第112話 紫炎の陣営の騎兵団



 意識の覚醒は、俺にとってある意味厄介だった。何しろそれは甚大な痛みと、それから天地が引っ繰り返っているんじゃないかって混乱を引き連れて来たから。

 混乱の元は、数十の騎馬の発する蹄の音だった。全速力では無いが早駆けをしており、その振動は物凄いモノとなっている。有り体に言えば、俺は引きられていた。


 しかもまるで罪人の様に、両手を縛られて馬に引き摺られていたらしい。痛みの原因はつまりはそう言う事だ、頭を殴られた後遺症を案じている暇などありゃしない。

 俺の背中は、地面との摩擦で酷い状態になっており。どうやら装備も全て盗られているっポイ、一体何度目だと呆れる感情が湧き出て来るけど。

 それはすぐさま、鋭い痛みに取って代わられて。


「ぐっ、あっ……がああっ!!」


 悲鳴が堪らず、俺の口元から漏れて荒野へと響き渡る。しかしそれも、数十の騎馬の行進音に阻まれて、誰の耳にも入らず仕舞いだった模様。

 つまりは、馬の速度には何の変化も見られずの結果に。何でこうなったと、俺は忙しなくこの状況の分析に掛かる。とは言っても、痛みに邪魔されてろくに思考にならないけど。


 とにかく俺はマホロバの要請に従って、奴が部族の元へと戻る手助けをしてやっていた。それから下層へと辿り着き、そこで恐らくは“紫炎の陣営”の出迎えと遭遇して。

 それでめでたしメデタシとなれば良かったのだが、その騎兵団は見た目の通りのならず者集団で。恩人である俺をぶん殴って、こうやって拉致ってくれた訳だ。

 恩知らず、ここに極まれりと来たもんだ。


 痛みに嫌な汗を掻きながら、俺は次にその解決策を講じ始める。何とか視線を巡らせると、俺の身体は最後尾に位置しているらしい。つまり、戒めを解けば自由の身だ。

 相手に気付かれるのにも、少しは時間を稼げるだろう。何しろこっちには、スキルもあれば頼りになる召喚獣もいるのだ。自由にさえなれば、反撃の手段は幾らでもある。


 などと思っていたが、どうやら俺の両手に嵌められているかせは特別製らしい。それとも別の手段でもあるのか、とにかく俺のスキルは全く何の反応も示さず。

 またこのパターンかと、俺は自分の意志に関係なく引き摺られ跳ね回りながら諦観ていかんの構え。どうやらある程度、スキル封じについてはどこの部族も手段はあるらしい。

 嫌な風潮だが、まぁ強力だけにそれに講じる必要も出て来る訳で。


 新参者の“白の陣営”の兵士は、実は意外と嫌な感じに他陣営にマークされているのかも。そんな推測は、今の現状では何の助けにもなりゃしない。

 今の俺には、上がりそうになる悲鳴を必死に我慢しながら、この死の行進が終わるのを待つくらいのモノ。しかし馬の速度は、一行に減じる気配もなく。


 ようやく止まったのは、どうやら1度目の休憩時間らしかった。俺を曳いていた騎馬隊員は、ボロボロの俺を見定めても何の反応も示さず。

 まるで蹄で引っ掛けた、蟲の死骸を見るような表情で素通りして馬の世話を始めている。逆に馬の負担が増えて、忌々しそうなのは腹が立つけど。

 こちらからは、何の逆襲も出来ないのが辛い所。


「馬の休憩が終わったら、後は仮の拠点まで休みなしで飛ばすぞ! 各自、馬の世話は決して怠るなっ!」

「あなた達よりも、馬の方が遥かに大事ですからね……手入れをサボって馬を失う事があれば、あなた達の足をへし折りますよ」


 物騒な言葉が響いて来るが、こちらとしてはそれどころでは無い状況だ。何とか今の内に、この枷から脱出する方法を探し出さないとピンチ。

