である。
先生が職員会議のために出払った、放課後の保健室。先生の代理として当番をしていた僕のところに、腕と膝に怪我をした彼女がやってきたのだ。
僕と彼女、二人の「あ」が重なる。彼女のドアを掴む手がぎゅっと強張ったのを見て、逃げられる、と思ったが、彼女は意外なことに立ち去ろうとはしなかった。相変わらず鋭い目と心底不服そうな表情で、保健室へと入ってくる。ソファーの適当な位置に腰かけて、「消毒液と絆創膏」と呟いた。
ややあってから、僕は白衣を翻して立ちあがり、救急箱を持って彼女に近づく。
彼女が救急箱を奪い取ろうとしたので、僕はそれを制し、「僕がやる」と言った。彼女は顔を顰めたが、反論はしなかった。ここを僕の領域だと判断したらしい。郷に入っては郷に従えという言葉があるように、彼女は黙って受け入れた。
僕は脱脂綿を消毒液に浸しながら、彼女に言う。
「逃げないんだね」
「手当てが終わったら、すぐにでも出ていく」
「夢であるお前でも痛みは感じるんだ?」
「この子の体だからな。私がよくても、この子が痛いだろう」
邯鄲の夢が焼野原を気遣うようなことを言うので、僕は内心で驚いていた。夢見主を害するのが悪性の夢だ。こいつは焼野原を脅かす存在であるはずなのに、と僕は戸惑う。
「この怪我は喧嘩の傷?」
「ただの不注意だ。私は喧嘩なんてしない」彼女はぶっきらぼうに続ける。「そんなことして、この子が恨みでも買われたら大変だ」
僕は彼女の腕の怪我を消毒しながら、つくづく感じる。本当にこいつは、焼野原を気遣っている。いまだって、焼野原のために、連日避けつづけた僕の前に堂々と座り、怪我をした箇所を無防備に曝けだし、されるがままになっている。
カーディガンを捲ったその白い腕に、大きな絆創膏を張り終える。そのあと、彼女の足元へと跪き、膝の怪我の消毒を始める。
「……連日のあれは、どういう意味だ?」
珍しいことに、彼女から僕に問いかけてきた。
僕は「どういう意味って?」と問い返す。
「お前、懲りもせずに聞いてくるだろう……焼野原戦の願いはなんだ、って」
「うん、飽きもせずに断ってくるけどね」僕は答える。「そのままの意味だよ。虫めづる姫君は、風変わりに見えても、物を考える深い心を持っている。焼野原だってきっと同じだ。でも、僕は、とても薄情なので、焼野原のことを知らないから、なら、知らなければならないと思った」
彼女は「意味不明だ」と低い声で呟く。
僕は消毒を続けながら彼女に言った。
「焼野原戦は、小学生のころ、いじめられていたらしいね」
言うが早いか。たちまち、着ていた白衣の襟ぐりを両手で掴みあげられた。中途半端に膝立ちさせられた僕の顔を、彼女は覗きこんでいる。これまで見てきたどれよりも強く、僕を凄む目をしていた。
これは、
彼は中学どころか小学校まで焼野原と同じだったらしい。あまり関わりはなかったそうだが、気弱で泣き虫な焼野原戦という女子がいて、周りからよくは思われていないらしいことは、なんとなく知っていたのだとか。
「だけど、焼野原戦は、小学六年に上がるころに豹変した。それまで自分をいじめてきたやつらの鼻を折って、先生の前で暴れてやったんだって? そんな、周りも正気を疑うほどの異様な変貌も、お前の存在で説明がつく」淡々と紐解くように言葉を紡いだあと、僕は彼女に問いかける。「邯鄲の夢は、たとえ仮初でも、栄華を叶える夢だ。夢見主の野望を、願いを果たす夢……こうなることが、焼野原の願いだったの?」
「だって、理不尽だろう、泣き寝入りなんて」
彼女ははっきりと言った。
僕に掴みかかっているその手は、かすかに震えていた。
怒りと形容するには生温い、苛烈な感情圧を感じる。
「声を上げるのが苦手な子なんだ。臆病で、寂しがり屋で、自分を傷つける相手に言い返すこともできなくて、いつも泣いてばかり……あの日、学校の屋上から飛び降りて、この子は死ぬつもりだった。だけど、いざそのときになって、私を夢見たんだ」
死ぬほどつらいのに、悲しくて苦しくてたまらないのに、その思いが相手に届くことはない——嫌だ。傷つけたい。相手はこのまま無傷だなんてあんまりだ。自分を傷つけたやつらに、仕返しがしたい。復讐してやりたい。一度でいいから、殴り返すことができたら。
「それのなにが悪い?」彼女は続ける。「初めて殴り返すことができたとき、この子の小さな胸が歓喜に打ち震えたのを、私は知っている。だから、傷つくたびに、泣きたい気持ちを握り潰した拳で、相手を殴りつけてきたんだよ。この子はな、自分を傷つけるやつらを許せないんだ。懲らしめてやりたいんだ。自分だけが泣いてるなんて、そんなの可哀想で、みじめで、私と共鳴した。復讐こそが、この子の栄華だった」
