第113話 奇襲と逃亡と
目が覚めた時、周囲は完全に暗闇に包まれていた。少し離れた広場の中央には、一応
それどころか、すえた臭いの檻のような場所に放り込まれていたようだ。俺はゆっくりと体を動かして、自身のダメージ具合を窺ってみる。
うん、大丈夫だ……夢の中の治療と、それからスレイの破壊工作は完ぺきだった模様で。こっちの元の世界の
これで俺のスキルは、全て元通り使用可能な訳だ……試しにとキャシーお嬢さんを呼び出すと、その召喚魔法は無事に作動してくれた。
ジェームズとサユリさんも、どうやら無事について来てくれている様子。
その法則は良く分からないけど、俺と一定距離を離れてもパスの繋がりで追って来るのは可能みたいだ。それが《人形使役》のお陰なのか、《魂魄術》のせいなのか。
どちらの作用かは良く分からないが、そんな特性が従者人形の2体にあるのは確か。ひょっとしたら、シルベスタも《空間収納(中) 》に入れて持ち運びする必要も無いのかも?
その辺は定かではないが、危険を冒して実験するつもりは俺には無い。そんな訳で、新生シルベスタに収納から出て来て貰……う前に、この狭い牢屋から出るべきだな。
少しずつ、目が暗闇に慣れて来た。周囲には似たような牢屋が、野外に設置されている。つまりは掘っ立て小屋のような、見世物小屋のような感じだろうか。
ここの鍵も、壊すかスキルで開ければ外には出れるな。俺の持ってるスキルで、確か《鍵開け》なんてのがあった筈。一度も使った事は無いけど、これで行けるか?
いや、スキルがあっても道具と言うかツールが無いと無理かな……とか思いつつ試しにセットしてみたら、何とその鍵開けツールが魔法で出現してくれた。
スキルって、予想以上に便利で毎回ビックリするよな!
「おっと、何の知識も無いけど無事に開いてくれたな……これで脱出は成功、後は逃げる準備を整えるだけってね」
何て軽口を呟きながら、俺は周囲を抜け目なく観察する。幾ら敵が油断していても、50人以上の数がいるのだ。見付かると圧倒的に不利なのは、言わずとも知れた事。
俺の後ろから、ジェームズとサユリさんも一緒に抜け出した模様。それから何故か、隣の牢屋を暫し気にする素振り。その後すぐに、敵の本拠地の方へと移動を始めて。
どうやらここを脱出する前に、2人して俺の盗まれた装備を取り返す算段をしてくれるみたい。なるほど、あの2体なら気付かれずに奴らの本拠地に潜入出来そう。
それより、隣の牢屋に何かあるのかな……気になると言うか、もし誰か閉じ込められていたら不味いな。下手に騒がれでもしたら、こちらの脱出計画が狂ってしまう。
そんな事を考えつつ、俺は隣の牢屋を覗き込む。
そして束の間、横っ面を張られた様な衝撃に襲われてしまった。思わず口に手を当てて、飛び出そうになる悲鳴を塞がねばならない事態に。。
そこにいたのは、同郷の斎藤先生だった。向こうから出て行けと言われて、それ以来の再会がまさかこんな形とは思わなかったけど。
こちらも半日も馬に引き摺られて、服はボロボロで酷い有り様だけれど。向こうも酷い有り様、と言うかこれは慰めモノにされた後のような……。
まぁ、野蛮な連中なのは分かってたけど、女性が捕まるとこんな目に遭うリスクは当然高いよな。こんな姿を見せられて、さすがの俺もざまぁなんて感情は湧いて来ず。
慌てて先生の牢屋の鍵も外すけど、向こうは何と言うか魂が抜けたような状態で。静かに呼び掛けるも、反応する様子はまるで無い。
いや、下手に身体に触ったのが不味かったのか……暴れるだけならともかく、騒ぎ声を上げられそうに。俺は救出を諦め、素早くその場を立ち去る事に。