 今でさえ、特に背中は大根のおろし器に掛けられたような状態なのだ。これ以上の苦行は、うっかり悟りがひらけてしまうからパス願いたい。


 しかし、かなめのスキルが全く使えないとなると、ここからの脱出の術が全く無いって事になってしまう。体力も、それから気力も既にボロボロ状態なのは言うに及ばず。

 そんな感じで、考えがまとまらない内に騎馬団は再び全員が馬に飛び乗って行き。無情にも、俺は新婚カップルが車の後ろに付けるガラガラ缶と成り果てる。

 勝手に悲鳴は上がってしまうが、それを気にする者は存在せず。


 幸いだったのは、あまりの激痛に途中から意識が完全に飛んでしまった事だろうか。いや、激痛によって度々覚醒するので、ずっと意識の外に追いやる事は不可能なのだけど。

 それでもずっと、このガラクタ扱いを意識せずに済むのは有り難かった。例えその後で、酷い激痛に苛まれる事が分かっていたとしてもである。


 そんな状態が、恐らくは数時間ほど続いたのだろう。気付いたら、騎馬団の進行はいつの間にか止まっていた。そして俺は枷を付けられたまま、大きな杭に吊るされていて。

 まるで奴隷の扱い、いやその認識は大きく外れていないのだろうけど。


 俺の前を、マホロバが通り掛かって何か話しかけていた気もするけれど。朦朧とした意識の中、その言葉を完全に呑み込む事は不可能だった。

 ただし、その後に通り掛かった傭兵崩れのような男が、俺に向かって唾を吐きかけたのは一生忘れない。必ず仕返ししてやると、俺の反骨心がさっそく疼き始めている。


 そう、こんな状況なのに俺は巻き返す気満々だった。正確には、必ず逃げ出してやると心のどこかで囁きを繰り返す程度だけど。この程度の逆境なら、何度も乗り越えて来たのだ。

 例え現状で、その手段に思い至らなくてもそんなの関係ない。お前らみんな覚悟しておけと、呑気に建物に入って行く連中を薄めでぼんやり眺めながら。


 ――俺は再び、意識を失って行くのだった。




 気が付いたら、すっかり馴染みとなった夢空間で倒れていた。側にジェームズの動き回る気配、どうやら甲斐甲斐しくも俺の看病をしてくれているみたい。

 そのお陰なのか、背中の焼けるような痛みも幾分か和らいでいた。瀕死状態だったさっきまでの事を思えば、何と素晴らしい回復具合だろうか。


 これもこの夢空間と、それから《空間収納(中) 》のお陰だろうか。連中に装備は盗られたけど、さすがに魔法の収納庫の中身までは手を付けられて無かったようだ。

 そこから自力で抜け出した、ジェームズも凄いけど……おっと、サユリさんも一緒にいたようだ。それからスレイも、俺の目の前で何かしている。

 いや、どうやら俺の手の枷を侵食中のようだ。


 これには驚いた、俺の両手の自由を奪っている枷に乗っかったスライムのスレイが、じわじわと枷を溶かしている。器用に俺にダメージを与えないよう、細心の注意を払いながら。

 それはほぼ成功していて、中央の鍵穴付近は既にボロボロの状態と成り下がっていた。うわぁ、少し前までただのチビスライムと思ってたけど、何と凄い利便性を持つ子に!


 そんなスレイは、出会った頃は小指の先の大きさしか無かったと言うのに。今や俺の両掌ほどの大きさまで成長して、色合いも透明な紫色でとっても綺麗。

 その中身がシュワシュワ言ってるのは、恐らく溶解活動中だからなのだろう。いやしかし、たった1Pの《餌付け》スキルからこんな逆転劇が生まれるとはっ!