「でも、その復讐は終わっている」僕は指摘するように囁く。「いじめたやつを殴り返すことで栄華を迎えたなら、あとは崩落していくだけだ。お前は栄枯盛衰の夢。あまりにも儚い悪夢だ。どうして焼野原の願いは、いまもなお叶いつづけている?」
記録によると、焼野原を初めて見た日、同じ保健委員の先輩から、叱責を受けていた。それは会議中だけでなく、下校の際もだ。偶然にも焼野原を見つけたであろう先輩は、会議でのことを詰問したのだと思う。
先輩からしてみれば焼野原の非行でも、焼野原からしてみれば先輩の理不尽だった。あのとき、彼女が先輩を暴行したのは、傷つきやすい焼野原の復讐心を果たすためだったに違いない。
それは、道理のようで、腑に落ちない。焼野原の復讐心は、そんな誰彼かまわぬものなのか。
「焼野原の本当の願いは、もっと別のものじゃないのか?」
僕が再び問いかけると、彼女は、怪我をしていないほうの足で蹴るようにして、僕の胸板を押した。そのまま、カーペットの上に転倒する僕へと跨る。野放しになった僕の両手は、彼女の両手によって縫いつけられた。彼女の髪がヴェールのように滑り落ちたので、顔を上げる。惹きこまれるような明眸が僕を見下ろしていた。
「この子にはもう願いなんてない」
僕は黙ってその瞳をじっと見返す。
彼女は淡々と告げた。
「私など、とうに不要だ。終わっている。あとは目を覚ますだけ。本当は、いつでも消え失せることができる」
「じゃあ、何故そうしない。お前が焼野原に憑く理由はなんだ」
「夢の終わりは、死にたくなるほどの現実。私に憑かれるよりも前に、この子はずっと疲れていた。私が与えたものなど、辞世の句を読むための一瞬の
彼女の言葉に、僕は驚愕した。
「まさか……お前は、焼野原を守ろうとしてるのか?」
いくらなんでも予想だにしていなかった。
夢見主を蝕む存在である邯鄲の夢が、夢見主の焼野原を助けようとしているなんて。
「そんな虫のいい話があってたまるか。お前は、ただの夢だ。焼野原に取り憑いた妄想……偽物の人格だ。そんなふうに思うはずがない。そんな心が、」
そこで、僕に跨っていた彼女は、おもむろに立ちあがった。救急箱から膝を覆えるほどの大きさの絆創膏を一枚抜き取り、保健室を去ろうとする。
「……私たちに口出しするな。一度死を選んだこの子を、この子の心を守れるのは、私だけだ。だから、お願いだから、殺さないで」
この子のことを殺さないで。
言うが早いか、彼女は身を翻す。ひらりと光芒のような髪が揺れる様は可憐で、けれど、目が離せなくなるほど孤高な後ろ姿だった。
僕は彼女が見えなくなってもなお、保健室の床に寝そべったまま、呆然としていた。
悪夢を退治し、夢見主を守ることが、悪夢祓いの役目だ。悪夢を退治するという結果は、夢見主の感情には左右されないはずだ。悪夢を祓えば、患者の心だって守れると思っていた。
けれど、違うんだ。
あろうことか、生きる力をなくした焼野原の命を繋いでいるのは、あの邯鄲の夢。延命装置も同然だ。生きることに疲れた焼野原と、そんな焼野原を生かそうとしている彼女。迂闊に手を出せば、焼野原は再び死を選ぶ。そういう心積もりでいる。
どれだけ眠れど忘れることのなかった、死に値する感情。
お手上げだ。上げた手の勢いで匙は投げだされる。
途方もない断崖絶壁が、たしかにそこにあった。
僕の手に余るほどの熱量を、深淵を、僕はたしかに見上げたのだ。こんなものを知ってしまって、僕はどうしたらいい。
気がつくと、僕は、カーディガン越しの己の胸を、握りしめていた。
実際のところはきっと、その心の全てを知ったわけではないのだ。僕は一片を垣間見たにすぎない。けれど、僕は刮目したそれを忘れたくなくて、輪郭を必死になぞりあげる。気づけば、それはぽつぽつと僕の口からこぼれていった。
「……悲しみは、涙で焼ける目と同じ熱さで、息絶えた死体と同じ冷たさ。苦しみは、棘に刺さった姫のような、幾年もの眠りの深さ。怒りは、振り上げた拳の気高さ。喜びは……」
喜びは、どこだ。
焼野原の喜びが見つからない。自分を傷つけた相手を殴り返したときだとしたら、いまだって、あの邯鄲の虫が表に出てくるたび、傷ついた己に変わって彼女が牙をむくたび、その心は踊っているはずだ。
しかし、焼野原の姿をした彼女は笑わない。焼野原と彼女は共鳴している。焼野原が喜びの色を見せれば、彼女だってそう示すはずだ。
それがないということは、焼野原に甚だしく欠けているのは、喜びなのだ。
