最終話 今晩もポンコツ寮は大騒ぎ。


 BBQバーベキューパーティを行った夜。

 日明あきら愛海まなみから寮生達の風呂へと入る許可を与えられた。


「え? それってどういう意味で?」

「どうしたのよ。きょとんとして」

「いやいや、今までは母屋の風呂だっただろ」

「ああ、今日は私と真継まさつぐさんの貸・し・切・り・よ」

「は、はい? 貸し切りって」

「そのままの意味だから気にしないで」


 与えられた理由を問うた日明あきらは予想外の返答を受け理解不能を示してしまう。

 貸し切りと可愛い素振りで返されてしまえば反応に困るのは仕方ないのかもしれない。御年四十七才の母が年甲斐もない素振りを示せば。

 そんな日明あきらの呆けを横で眺めていた夏海なつみ氷香ひょうかの左腕を取って日明あきらの背中を押す。


「呆けてないでお風呂行こう、お風呂!」

「お、おい!? 俺は行くだなんて一言も」

BBQバーベキューの匂いが髪について剥がれないからね〜。義姉さんも行こう!」

「(全員でお風呂、それってそういう事?)」


 楽しげな夏海なつみに背中を押された日明あきらは机に置いていた着替えを何とか確保し、そのまま薄暗い寮の廊下を歩かされた。幸い、寮生達は眠りについている時間帯だったようで、三人の忍び足が気づかれる事は無かった。



  §



 脱衣所に到着すると夏海なつみは気にせず服と下着を脱ぎ始める。


「洗濯物だけは別の篭に入れてね。洗うのは母屋の洗濯機だから」


 バスタオルだけを身体に巻きつけ背後に佇むパンイチで呆然な姿の日明あきらと、脱ぐに脱げないでいた氷香ひょうかに対して注意だけ行う。


「ええ。分かったわ、ところで」

「どうしたの?」

「ううん、何でもない・・・(あの篭に入ってる物ってそういう事よね? まさか、示し合わせているなんて事はないよね?)」


 この時、氷香ひょうかだけは何かに気づいたらしく、状況が理解出来ていない日明あきらに背を向け服と下着を脱いでいく。

 一方の日明あきらは、


(脱衣所が薄暗い。風呂場も薄暗い。一体、これから何が行われるんだ?)


 異様な気配を風呂場から感じてパンツが脱げないでいた。このまま脱兎の如く脱衣所を出て行くのもアリだろうが言い知れぬ殺気が風呂場から届いてきていたため、その場から動けないでいた。

 すると夏海なつみが背後から近づき、


「脱がないなら脱がせるよ!」

「お、おい!?」


 あっという間に日明あきらのパンツを下ろしてハンドタオルを背後から巻き付ける。

 その一瞬の芸当に氷香ひょうかは呆然としてしまった。


(薄暗い中でも見えたんですけど!?)


 内に秘めた思いはともかく、夏海なつみの勢いに押された二人は脱衣所から風呂場の扉を開けた。



  §



 一方、母屋の風呂場では、


茉愛まいさんの押しには負けたわね。まぁ、あとは日明あきらが決める事だから何も言えないけど、私としては氷香ひょうかちゃんを選んで欲しいわね)


 競泳水着の愛海まなみが、困り顔の真継まさつぐと風呂に入っていた。再婚したとはいえ直ぐに直ぐ、そういった関係に至る事は出来ないという扱いなのだろう。

 真継まさつぐとしても年齢的に燃えないからこれで良いとさえ思っているようだが。


(これはこれで、エロいっす。愛海まなみさん)


 否、そうでもなかった。色々な意味で元気が出ている真継まさつぐだった。

 だが、何故愛海まなみがこのような手段に出たのか真継まさつぐとしては分からない。分からないが理由がある事だけは分かっていた真継まさつぐだった。


(先ほど、一人の寮生と会話していたな)


 そこで何らかの約束を取り付けたのだろう。

 真継まさつぐとしては日明あきらと娘が結ばれて欲しいと思っているが、そうは問屋が卸してくれないらしい。


(選ぶなら氷香ひょうかにしてくれよ)


