田原総一朗令和4年お見合いへの挑戦

シュー栗

田原総一朗先生とのお見合い 前篇

「こんばんは、田原総一朗です」

「え、まだ明るいのに」

 今は初夏の午後4時。思わずそう口に出してしまった。

「そんなの、どっちだっていいんだよ!」

突然、怒られてしまう。ここはお見合いの席。私は昭和54年1月に結婚し、平成元年に離婚。それ以来、ずっと独身だった。いわゆるバツイチというやつ。子供はいなかったので、比較的、自由に暮らしてきたと言える。

「今は夕方だから、すぐ暗くなるだろ。こんにちは、と一度あいさつしても暗くなっったら、もう一度、こんばんは、とあいさつし直さなければならなくなる」

「合理的な理由があるんですね」

おずおずとそう言うと

「そう! よくわかるね」

と目の前の私を指さして大きな声で。

怒ってはいなかったようで、少し安心。


「で、趣味はなに?」

「え、趣味ですか?」

「何を言ってる!」

机をドンと叩かれる。

「君は見合いに来てるんだろう。一番当たり前の質問じゃないか」

「すみません・・」

聞き取りずらかったので、と言おうとしたが、また怒られると困るので

「考え事をしていました」

「何! けしからん」

どっちにしろ、怒られることになる。

「読書です・・」

「読書と言ったってね、たくさんあるんだよ!」

「は、はい、最近、政治に興味を持っていまして」

「ほう」

「元NHKの池上さんのご著書とか・・」

田原さんがかすかに「え?」という顔をされた気がした。

あー、私としたことが。

「もちろん、田原先生のご著書も」

そう答えると、間髪入れず

「そう。僕の本も!」

私を指さして、にっこりされる田原さん。

「池上君は、たくさん本を書いているから。僕もね、こんなに忙しくなければ、もっと本を書けるんだけどな」

「そう思います。でも池上さんもご多忙な方だと思いますけれど」

そう答えると、少し顔を曇らせる田原さん。

しまった、皮肉を言っているように聞こえたかも。


「で、どの本を読んでくれたの?」

 にっこりして、質問される田原先生。機嫌がよくなられたようだ。と、安心したのもつかの間。著書のタイトルがまったく思い出せない。何冊か、読んでいたのは本当なのに。

「あ、先生のご著書はたくさん読みましたので、とくにこの一冊をあげるのは難しく・・」

次の話題へと逃げようとする。

「あえて、1冊あげるとするならば?」

大きな声で、鋭く突っ込んでこられる田原先生。さすがにあいまいな回答は許されない。「朝生」で鍛えられた腕は並のものではない。

「えー、先生の本は、帯に短したすきに長し・・あっ」

再び顔を曇らせる田原先生。タイトルが思い出せない・・ご著書は、すべてすばらしく、優劣はつけられないと言おうとしたが、緊張で言い間違えてしまった。

「僕の質問に答えてよ」

田原先生の本を何冊か読んできたのは事実。でも思い出せない・・・私をじっと見ているので、共通テストの某女子受験生のようにスマホカンニングをすることもできない。

「えー、(じっくり間を置きながら)日本・・・」

「『日本の戦争』?」

「そう、それです!」

田原先生の著書リストを見ていて、「日本」と付くものが多いなと漠然と感じていたのである。ゆっくり発音していれば、先生は待ちきれずに、先にお答えしてくれると思ったのだ。作戦成功!

「君みたいな若い・・・それほど若くはないかもしれないけれど、僕よりはずっと若い方がこの本を読んでくれるなんて、うれしいよ」と握手を求めてこられる。

ただ、若いと言うだけでいいのに、正直な先生。

「いや、今の時節柄、こっちか」と言いながらグータッチを。

「で、どの点が面白かったの?」

安心してコーヒーを飲んでいたら、さらなる質問。どこまでも逃がしてくれない。

 『日本の戦争』は読んでいないので答えようがない。でも今さら撤回しては、また机をドンと叩いて怒られるのは必然。何か答えなければ・・

「えー、日本は戦争してはいけないと・・・」

「うん」

私の薄い知識で、これ以上どう答えれば。

「戦争するべきではなかったと・・・」

「そうなんだよ! その通り。それがわかっただけでもすばらしい!」

またもやグータッチ。


「今、あえて聞きたい!」

 安心していると、また大きな声で田原先生。

「パンナコッタ知ってる?」

「え、知ってます。若い子なら誰でも・・」

ドンと再び机をたたかれる田原先生。

「『知ってる?』は、僕の口癖! 単に話の導入部なんだから、ハイと答えておけばいい!」

「は、はい」

「僕はね、パンナコッタすごく好き」

意外にかわいい田原さん。

「私も大好きです」

「僕が?」

「いえ、パンナコッタが」

え? という顔をされる田原さん・

しまった。「いえ」と否定することではなかった。

前途多難。どうなるこのお見合い。

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