鬼林は、焼野原が治療を望んでいないことを、初めから見抜いていた。焼野原の場合、治療どころかなにも望んでいないわけだけれど、それは焼野原に取り憑く彼女にしかわからない領分だ。僕よりも焼野原の心を理解している一人の人間と一匹の虫の言葉に従うなら、僕はきっと、ここでなにをするべきでもない。
だけど、彼女は言った。
この子を殺さないで、と。
だから、僕は駆けだして、保健室を出た。自分でも昂ぶるなにかを抑えることができなかった。走りながら、あの後ろ姿を探す。一匹の虫が懸命に支えている、高踏な後ろ姿を。段差を飛び越え、校舎の外に出たとき、香ばしい茶色髪の少女を見つけた。僕はその背中に張り叫んだ。
「焼野原! 僕がお前を生かしてやる!」
ふわりと、長い髪が風に靡いた。そうして振り向かれた彼女の、惹きこまれるような明眸は、見開かれたまま僕に向けられる。
そのまっすぐな瞳に応えたくて、僕は強く言った。
「悲しみも、苦しみも、怒りも、お前は死ぬほど知っている! だから! 生きる喜びを、僕が与えてやる!」
焼野原の人生には、喜びが死ぬほど見当たらない。当たり前だ。傷つけられて辿りついた孤独が、傷つけて得た孤高が、喜ばしいわけがなかった。
僕は息を整えてから、言葉を続けた。
「……もう、そうやって、死んだように夢を見なくてもいい」
焼野原の瞳は、息は震えた。眉も頼りなく下げられた、悲痛な表情。いまにも滑り落ちそうな視線で僕を見上げ、ようやっとというように口を開く。
「い、い、いやだ……むり……」
虫の息のようにか細い声だった。ふるふると首を振る様は痛々しいほどだった。
僕は「無理なもんか」と、焼野原の手首を掴んだ。
焼野原ははっと息を漏らす。僕に掴まれていないほうの手で、頭を抱えた。
「もう、いいの、むり、どうせ、」
「無理じゃない。僕がお前に人生の喜びをやるから。死のうだなんて思えないくらいの」
「そんなことない、だって、助けてくれたのは、あの子だけだもん」焼野原の声は水浸しになっていく。「みんな、気づいてるのに、無視した、助けてくれなかった、やめてくれなかった、助けてくれたのは、あの子だけ、私のために声を上げてくれたのは、貴方だって、そうじゃない」その水は、苛烈な濁流のように、強く溢れた。「知ってる、見て見ぬふりをした、絶対無理だ、だから、私たちに口を出すな、この子を守れるのは、私だけ! 私だけなんだ! 薄情に見捨てたお前じゃ無理なんだ! 無理なのに!」
彼女は、僕の手を振り払った。あまりにも鋭い目で僕を射抜いて離さない。ややあって、彼女は、僕を振り払った手をぎゅっと握りしめる。
「無理なのに……私じゃ、この子に喜びをあげられない……」
僕は打ちひしがれるような彼女の姿をじっと見ていた。
本当は、彼女だって気づいている。己が共にあることの意味以上に、己が共にあることの無意味さを。姿かたちがあるだけで、そこに焼野原戦は存在しないことを。
「本当に、この子を生かせるか。この子の心を守れるか」
彼女は縋るように僕に問うた。
僕はしかと頷き、答える。
「それが、僕がここにいる役目だ」
さて。週末の日曜日。
僕は、市内にある大型ショッピングモールの前で、焼野原を待っていた。
場設定が整いすぎているので明言するが、デートである。
どうしてそうなったと言いたくなるようなこの妙ちくりんの状況にはわけがあった。
焼野原を生かす。そのために喜びを与える。僕の脳みそがその方程式を弾きだしてからややあって、僕は気づいたのだ。喜びとはなんぞや。まずはその問題を処理せねばならぬと、僕は鬼林に「焼野原を喜ばせたいんだけど、どうしたらいい?」と直球で尋ねてみた。もちろん「どうしてそうなった」と直球で返ってきた。かくかくしかじかと、事のあらましを掻い摘んで説明する。
「とにかく、可及的速やかに喜ばせたいんだけど、人間ってなにしたら喜ぶんだろう」
「その人間じゃない視点からみたいな物言いやめろ」
「参考までに、鬼林が人生で楽しかったこととか、喜ばしかったことってなに?」
「まあ……友達と馬鹿やって遊んでるときとか」
「遊ぶって、具体的には?」
「んー? 普通に、ゲーセン行ったり、スポーツしたり、映画見たり、釣りしたり?」
「なるほど。わかった」
というわけで、焼野原と遊びに行けばいいのか、という結論に至った僕だったが、「いや、わかってない」と鬼林は断じた。どこか戦々恐々とした面持ちで「枕部、お前まさか、いま言ったことを焼野原とするつもりか?」「するつもりだけど」「それはまじー!」と鬼林は首を振る。
