第3話 林司は香蓮の召使い?

 ガチャリ

豪華な家の扉が開け放たれる。

「うわぁ・・・・・」

そこはいかにも豪邸といえるもの――というわけではなかった。ただのグルメヲタク

の部屋のようだった。

「どうぞ、座って」

香蓮に促されて、ソファに座った。ソファは餃子型だった。金魚が泳いでいる

丸い台はシューマイをモチーフにしたっぽい。

「改めて言うけど私ね、料理音痴なんだ」

改めてって、そんなこと、いつ言われたのだろう。

「へぇ。食べることは好きなんだ」

「やけに馴れ馴れしく言うのね」

何だよ、さっきは敬語はやめろと言ったのに。

「それで、太らないんだ?」

「失礼。これでも運動は得意なんだよ?」

またまた意外。なんの運動をしているのだろう。

「ねえ、何の・・・・・」

「もう質問はうんざり。早く作って」

さっき、何でも聞けって言っただろう。


てなわけで、林司は無駄に豪華な厨房に足を踏み入れた。

「無駄にでけぇ」

「いいじゃないの、別に」

いや、1人暮らしで料理音痴、外食ばかりしている人にこれはいらないだろう。

「で、何を作ってほしいんだい?」

「ん~、そうね。私が好きな豚骨ラーメンで」

「了解、今から作るね」

思ったより早く敬語卒業を果たした僕と、香蓮の会話は夫婦のようだった。

そこから、いつものようにチャチャっと「“超々”豚骨ラーメン」を作った。

「はいよ」

「ありがとう。美味しそう。それじゃあ・・・・・いただきますっ!」

言葉早くいただきますを言うと箸を持ってラーメンをすすり始めた。


「ごちそうさま。美味しかったよ」

「そうか」

「でも、麻婆豆腐がやっぱ最高だったなぁ」

「ふーん」

「ねえ、もっと行けるよ、林司君。これを作っただけでバイバイは言えないよね」

「ああ・・・・・・・」

重圧だった。ただただ重圧だった。3秒ほどで言い終わったこの1言が30㎏の

重りのように感じた。

その日は香蓮の家に泊まった。というよりも、泊まらされた。


 翌日——

「おはよう」

布団を軽々とあげると、彼女はまだ寝ていた。時計をチェック

すると、「AM・04:24」と表示されていた。

早いこと食べていく人が多い店なので、5時半に開店だ。そのため、店員はみんな

早起きだ。それが今も根付いているらしい。

「スースー・・・・・林司・・・・・私あなたのことが・・・・・」

?!好き?!

何、まさかまさか。最高級美食家が僕のことを好きとでも言うと思うか?あの料理

のウラは真っ暗だってのに?!


それから、約3時間後・・・・・AM・07:35に香蓮は起きた。

「遅かったな」

「そんなことない・・・・・これがいつも通りでしょ・・・・・」

「僕は3時間前から起きてた。リュックサックから小説取り出して読んでた」

「小説読むんだ。漫画ばっかに見えるけど」

「バカにすんな」


というわけで、朝は回鍋肉と八宝菜、黄金の卵スープを作った。そして、上品な

木製のテーブルで向かい合って食事だ。

パクパクパクパクパクパク

ガツガツという食いしん坊のような擬音ではない。行儀がいいパクパクの20倍速

ほどの速さで、食べきった彼女は

「お代わり」

てなわけで、僕の料理まで取られることになったのだ。


それからというものの、香蓮からの命令は20ほどあっただろう。


「布団をたたんで」

「着替え運んできて」

「洗濯やって」

「皿洗って」

「歯磨き手伝って」

「金魚に餌あげて」

「植木に水やって」

「テレビつけて」

「リモコンで音量上げて」

「チャンネル変えて」


・・・・・・・もういいって。皿洗いとかならまだしも、テレビの操作や歯磨きまで

任せてくるのだから。僕は香蓮の召使いになるために来たんじゃない。これでは

召使い・・・・・どころか奴隷ではないか。

ああ、どこかにいる「現代リンカーン」よ。誰か奴隷解放宣言を・・・・・!

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