心の壊れた同伴者を、連れて回る程にこちらにも余裕はないのだし。
そもそも同伴者には、盛大に裏切られたばかりだしな。これから向こうに見える拠点を襲撃する予定だが、もしマホロバが巻き込まれても俺は何の
冷たい奴だと
建物の暗闇伝いに移動すると、キャシーがひょっこり戻って来た。どうやら
さて、それじゃあ夢の中で練っていた作戦に取り掛かろうか。連中がされて嫌な事は、財産である馬を失う事、それから部隊への損失だろう。
それを同時に行えば、間違いなく奴らはパニックになる筈。
「さて、夜中のパーティを始めようか……盛大にやろうぜ、シルベスタにベル」
ベルを召喚するのは、随分と久し振りな気もするな。何しろ《召喚魔法》を封じられていたし、ベルは巨大蛙なので使い所が難しいって欠点もある。
とは言え、今回は足止め&不意打ち要員に存分に働いて貰いたい。召喚獣は例え倒されても、時間を置けば再召喚が可能ってのが最大の利点である。
つまり俺が逃げてる間、この場で思い切り囮になって引き付け役に徹して貰える訳だ。しかし、そんな巨体のベルに負けず劣らずの大きさになっちゃったな、シルベスタの奴。
暗闇の中では良く分からないけど、その姿は世々鎧を纏った竜形態である。ますます頼りになる容姿になってくれたけど、その戦闘能力は
楽しみなような、ちょっぴり不安な気分。
とか思っている内に、うちの働き者のキャシーはどんどん事を進めていてくれていた。どうやら厩にも歩哨はいたようで、その亡骸を指し示すお嬢さん。
首元をパックリやられており、恐らく背後から奇襲されたのだろう。可哀想だとは思わない、コイツ等は人を平気で奴隷扱いする連中なのだ。
自分もされてみて、存分に反省する機会が無いのは残念だと思うけど。まぁその辺は、来世での課題として持ち越して貰えればそれで良い。
それより厩って、派手に燃えそうな
これで慌ててこちらにやって来る奴らを、一網打尽にしてやる予定。少なくとも陣営をボロボロにしてから逃げないと、背後が気になって仕方がないからな。
この辺を燃やしても、斎藤先生のいる檻の方は平気だろう。俺はそっと厩舎らしき屋根の上へと上がって、周囲の地形を頭に叩き込みながらそんな事を考える。
それから逃げる方角も、キッチリと定めておいて。
上手い事にワープゲートがあってくれればいいんだけど、そこは運に頼るしかない。それより歩哨の数は、思ったより少なくて助かるな。
ってか、篝火の側にいた見張り番はやけにクタッとしてるなと思ってたけど。どうやらサユリさんが、得意の殺人術で行き掛けの駄賃と始末してくれていたらしい。
怖いと言うか頼りになると言うか、さすが殺人ドールである。しばらくそうやって、厩舎の屋根の上で気配を殺して待っていると、待望のパスでの合図がもたらされた。
何と言うか、この新たに覚えた感覚は心をくすぐられるみたいで少々慣れないな。あっ、そう言えば……忘れていたけど、召喚獣の3体目の呼び出しが可能になってたんだっけ?
あれこれ酷い目に遭って、完全に失念していたよ。
「おおっ、相変わらず派手だな……隠密中だ、頼むから目立ってくれるなよ、
大型の鳥の姿の雛十郎は、口をパクパクさせてやや不満顔。主人に忘れ去られていた事を、或いは抗議しているのかも知れないけれど。
そう言えば、コイツのスペックを俺はほとんど知らないな。静香の奴も、確か2体目の召喚獣は鳥タイプだった筈だけど。戦闘特化には見えないし、偵察とかそっち系の使役獣かな?