「ほとんど赤の他人の枕部と焼野原が出かけたところで、ぶっちゃけ白けて終わりだ。出かけるにしても、スポットは選ぼう。まず、静かなところは無理。お前の口下手じゃあ、絶対会話が持たん。というわけで、待ち時間という空白をいかに埋めるかがしちめんどくさそうなテーマパーク系は却下だ。だが、アトラクションで空気を持っていくのはアリだと思う。逆に、静寂に二人きりという間の持たなさそうな釣りは避けたほうが無難だ。多人数でないならスポーツも避けよう。映画がちょうどいいな。共通のものを観賞するという強制的な会話の無、
「どこ」
ここである。このショッピングモールは、最上階にはシネマ、屋上には観覧車などの簡易なアトラクションが備わっていて、おまけにアーケードゲームエリアやフードコートも存在する。学生にもうってつけの娯楽スポットなのだ。
鬼林の分析は見事だった。あの人好きのする快活な性格なら、「どこ行っても楽しいんじゃね?」くらいのテンションで返ってくると思っていたのに、かなり真剣に考えてくれた。そうやって、いつもさりげなく他人とのコミュニケーションに気を遣っているのかと考えると、僕の中で鬼林の好感度がまた一つ上がった。
かくして、薄手のトレーナーに黒のスキニーという普段着で、僕はモール前にあるオブジェに背もたれて、焼野原を待っているというわけである。
ここで肝心の焼野原が来なかったらとんだお笑い種であるが、その点は心配していない。僕と志を同じくする、焼野原の姿をした彼女が、きっと足になってくれる。
「……悪い。待たせた」
案の定、待ち合わせ時間ちょうどの時刻で、彼女は姿を見せた。
普段着姿の彼女は新鮮だった。深い紺色をした大袖のブルゾンに、ハイウェストのキュロットを履きこなし、しなやかな脚を惜しげもなく晒していた。黒いチョーカーは健在で、髪を上げているぶん、いつもよりくっきりと首筋を際立たせる。
僕が「おはよう。待ってないよ」と答えると、彼女はもう一度「悪い」と言った。
「どれだけ説得しても、やはり、この子は出たくないと……」
いま表に出ているのが彼女である時点で、その点はお察しといったところだった。僕は「しょうがない」と答える。近頃はずっと彼女が出ずっぱりで、焼野原本人が現れたためしがない。僕が〝生かす〟と宣言したあの日の、あの一度くらいのものだ。
「お前と焼野原の感覚は、リアルタイムで共有されているんだろ」
だったら、なんの問題もない。僕は「じゃあ、行こうか」と彼女を先導した。彼女は僕の斜め後ろを歩く。彼女がついてきているのか気になって、僕はちらちらと振り返りながらショッピングモールに入った。
まず初めに入ったのは映画館だ。宇宙人侵略をモチーフにしたミュージカル映画が放映されていたのでそれを観ることにした。設定が斬新で「逆に見たい」と互いにチョイスしたものだった。
観賞してみると、意外にも重厚なストーリーで見応えがあり、ミュージカル映画特有の音嵌めや楽曲も心地よかった。しかし、いざ感想を言い合うとなると、自分の感情を表すのにことさら不得手な僕は、とにかく「よかった」としか言えず、「どう、焼野原は楽しかった?」と聞いても、焼野原の代弁者である彼女とて「面白かったけど、期待が大きすぎた。普通」と、会話を広げにくかった。
その後、フードコートで軽く食事を取り、タピオカミルクティーを飲んだ。
「聞いたよ。最近の女子はこういうのをフォトジェニックに撮りたいんだってね。どうだ」
「この子に写真の趣味があるなら、もう少し人生楽しんでたと思うが……」
そりゃもうごもっともな意見が返ってきた。若干ハズしたどころか、「蛙の卵みたい」とすら返ってきた。タピオカのもちもち加減は嫌いではないようで、飲みきってはいたけど。
次に向かったのはゲームエリアだ。クレーンゲーム、シューティングゲームと興じていったが、これらは言ってしまえば、個人競技の単純作業なので、特に盛り上がることなく終わった。
まずい。人生で初めて〝 気まずい雰囲気〟というのを体感している気がする。なるほど、おろおろする。提供するものが全てハズしてるというのは、こんなにも居た堪れないのか。
とりあえず、たまたま目に入ったパンチングマシンを、僕は指差した。
「そういえば、その体は焼野原のものだよね。焼野原は武術の心得でもあるの? ああいうのも得意だったり?」
「いいや。この子自身は、運動神経は悪くないにしろ、筋力や握力は普通だからな。ただ、柔軟で可動域が広い。私がコントロールすることで躊躇なく最適な動きがはたらかれ、結果、パフォーマンスを発揮できている」
そう言って、彼女はパンチングマシンで見事に高得点を叩きだし——いや、殴りだした。あまりにも綺麗なフォームと、可憐な少女が出したとは思えない点数に、数瞬足を止めた人間がいたほどだった。しかもニューレコード。僕は「お見事」と拍手を贈る。