 部品問屋でも欲する部品を卸してくれるのに、恋愛事だけは思うように行かないと思う真継まさつぐだった。



  §



 そんな両親の思いとは裏腹に──、


日明あきらさん、お背中流しますね」

「いえいえ、私が洗って差し上げます!」

「背中は私が洗います! 茉愛まいさんもゆうさんも、せめてバスタオルを巻いて下さい! 色々と見えてますから!!」

氷香ひょうかさんは堅いですねぇ」

「流石は委員長ということでしょうか?」

「今は委員長関係ないから!」


 ギュッと目を瞑る日明あきら一人に対して素っ裸の茉愛まいゆう、半裸の氷香ひょうか日明あきらの背後で大暴れしていた。

 スポンジを持つのは氷香ひょうかのみ。

 茉愛まいゆうは身体の正面でボディソープを付けて泡立てた如何にもな対応に出ていた。


「そんな洗い方したら、日明あきらが逆上せて倒れますって!」

「私は大丈夫と聞いておりますが?」

優希ゆきさんも昔それをした事があると仰有おっしゃってましたけど?」

「子供の頃のガリガリと今は別ですぅ!」

「(なんだこの騒ぎは普通に身体洗いたい)」


 そんな三者の様子を湯船に浸かって眺めるのは、笑顔の夏海なつみと白々しい視線の果菜はなだけだった。


「元気だねぇ。混浴案を提案した茉愛まいさんが特に」

「そうですね。何を思って提案したのか分かりませんが」

果菜はなさんは知らされてないの?」

「私は仕える身ですから」

「ふーん。てっきり一緒に交わると思った」

「ここに優希ゆきさんが居たら交わると思いますが、今は恥ずかしくて出来ませんよ」

「え? 真っ当な認識を持ってる人もいた!」

「バカにしてます?」

「全然」


 薄暗い湯船でバスタオルを端に置いた二人は目の前の騒ぎを肴に、別の意味で騒いでいた。

 なお、この混浴騒ぎには果菜はなの言う通り優希ゆきだけが居なかった。


「それで優希ゆきねぇは?」

「さぁ? 呼んだ時には居ませんでしたが」

「え? 居ないって?」


 直後、右隣にある低温風呂からぶくぶくと泡が溢れてくる。きょとんとした夏海なつみ果菜はなはその音に気づき顔を向ける。

 そこに居たのは、


「そこは私の席です! 洗うのは私ですぅ!」


 左手に竹の棒を持った優希ゆきだった。それは先ほどまで湯船に浸かって潜っていたともとれる謎行動だった。居なかったというのは先に行動して待っていたということだろう。

 のそのそと湯船から出てきた優希ゆきは怒った顔のまま日明あきらの正面に立つ。


「洗うのは私の仕事です! 皆さんは皆さん自身で身体を洗って下さい」

「「「えーっ!?」」」

「(い、一体何が起きてる、は?)」


 日明あきらは声を聞いて薄目を開け、下げていた頭を徐々に持ち上げていく。そこに居たのは見てはならない姿の優希ゆきだった。あまりの出来事に意識が付いてこず、日明あきらは大慌てで立ち上がった。


「す、すまん。俺、あがるわ」

「ちょ!? ちょっと待っ」

「「わぁ!」」


 日明あきらが急に立ち上がったからか、驚いた優希ゆきは避ける事が出来ず、二人は抱き合うように床へと転んだ。

 幸い、優希ゆきの頭が床に当たる前に氷香ひょうかの落としたスポンジが緩衝材となったようだ。

 そんな様子を示された夏海なつみ果菜はなは呆然と二人の様子を眺めた。


「事故とはいえやっちゃったね、お兄ちゃん」

「これは優希ゆきさんが一歩リード?」


 倒れた二人を呆然と見つめるのは夏海なつみ達だけではない。氷香ひょうか茉愛まいゆうも愕然としつつ二人の姿を見つめていた。


優希ゆきさん!? くぅ〜、初めては私が貰おうと思ってたのにぃ!」

「あらあら、やだわ。優希ゆきさんが入ってくるなんて想定外ね」

「兄さんとの関係があるのにやるねぇ優希ゆきさん」


 五人の言い知れぬ視線を受けた日明あきらは自身の状況が一切読めておらず、


「(ど、どういう状況だこれ? 唇に何か)」


 立ち上がろうとして異常に気づく。

 日明あきらの前には目を閉じた優希ゆきの顔があり、その頬が少し赤かった。

 この時の日明あきらは事故とはいえやらかしてしまった事に気づいた。

 立ち上がろうとして色々と見てしまい、


「わ、悪い。だ、大丈夫、かぁ〜」


 フラフラと鼻血を垂らしながら優希ゆきの上に覆い被さった。乗っかられた優希ゆきは何が何やらになり慌てる。


「え? ちょ、ちょっと、え? ど、どういうことぉ!?」


 唯一、氷香ひょうかだけが冷静になり、呆然と佇む三人に対して指示を出した。


「それはいいから! た、タンカ用意して」

「え、ええ、果菜はなさんお願い!」

「分かった、果菜はなさん手伝って」

「は、はい、ただいま!」


 そんな四人を湯船で眺める呆れ顔の夏海なつみだけが、日明あきらの心情を一番理解していたのは兄妹だからだろうか?


「お兄ちゃんも興奮し過ぎて限界だったんだね。最後の最後で優希ゆきねぇの裸を見てしまうとは。まさに昔の焼き増しだね。優希ゆきねぇも結婚を約束した幼馴染だと思い出して貰えるといいね。多分、無理だと思うけど」



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