そんな俺の胸中を察したのか、雛十郎は任してくれと言わんばかりのアピールを始めた。つまりは仄かに羽根が光を発したかと思ったら、それは燃える炎となって。
いやいや、こんな夜中で潜んでいる最中に、目立つ事はしてくれるなと俺の必死の訴えに。彼は反省する素振りも無く、だって向こうも燃えてるジャンと言わんばかりに視線を逸らす。
あっ、本当に奴らの就寝拠点から炎が上がってるよ。
どうやらジェームズとサユリさんは、上手い事混乱の火種を巻いてくれた模様。それを目にして、俺は他の従者たちにもゴーサインを送る。
精々派手にやって、出来れば追手の数を減らして欲しいのだけど。復活が不可能なジェームズ達には、当然ながら無理はさせられない。
俺の方だが、脱出したジェームズとまずは合流するかな? とか思っていたら、隣の雛十郎が炎を纏って空を派手に飛び始めた。同じく、竜形態のシルベスタもそれに続く。
そして2体揃っての、派手な炎のブレスが奴らの拠点に炸裂する。それを見て思わず呆け顔の俺、マジに竜の性質を受け継ぐシルベスタを驚き顔で眺めやる。
雛十郎に関しては、何となく火の属性かなって思ってたけど。現にさっき貰った炎の羽根が1枚、これで厩に火をつけてから逃げる予定の俺である。
罪のない生き物を殺すのは抵抗があるけど、そんな事は言ってられないよな。出来れば奴らの慌てふためく姿とか、俺の設置した罠に嵌まって行く姿を眺めたかったけど。
時間は有限だし、もう逃げるべきかな?
悩んでいたら、ジェームズとサユリさんがやたらと生きの良い馬を1頭曳いて来てくれた。至れり尽くせりだな、ちゃんと鞍までついてるよ。
いや、俺は馬なんて乗った事無いけど、ここは有り難く活用すべきか。馬の方は、この状況について行けずかなり興奮しているようだけど。
或いは仲間が、人知れず殺されているのに気付いてしまったか。どうやらキャシーとベルが、俺が事前に練った作戦を忠実に実行してくれている模様。
色々と最悪のパターンは頭をよぎるが、ここから距離を取る事が最大の為すべき案件なのだ。それには馬を使うのが、確かに手っ取り早いには違いない。
そんな訳で、俺はステータス任せにその馬に飛び乗る。
馬はかなりの巨体で、その背中は台座か何かが無いととてもじゃないけど届かない。それを強化されたステータスで飛び乗って、同時に従者2体を引っ張り上げる。
手綱を持っていたジェームズとサユリさんは、簡単にそれに従ってくれた。そして巧みな手綱さばきで、不意に俺の乗った馬は早駆けに移行する。
俺は慌てて、何とか振り落とされまいと必死。操るのは従者2体に任せて、とにかく行き先不明の暴走には我関せずの構えを貫く。
その時、風に乗って夜の闇の中、ようやく野蛮な怒声が俺の耳に届いた。どうやら騎馬隊の拠点は、俺の目論見通りに大騒ぎとなっている際中らしい。
その哀れな様を眺められず、本当に残念で仕方がない。
俺の疾走には、いつの間にか竜形態のシルベスタも並走していたようだ。いや、どうやら闇夜の中での馬の早駆けには無理があったようで。
どうやら俺の乗っていた馬は、何かに足を取られて派手に転倒してしまったらしい。その衝撃は、乗ってる俺もモロに受けて悲惨な状況に。
やっぱり、自身の受けた仕返しとは言え、悪い事はするモノじゃ無いな……俺は意識
そんな情けない主を、救ってくれたのはやはり従者たちだったらしい。ゴツゴツした背中に乗せられて、俺の身体は再び暗闇の中を移動して行く感覚が。
その頃には、俺の意識はほとんど途絶えてしまっていたけど。
ワープゲートを潜ったのかさえ曖昧で、とにかく夜通しの移動は何とか果たされたようだ。それも俺の事前に立てた計画の内とは言え、従者たちは良く頑張ってくれた。
その先の安全はトンと分からないけど、まぁ1つの脅威からは無事に距離を置く事が出来た訳だ。その次の事は、また夢の中ででも考えれば良い。
――まぁ、その余裕があればの話だけど。
マイナスからの成り上がり ~異世界バトルロイヤルは神様からのオーダー!?~ マルルン @marurunn
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