「どう、焼野原は楽しんでる?」
「あんまり。殴ったなあ、くらいの気持ちだ」彼女は拳を何度か握ったり開いたりした。「そもそも、この子は、暴力は好きじゃない。溜まりに溜まった自分の感情を訴えられるツールが、これしかなかっただけ」
僕は己の安直さを悔いた。僕の口から「ごめん」が突いてでる。
彼女は不思議そうに首を傾げた。
「どうして? 謝るようなことじゃない」
「ううん。謝りたい。焼野原の、お前たちの苦肉の抵抗を、軽んじたも同然だ」
もしかすると、暴力沙汰の件を揶揄されること、〝五里霧中の焼野原〟と
もちろん、彼女の反応がどんどん過敏になっていったのは悪手だった。焼野原は脆く、傷つきやすい人間だから、たとえ少しの傷だとしても、これ以上焼野原が生への執着を薄めないよう、彼女は過剰に取り扱ってきた。焼野原に突っかかってきただけの保健委員長に平手打ちを食らわせるくらいだ。
けれど、その容赦のなさは、追い詰められた手負いの獣の
彼女は僕から視線を外し、己のニューレコードへと目を遣った。
「お前はそんなこと、考えもしない人間だと思っていた。私たちがどれだけ必死に生きているかなんて知ろうともしないで、私を祓ってしまうと、てっきり、そう、思っていたのに。この子を生かしてやると、お前が言うものだから」
「実際、勝手に祓うこともできたんだけどね」
「薄情者のくせに、情でも湧いたか」
「湧くよ。僕にだって心はある」
彼女の言うとおり、僕は薄情者だ。僕の周囲にいるありとあらゆる人間がそう言う。僕とて、自分自身を薄情だと思っている。どうせ眠れば忘れるから、明日にはどうにでもなっているから、と思っている。
下手を打って、周囲に腫れ物のように扱われる、言いようのない無力感も。
毎日話していた人間からいきなり見放される、わけもわからない不安も。
眠れば忘れる。
それは、自分の体質への過信と甘えから来る、一種の諦観だった。
けれど。
「……心がなければ意味がないんだって、気づいたから」
僕はきっと、この子を殺さないでと鳴いたその心に、震えたのだ。
諦めてなんかやれなくなった。喜びとはどんな色なのか、悲しみとはどんな温度なのか、苦しみとはどれほど深く、怒りとはどれほど気高いか。そして、それが、ひとによってどれだけ違うのか。それを知って、僕は驚きたい。
「焼野原の喜びがどんな色をするのか、僕は知りたかったんだよ」
悲しみの冷たさに焼かれているのを、苦しみの深さに溺れているのを、すくいあげなきゃ意味がないのだ。そこからすくいもせずに祓っても、心を守ったことにはならない。悪夢祓い失格だ。祖母が僕に伝えようとしたことも、きっとそういうことなのだ。
彼女はしばし黙りこんでいたが、ふと、あるかなきかの笑みを浮かべた。
「……屋上へ行こう。小さい遊園地があるんだろう? この子はそういうところがけっこう好きなんだ。きっと喜ぶ」
僕は呆けながら頷いて、彼女を先導した。
屋上へ上ると、日は沈みかけていた。ここに来た時点で午後だったとはいえ、意外にも時間は経っていたらしい。黄昏の眩い金色の空気。焼けた空に反した涼しい風が頬を撫でる。
ほとんどの遊具は最終搭乗時刻をすぎていて、残っているのは観覧車だけだった。鬼林のアドバイスでは間が持たないアトラクション第一位。しかも、一周が約十分。十分も続くような会話のネタなんてない僕としては、正直のところ避けたいものだったが、彼女の足がそちらへと向かったので、従うことにした。
低速で上っていくゴンドラに乗り、僕らは向かい合わせで座る。ゆらゆらと登っていきながらも、彼女の表情は一向に変わらなかった。
なんとなく、これが周りきったら、地上へと降りたったら、今日はもう終わりなんだろうな、と思われた。
どうしよう。喜ばせるなんて言っておいて、僕は焼野原から笑顔の一つだって引きだせていない。いまだって、僕は気の利いたことなんてなにも言えず、オレンジのマジックにかかった景色を眺める彼女を、ただじっと見つめている。
彼女は「見すぎだ」と呟いた。それでも僕は不躾にも、視線を落とすことさえできなかった。すると、彼女は僕を見て綺麗に笑ったから、僕は驚いてしまった。
「欲しいものなんて、もうなにもないと思っていたけれど、今日、お前のおかげで、気づいたことがある——この子は、自分の気持ちを、もっと考えてほしかったんだ。自分の傷つけた相手はどんな気持ちだったんだろうって、後悔して、傷ついてほしかった」
「…………」
「だって、そこまで思ってくれるのは、喜ばしいことだから」
