第23話 同居開始と起き抜けの獣。


 愛海まなみ真継まさつぐの入籍後。

 土曜日の〈みなと寮〉に元・小林こばやし親子が軽トラに乗って現れた。


「それじゃあ、また後で」

「気をつけてね? 脇見運転しないように」

「おうよ。氷香ひょうかも最初は慣れないだろうが、いつも通りでいいからな」

「分かってるって。父さんも気をつけてね」


 真継まさつぐ氷香ひょうかを送り届けるとガレージ前で佇む愛海まなみに手を振って軽トラを発進させた。

 この日の日明あきらはバイトという事もあって軽トラが到着するよりも前に出勤しており氷香ひょうかの出迎えには居なかった。

 氷香ひょうかの格好は動きやすいパンツ・ルックだ。荷造りと荷ほどきを行う必要があるため、制服を除く普段着のスカートを箱詰めしていた氷香ひょうかだった。

 ガレージ内に入った氷香ひょうか愛海まなみに案内されるがまま、ガレージ内の入口でモジモジしていた。

 親子でのやりとりは終始笑顔だったが、今は恥ずかし気な様子だった。


「いらっしゃい。部屋の荷物は届いているから今日は荷ほどきしてね」

「はい。おじゃまします!」

「そこは、ただいまでしょ?」

「た、ただいま」


 実に初々しいやりとりだ。

 この日から親子となる愛海まなみ氷香ひょうか愛海まなみは実にあっけらかんと応対し、氷香ひょうかだけは初めて入るため、終始キョロキョロしていた。


「それと・・・今日から関係者となるから、寮内の決まりを昼食時にでも教えるわね」

「決まりというと、食事当番とかですか?」

「ですか、ではないわね」

「あ。しょ、食事当番とか?」


 本当なら翌日の勉強会で〈みなと寮〉へと訪れる予定だったのだが、勉強会よりも前に父親の再婚が決まり、あれよあれよという間に荷造りを終え、家の売却が本日となったのだから、人生何があるか分からないという心境だろう。

 一応、勉強会の前の予定は変更無しだが。

 愛海まなみ夏海なつみ日明あきらの部屋の真ん中に出来た真新しい扉を開けつつ氷香ひょうかを案内する。


「そうなるわね」

「食事当番なら問題はないけど」

「助かるわ。何気に舌の肥えた子が多いからね。今は女子寮そのものだから、日明あきらも茶会以外は出入りしていないのよ」

「ち、茶会?」

「ケーキ屋に勤めていた事は知っているわね?」

「うん」

「その流れでね。定期的に開かれる茶会時だけ彼女達が過ごすリビングを訪れるのよ。その代わり・・・茶会以外の当番が出来ないから」

「ああ。助かったと」

「寮は男子禁制ではないけど、出入りする場所によっては大問題となる場所もあるからね?」

「大問題? あ、お風呂?」

「ええ。夏海なつみが出迎えに居なかったのも・・・あれを見たら分かるけどね?」


 愛海まなみは荷ほどきを始める氷香ひょうかを手招きし、母屋の内窓から見える反対側・・・大浴場の扉を指さした。

 そこには裸の夏海なつみ優希ゆきが、ずぶ濡れ状態で顔を出していた。


(なんで二人して裸なの?)


 二人の姿を見た氷香ひょうかは頬が引きってしまう。

 それは一般的な男子が居れば目がランランとなる姿だ。日明あきらならば見なかった事としリビングへと逃げているだろう。


「もしかして、お風呂掃除?」

「ええ。二人が出てきた場所に寮生の大浴場があるのだけど、基本女子風呂だから出入りするのは私と夏海なつみだけになるの。もちろん、男性の業者も入る事があるのだけど、大概は平日だしね。それ以外はああやって私か夏海なつみが交代で風呂掃除を手伝う事になっているの。食事当番もその一つね。共有部分の掃除もそうだけど、真継まさつぐさんと日明あきらが出入り出来る場所は大浴場とトイレ以外の場所のみになるのよ」