 つまり、やっぱりこの枷が俺のスキルを封じていたらしい。


 ジェームズとサユリさんと、いつも感じている繋がりも今はとっても曖昧だしな。それでも世話してくれた2体には、本当に感謝しかない。

 そんなジェームズが、俺の前に何かを差し出して来た。どうやらポーション瓶のようだ、近くには使用済みの瓶が、何本か空になって転がっており。


 俺の背中にぶっ掛けて、気絶中に応急処置をしてくれていた模様。ついでに口に含んで、HPを完全に回復してくれとのお達しなのだろう。

 俺は言われるままに、それを喉の奥へと流し込む。


「ふうっ、本当に助かったよ……ジェームズにサユリさん、本当にありがとう。おっと、スレイもな! どうだ、この枷を溶かせそうか?」


 作業中のスレイはプルッと可愛く震え、任せておいてと言わんばかり。ちなみにいつもの夢空間は、俺が長時間の拷問に遭っていたせいか酷い有り様。

 いつも昏い空だが、今は赤みを帯びた閃光が絶え間なく空を行き交っていて。生温かくも重い空気が、怠惰な通行人の様に周囲にたむろっている。


 そして夢魔の群れも、こちらのピンチをどうやってか嗅ぎ付けたのだろう。俺が順調に成長してからは、全く襲撃の類いは途絶えていたと言うのに。

 今回は徒党を組んでの、憂さを晴らすような襲来があったらしい……結果に関しては、俺の従者たちに見事に返り討ちに遭ったようだったけど。

 その点も感謝だ、もちろんこの《夢幻泡影》の空間にも。


 この一見不気味なエリアが無かったら、仕切り直して逆襲なんて恐らく不可能だったしな。何しろ俺を拉致った集団は、この反撃を毛ほども気付いていないのだ。

 とにかく今の内に、反撃の手筈を整えて行かないと。取り敢えずスレイの作業が終わったら、改めて体調を確認しておかないと。そして手駒もついでに、召喚可能か確認して。


 ガーゴイルのガイルはまだ無理だが、《召喚魔法》でキャシーとベルを呼び出せば戦力は増強間違いなし。おっと、そう言えばシルベスタも破損して回復待ちだっけ。

 手痛い損失だが、それは仕方がない……接着が弱くて、戦っている際に壊れましたじゃ彼が不憫ふびん過ぎる。安静にしておく時期は、とことんそうしておかないと。

 休養は大事だ、それが次への活力になるのだから。


 そんな事を思っていると、どうやらスレイの侵食作業も終盤へと差し掛かった模様。ジェームズとサユリさんも、その様を熱心に覗き込んでいる。

 まるで応援しているみたいだが、俺の従者同士に何らかのパスが繋がっているかは不明である。ありそうな気はするんだが、確かめる術もないしなぁ。


 とか思っていると、鈍い音がして俺のスキルを封じていた大振りの枷はゴトッと地面に落ちて行き。これでようやく自由の身だ、短かったような長かったような。

 うん、架空スマホも復活したし、ステータスやスロット欄も弄れるようになってくれた。俺は取り敢えず《召喚魔法》をセットして、キャシーお嬢さんを呼び出してやる。

 それは見事叶って、これで反撃の狼煙のろしが上がった感じ。


 しかしまぁ、俺の装備は再び奴らに盗られてしまったな……建物に火でもつけてやりたいが、その前に取り返せる分だけでも取り返したい所。

 作戦は大事だし、段取りは従者を含めて綿密に立てておきたいかな。相手はかなりの人数がいたし、かなりの手練も中には混じっていた気もする。


 幾ら不意を突いたとしても、一方的に蹂躙するのはまず無理には違いない。奴らが寝静まった頃に建物に火でもつけて、騒ぎに乗じて逃げ出すのが良いだろう。

 おっと、奴らが大切にしていた馬も逃がすか始末してやりたいな。馬に罪は無いだろうけど、高機動で追って来られたら逃げ切るのは不可能に近いし。

 何より大事なのは、やはり自分の安全に他ならず。


 そんな感じで作戦を考えていたら、ジェームズが何やら騒ぎ始めた。どうやら何かの気配を察知したようだけど、それが何かまでは俺には分からない。

 そんな従者は、俺を2つの塔の端にある緊急の物資置き場へと俺を導いて行く。そこには確か、治療中のシルベスタのボディが安置されていた筈なんだけど。


 果たしてシルベスタは、ジェームズが襤褸ぼろ切れで作ったテントの中に鎮座していた。しかしその姿は、俺の記憶にある形状とは一線を画していて。

 何と言うか、ジェームズの教えに従って与えた『竜の心臓』が派手に効果を及ぼしたのか。その形状は、鎧を纏ったドラゴンと言った感じ。


 首はぐっと長く伸びて、兜の部分も竜の顔そっくりに。背中からは金属製の竜の翼に似たモノが生えており、手足はやや縮んで胴体の大きさが目立っている。

 まさかこんな事になってるなんて、毎日チェックしていたのに全く気付かなかった。いや、恐らく変化は今日の俺のいない間の一瞬で起こったのだろう。

 それにしても、意表を突かれてしまったなぁ。


「おおぅ、シルベスタ……随分と様変わりしたな、それは本人的に大丈夫なのか?」


 そして俺の呟きに応える様に、ゆっくりと動き始める新生シルベスタ。思わぬ新戦力の登場に、戸惑ってしまうけどこれって大丈夫なのか?

 どうやらシルベスタが負った怪我は、完治した模様でその動きはスムーズだ。ってか、以前より明らかにパワーアップしている気も、何しろ与えたアイテムがいわく付きだし。


 ところがジェームズは超ご機嫌で、弟分によじ登って肩の上でガッツポーズ。それから俺に向かって、新生シルベスタを猛アピールして来る。

 つまりは、コイツは戦力になるぜ的な。





 ――それならいいけど、果たして本当にそうなのか?






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