そう言って、彼女はもう一度、綺麗に笑った。
鋭さはまろやかな弧を描き、夕日に溶けていくような、儚い様子だった。
「だから、お前が謝ってくれたとき、嬉しかった。私からも言わせてくれ。ありがとう。この子の周りがそんな優しさで溢れていたらいいのに」
それは彼女の心からの言葉だろう。焼野原戦に憑いた夢である彼女は、誰によりもなによりも焼野原を想う、焼野原自身だ。だからこそ、その言葉には悲痛な祈りが滲んでいる。希望と不安。夢見主を脅かす優しい悪夢は、決別を迫られているのに気づいていた。
焼野原を想うがためにずっとそばにいた彼女は、それでも悪性の夢なのだ。
「……邯鄲の夢。結論から言うと、このままだと焼野原は病死する」
彼女はなにも言わなかった。
全てを受け入れた顔で、僕を見据えている。
「ここ最近は、焼野原の代わりにお前が表に出ることのほうが多いだろう。それが常態化していくと、お前こそが焼野原戦となる。もちろん、焼野原は生きている。だけど、この世界に、焼野原はいないんだ。お前の守りたかった焼野原の人生は、誰にも気づかれないまま、少しずつ終わっていく。夢から覚めず、脅かされつづけた者の、なれの果てだ」
彼女だって気づいている。己が共にあることの意味以上に、己が共にあることの無意味さを。姿かたちがあるだけで、そこに焼野原戦は存在しないことを。
目覚めても、目覚めなくても、焼野原は死んでしまうのだ。彼女は、辞世の句を読むための一瞬の暇と言ったけれど、まさしくそのとおりだった。彩りのない歌を儚げな鳴き声に乗せて、消えていくことしかできない。
「お前は、こいつを生かせるかと、僕に聞いたね。約束するよ。もしも焼野原が死のうとしたら僕が止める。全力で止める。絶対に止める。だから、お前は、焼野原が生きるために、死んでくれ」
やはりとても薄情なことを僕は言ったのに、彼女の笑みは安堵を湛えていた。
「……この子を守れるのは、私だけだと思っていた。だけど、そんなことは、ないんだな。
眩しげな眼差しは、黄昏色の瞼に秘められていく。長い睫毛が影を落とした。
「お前の言葉を信じよう。この子のことをよろしく頼む。本当に臆病で寂しがり屋なんだ。夢から覚めたら、きっと心細くて泣いてしまう」
僕がしかと頷くなり、口を閉ざした彼女は、まるで穏やかに眠っていくかのようだった。ゴンドラは、もうすぐてっぺんへと到達する。上りつめるごとに閉じていく黄昏の最中さなか、囁くように、彼女は再び口を開いた。
「さようなら。目が覚めたら、これからは、貴女を生きていこうね————」
沈む夕日は、ゴンドラが最高地点に到達したころ、消え入る間際の緑閃光を放った。
かくんと、彼女の体は揺れた。そのとき、彼女の細い首から、黒いチョーカーが滑り落ちる。弾みで金具が取れてしまったようだった。まっさらな脚にそれが落ち着いたころ、焼野原はゆっくりと目を開ける。
ぼんやりとした眼差しだった。鋭さなんてどこにもない、清らかな眼差し。覚醒はひどく緩やかで、まだ意識は覚束ないのかもしれない。けれど、焼野原はあたりを見回し、その視線が膝の上のチョーカーに落ちたころ、はっきりと目を見開かせた。
そこから、瞳が濡れていくのに、時間はかからなかった。
「——う、うあっ、」
焼野原は、痛ましそうに眉を顰め、引き攣った嗚咽を堪える。
「あっ、ああぁあっ」
もたもたと宛てもなく動かされる手は震えていた。
「うっうあぁ、ああぁ! あぁあああっ!」
ふらふらと喚いて、懸命になにかを求めているように見えた。それは、彼女の言うとおり、夢から覚めた心細さに、必死に悶えている姿なのだろう。よりどころを失った焼野原の寂しさは、死に値するかと思われた。それほど、焼野原は泣きつづけるばかりだった。
僕は手を伸ばすか躊躇ったけれど、彼女の今際の言葉を思い出し、おもむろに焼野原の手を取った。鉄拳を振るっていたとは思えない、
すると、焼野原は小さく僕の手を握り返した。僕は繋いだ手を離さないまま、ただ焼野原を見守る。僕は彼女になんと言うかと逡巡し、ようやっと口を開く。
「……とてもいい夢だったね」
差しこむ黄昏の光は灼けるように眩しく、彼女が焼野原に祈ったことは、こういうことなのだろうと僕は思った。
わあわあという歓声。土を蹴る雑踏。散らばる白の体操服姿。
体育祭当日は、絶好の快晴という日和だった。
事前の打ち合わせどおり、保健委員は時間交代で二名ずつ、救護テントの席に待機していなければならない。それぞれの参加種目との兼ね合いで、都合のよろしい人間がシフト体制で配置された。僕の参加種目は、わりと序盤にある借り物競走と、昼休憩以降にある二年生の共通種目である騎馬戦のみ。借り物競走参加者の集合場所と救護テントの位置が近かったので、自分の種目の前にシフトを終えてしまおうと、僕は早めの時間帯を選択していた。