「えっと・・・二階は?」

「荷入れと荷出し以外は入れないわね」

「ははははは、大変だぁ」

「大変なのよ。男手が出来ても、あんな感じで徘徊する女子生徒がほとんどだから」

「ほ、ほとんど?」

氷香ひょうかちゃんも、上級生達に染められないよう気をつけてね。茉愛まいさんや夏海なつみみたいにミイラ取りがミイラになるなんて事も、当たり前に起こりえるから」

「き、気をつける」


 愛海まなみは笑顔でそう言って、ガレージ側へと戻り、渡り廊下を抜けて自身の店へと移動した。

 残された氷香ひょうかは大きな中庭から見える二階を眺め、全裸あるいは半裸で徘徊する上級生達に気づき、今後の私生活を憂いた。


「ホントに裸だわ。女を捨てている者が多いとは聞いていたけど、アレを見た今なら婚約者がみつからないのも分かる気がする」


 すると裸の夏海なつみが──


「義姉さ〜ん。到着していたんだね?」


 窓際で佇む氷香ひょうかに笑顔で声を掛けてきた。

 氷香ひょうか夏海なつみへと向き直り、夏海なつみの惨状を見て引いてしまった。


「ええ。でも、今が夏場だからいいけど、着替えは持っていってないの?」

「着替えも乾燥中だよ」

「乾燥中?」

「うん。二戦したからね。元々着ていた下着も服も脱衣所で一緒に乾燥中だから」


 夏海なつみはそう言いつつ自室に入りチェストから下着と着替えを取り出していた。

 部屋を覗き込んだ氷香ひょうかは、引きり気味に下着姿の夏海なつみに問い掛けた。


「に、二戦?」

「最初、私が風呂掃除していたのだけど、朝風呂派の優希ゆきねぇが、お湯が入ってないって事で怒りながら私に向かって温水をぶっかけてきてね。だからいつも通り優希ゆきねぇの股間に冷水で反撃して、真っ赤な顔で伸びている隙に着替えて戻ってきたら」

「は、反撃されたと?」


 夏海なつみはホットパンツを穿きながら、扉前で佇む困惑顔の氷香ひょうかに応じる。


「そうなる。一応、風呂掃除は終わらせていたから、朝風呂に入れなかった優希ゆきねぇと別れて着替えに戻ってきたというわけ」

「それで二人して裸だったのね」

「困った事にね。休みの日はどういう訳か優希ゆきねぇの目覚めが遅いから。ゆうさんもまだ寝てるみたいだし」

「寝てるって、今は昼前よ?」

「平日はともかく休みの日は寛ぎたいんじゃない? それはそうと・・・寮を案内しようか?」

「そ、そうね。顔見知りも当然居るけど、ご挨拶も必要だし」

「歓迎会は夕食時に行う予定だから、その時でもいいよ。起きている人達も今は少ないし、お兄ちゃんと義父さんが帰ってきてからでも遅くないし」

「そ、それじゃあ、案内して貰おうかな?」

「当番表も書き換えないといけないし、先ずは大浴場からご案内するね!」


 氷香ひょうかは白いノースリーブとホットパンツへ着替え終えた夏海なつみに案内されるがまま、自室の扉を閉めて母屋から寮へと移動した。

 ちなみに、バイク屋では真継まさつぐ日明あきらが、店主とバイトという関係から親子関係に変化した事で、従業員達からは跡継ぎだとか何とか言われていたらしい。



  §



「大浴場って、こんなに広いの・・・」


 夏海なつみから大浴場の案内をされた氷香ひょうかは終始唖然あぜんとしていた。脱衣所には洗濯機と乾燥機が複数台置かれており、洗面所には種々の化粧水などが並べられていた。その一つ一つに名札が付いており、どれが誰の物かそれだけで判別できた。

 氷香ひょうかの一言に夏海なつみは苦笑しつつ応じる。


「そうだよ。これを一人で掃除しているのだけど・・・結構、力が必要でさ。お湯を抜いている間に床を磨いて、洗い場の湯垢とかを流すの」

「わ、私に出来るかな?」


 夏海なつみは湯張り前の湯船に入り、大浴場内を眺めて呆気にとられる氷香ひょうかに応じる。


「大丈夫だよ。毎日綺麗にしているから、それほど汚れていないしね。気をつけるのは排水口だけで・・・髪の毛がこれだけ溜まるから」


 その手には纏められた髪の毛の束があった。

 一応、ビニール手袋をはめているのは食中毒予防のためでもあるのだろう。洗い終わったとはいえ排水口へと手を入れるのだから。

 氷香ひょうかは茶髪と黒髪が入り混じる塊を見て完全に引いていた。


「ある意味、ホラーね」

「慣れたらそうでもないけどね。洗濯機のフィルター掃除もあるから、見慣れてしまうし」

「そうなのね。それはそうと、洗濯って誰が行うの? 今は一台だけが動いているけど・・・」

「それはメイド達だね。優希ゆきねぇとか。果菜はなさんとか。一応、お嬢様ではあるのだけど家柄が関係しているからね。最低限は自分達で行って貰っているの。掃除当番も寮生達が入れない時だけ私達が手伝うから」

「毎日ではないのね。それならバイトの兼ね合いも取れそうね」

「今日みたいに急遽休みになった人が居た場合は私が入るから安心していいよ?」

「それは助かるわ」


 本当なら日明あきらも本日は休みだった。試験期間中ともあってバイトは試験終了まで休みの予定だった。だが今回はバイトの一人が急病により休みとなり、応援で日明あきらが入ったのだ。日明あきらの研修中に入って貰っていた事のお礼のようだが。

 氷香ひょうか夏海なつみに湯の張り方を教えてもらいつつ、大浴場から共用玄関へと移動した。


「こちらが女子トイレね。母屋のトイレがいっぱいの時はこちらで致してもいいから」

「私が使ってもいいの?」

「問題ないよ。大浴場もそうだけど、寮生が入った後なら、私達も使っているからね?」

「そうなのね。あれ? 私達?」

「お兄ちゃんは違うよ。母屋には小さいけど、お風呂があるし。玄関側にトイレもあるから」

「小さいって・・・どれくらい?」


 夏海なつみ氷香ひょうかから問われると階段を登りつつも思案し、あっけらかんと応じた。


「う〜ん? 私と一緒に入っても問題ない大きさではあるかな? 三人並んで入るくらいの広さはあったと思う。あれも母さんがゆったり寛ぎたいって言ってリフォーム時にお願いしたらしいし。今は大浴場を使っているから母屋のお風呂はお兄ちゃんが一人で使ってるようなものだけど」


 夏海なつみの一言を聞いた氷香ひょうかは頷きながら固まった。


「そう。一緒に入って・・・」


 それはどういう意味での一緒なのか?