「そういえば、なんか最近、雰囲気変わりましたね、焼野原さん」
そう呟いたのは、隣の席に座る、同じシフトの男子生徒だ。五十メートル走を観戦している彼は、弓道部所属の保健委員、件の後輩である。
彼の視線は走者を追い、あるとき顔を顰める。げんなりとした声で「緑組、ビリスタートじゃん」と呻いた。そんな彼の額にある鉢巻きは、優しげなコバルトグリーン。
ちなみに僕の鉢巻きは鮮やかなコーラルレッドだ。色別対抗戦の体育祭で、我が校は、先の二色にスカイブルーとカナリアイエローを足した、計四色を採用している。
「雰囲気変わったって?」
「うん。なんか、柔らかくなったっていうか。人が変わったみたいなんです」
「前から人が変わるタイプでしょ」
「今日もトガってますねー、先輩。そういう意味じゃなくって……あっ、焼野原さんだ」
彼の視線の先を見遣る。
五十メートル走のスタートラインに、焼野原が立っていた。
動きやすいように、長い髪を二つに結わえてある。額から耳にかけては複雑な編みこみが成され、その外周に輪をかけるようにして、コバルトグリーンの鉢巻きがリボンの如くあしらえられてある。女子がよくする独創的な結びかただ。
「焼野原、五十メートル走なんだ」
「運動部並みに走れるらしくって、クラスの女子に推されて」
ピストルが鳴る。駆けだした焼野原は、誰よりも早く、トップスピードに乗った。他の追随を許さない圧倒的な速さ。美しいフォームを維持したまま、ゴールテープを切った。彼は「おっ、一位」と漏らして、小さくガッツポーズをする。僕は焼野原を見つづけていた。
「……元から彼女は焼野原なんだから、あんまり変わらないな」
「え。先輩なにか言いました?」
「ううん。なにも」
「まあ、赤組だって、ここから巻き返すんじゃないですか? 知らないけど」
僕が自分のチームの負けを愚痴ったと思ったのか、彼はどこか慰めるように言った。事実、コーラルレッドの鉢巻きは、最後尾にいることが多かったので、このペースでいくと負け確である。勝敗に関してはわりとどうでもよかったが、僕は適当に調子を合わせることにした。
しばらくすると、交代の時間がやってくる。僕の出る障害物競走は次の次の演目で、そろそろ招集がかけられるはずだ。
「お疲れさまです」
僕が席を立ったとき、背後から声をかけられる。
振り返ると、焼野原がいた。
五十メートル走が終わった瞬間に、急いでこちらへ向かってきたのだろう。その息は上がっていて、肩もわずかに上下していた。ほんのりと汗を掻く首筋に黒いチョーカーはない。あの日以降、焼野原がそれをつけてくることはなくなっていた。
僕は「お疲れ」と返す。隣にいた彼も、少しだけ硬い調子で「五十メートル走、お疲れさま」と声をかけていた。焼野原は「ありがとう」と答えて、入場門のほうを指差す。
「借り物競走、点呼はじめてました。先輩はそろそろ言ったほうがいいと思います」
「ああ、うん、わかった」
僕がそう言うと、彼も席を立ち、「じゃあ、よろしく」とテントを去っていった。僕はそれを見送りながら、焼野原に言う。
「あいつ言ってたよ。焼野原が変わった、柔らかくなったって」
「まあ……そうですね」焼野原は小さく頬を掻く。「前までは、傷つけられるのが怖くて、ずっとあの子に頼ってましたから。正直、まだ少しだけ、夢見心地ですけど。一度死んで、また生まれ変わったようなのに、私はまだ生きていて……なのに、あの子がいないのが、本当に儚くてあっけなくて」
「実際は、お前は夢から覚めていて、ここが現実なんだけどね……邯鄲の夢は、火にかけた粟粥がまだ煮上がっていないほどの束の間の夢だ。儚いのもあっけないのも無理はない」
夢から覚めた焼野原は、夢を見ていたころよりも強くなった。話し声は少し大きくなり、言い淀むことが減った。鋭かった目は柔らかさを帯び、落ち着いた雰囲気をまとうようになった。獰猛な獅子でも、孤高の虫でもない。ただの一人の少女になったのだ。
「まだ死にたいとか思ってない?」
僕が焼野原に尋ねると、焼野原は苦笑した。
「私、本当は、たぶんもうずっと、死にたいなんて思ってなかったと思います。たしかに、あのときの私は、私を傷つけた彼らも、それを見過ごした先生も、みんな酷くて嫌になった。だけど、死にたいって泣きついた私に、あの子が言ってくれたんです——大丈夫、私がいる。私たち一人だけで生きていこう、って」
なんともあの虫のいいそうな言葉だと思った。焼野原の心を支え、守りつづけた、あの気のいい虫らしい言葉だと。ここまでくると、獅子でも虫でもなく、騎士のようだ。彼女がいたからこそ、焼野原は生きてこれたのだろう。
「……お前に、そんな夢を見せてくれた、あの虫がいなくても?」
僕が重ねた問いかけに、焼野原は口を開く。
「人生です」
ぱちくりと目を瞬かせた僕に、妖精と見紛う清らかな微笑みを、焼野原は浮かべる。それは彼女の最期によく似ていた。噛みしめるように、焼野原は続ける。
「あの日、死ぬつもりだった私を生かしてくれたのは、あの子なんだ。そればかりか、二度も助けてくれた。先輩。夢じゃない……あの子は私に、人生を見せてくれたんです」
その鮮やかさに、僕は瞠目する。
——ああ、ここだ。どこにもないと思っていた焼野原の喜びは、ここにあった。
ひどく透きとおっていて、儚くて、けれど、見つけてしまえばこんなにも鮮明だ。きらきらと光る生気が宿っている。その尊い色を、僕は目に焼きつけていた。
「人生だから、死ぬまで覚めない。ちゃんと生きます。でも、忘れちゃうと寂しいから、あの子のことは、一生の思い出にします」
できることなら、この情景を彼女にも見せてやりたかった。お前が夢見たことは現実に起きているのだと。惜しまれるほど、喜びはすぐそばにあったのだと。己では喜びをあげられないと、そう鳴いたお前こそが、焼野原にとっての喜びだったのだと。
そばにいるだけではわからないことが切なくて、見つけられなかったのがたまらなくて。僕はそれだけが悔しかった。わかったかもしれないのに。見つけられたかもしれないのに。そこに、喜びの色があることを。
——気づいたのだから、僕はまだ間に合うだろうか。
始まった借り物競走。ピストルの音が鳴った途端、最前線から駆けだしていく。熱気と火薬の匂いを脱ぎ捨てるように走り、係員の持つ箱に手を突っこんで、僕は一枚の紙を取りがした。
この演目では、競技者が困らないよう、グラウンド内で借りられる程度のものしか指定してこない。しかし、掴んだ紙の文字を確認してみれば、競技者は困ったような表情で足を止めた。御多分に洩れず、僕も若干困っていた。他の競技者は徐々に散らばって、目当てのものを探していく。僕はそれを眺め、意を決するように駆けだした。
グラウンドの外周に並ぶ観客席の、自分のクラスの塊を目指す。クラスメイトは一直線に駆けてくる僕を見つけて、「なになに」「なにが出た」と身を乗りだしている。協力的なクラスメイトでよかった。僕は息を整えながら尋ねる。
「鬼林っている?」
鬼林はほかのクラスメイトに押されるようにして「えっ、俺?」と前に出てきた。
僕は鬼林に紙を見せる。
「僕と一緒に来て」
友達——そう書かれた紙を見て、鬼林は目を見開かせた。硬直し、僕をじっと見つめている。整えようとしているはずなのに、僕の脈拍は上昇した。走ったからではない、嫌な感じの汗を掻く。僕は鬼林の答えを待ちながら、全身の熱を感じていた。
しかし、鬼林が答えるよりも先に、背後にいたクラスメイトが「いいから行け!」と鬼林の背中を押した。責めたてるような声に急かされて、鬼林は僕の目と鼻の先に立つ。
クラスメイトに囃されるがまま、僕は一も二もなく、鬼林の腕を引いていた。
「お前が真っ先に思い浮かんだんだけど、そう呼んでいいのか、許してくれるのかわかんなくて、だから、話しかけていいか困ってた」僕は続ける。「今日だけじゃなくて、たぶん、毎日」
「……たぶん?」
「僕は自分の感情に自信がない。だけど、それじゃあ切ないし、たまらないよな。だから、答えを出すことにした」
鬼林は僕の隣に並んだ。らしくない声で、「枕部さあ、」と呟く。
「俺といて、楽しい?」
「お前の腕を引いて走ってるのが、僕の答え」
ややあってから、鬼林の口から「……は、ははっ」と笑い声が漏れた。その声は次第に大きくなっていき、足はどんどん速くなっていく。僕も追いつけないほど速く。いずれ腕を引いているのは、僕ではなく鬼林になった。
「はははっ、あは、ははははは!」
「ちょ、待て、鬼林、転ぶ転ぶ」
「あははっはははは、ははっ! 走れ、枕部! 俺を借りておいて、一位も取れないなんてないからなー!」
僕と鬼林は全速力でグランドを駆け抜けた。狂ったように笑う鬼林をみんなが目で追っていたけれど気にならなかった。ただ、どうしてだか頬が緩んで、景色は目まぐるしくて、鮮やかで、僕は驚いていた。
本当に、驚いていた。
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