 氷香ひょうかは困り顔のまま夏海なつみに問う。


「へ? 一緒に?」

「どうしたの?」


 この時の氷香ひょうか達は共用玄関の真上・・・二階の談話室前に立ち、半裸の上級生が行き交う様子を完全に無視していた。

 これも無視するに足る言葉を夏海なつみが吐いたからだが。


「今、一緒にって・・・」

「ああ。先日一緒に入ったよ? 寮生の入浴が遅かったから入るに入れなくて、お兄ちゃんが浸かってる間に突撃したの」

「そ、それって、水着は?」

「着てないよ。素っ裸で突撃したの。悲しいかな、私の裸を見ても反応はしなかったけどね」


 二の句が継げないとはこの事か。


「そう・・・(ある意味で正常ではあるのね)」


 氷香ひょうかは可愛らしい義妹の苦笑を眺めつつも、反応しなかった日明あきらに対して内心で安堵を示した。

 この時の表情は呆れたままだったが、正常ではないのは・・・夏海義妹だけのようだ。

 すると二人の元に──

 

「あら? 今日でしたの?」


 寝ぼけ眼の茉愛まいがバスローブ姿で現れた。その隣にはメイド服を着込んだ果菜はなもおり、氷香ひょうかに対して会釈していた。氷香ひょうか夏海なつみは振り返り声のした廊下奥へと向き直る。


「ええ。まぁ・・・というか今、目覚めたの?」


 茉愛まいはゆったりとした歩みで二人の元へと微笑みながら近づき、困り顔の氷香ひょうかの問いへと応じる。


「折角の休日ですもの。勉強も良いですが、休む時は休まないと入るものも入りませんから」

「そういう事ね。総合二位の実力はそうやって養っているのね」

「普通科二位、総合五位の方に言われましても」

「・・・まぁいいわ。今後ともよろしくね。寮長さん」

「ええ。こちらこそ。ところでゆうさんとは?」

「まだ、寝てるみたい」

優希ゆきねぇとはやり合ったあとだけど、ゆうさんはまだ寝てますね?」


 二人の話を聞いた茉愛まい果菜はなと顔を見合わせ居住まいを正しつつ真面目な顔を作った。


「ああ。それなら忠告しておきますね」

「忠告?」

「はい。起き抜けの彼女には近づかない事です」


 それを聞いた夏海なつみも思い出したように何度も頷いていた。


「うんうん。危険だからゆうさんに出くわす前に母屋へ戻った方がいいね」

「危険?」


 氷香ひょうかはどう危険なのか未だに理解出来ないでいた。学校ではゆう自身が裸や下着を晒す事で有名であると知ってはいるが。

 問い返しに応じたのは背後に控える──


「女子更衣室以上の事が待ち受けます」


 果菜はなだった。だが、氷香ひょうかが思い出したのは彼女がやらかした事案だった。


「女子更衣室・・・果菜はなさんが言える事なの? 私のブラを両手で持ち上げていたのに?」

「それはそれです。コホン! 本当に危険なので身ぐるみを剥がされたくなければ、近寄らない事です」

「「うんうん」」

「身ぐるみを剥がされる・・・?」


 そう、氷香ひょうかが戦慄した様子で呟くと、階段下で騒ぎが起きる。


「きゃー!」


 その叫びを聞いた氷香ひょうかは階段を降り、踊り場から共用玄関を覗き込む。


「この声・・・かおりさん?」


 茉愛まい達も踊り場に降り──、


「今日の被害者はかおりさんですか」

かえでさんも剥かれたみたいね」

「もとちゃんもトイレから顔を出してる? 下着が三着あるから剥かれた後かぁ」

「剥かれるって、ああいう事を言うの?」

「だから危険なのです。寝ぼけて転けて何処をどうやったのか、両手に上下の下着が現れるという」


 全員が戦慄したまま共用玄関を眺めた。


「上下の服も脱がされてる。本当に危険だわ」

「お兄ちゃんが相手でも剥いたからね。トランクスだけは死守したけど」


 その後のゆうは無事に目覚め、両手に持つ下着を認識すると剥ぎ取られた全員に困り顔で返却していた。

 氷香ひょうかはその一部始終を眺めつつボソッと呟く。


「本当に危険だわ」


 出くわしたら最後、あっさりと剥かれる。

 相手が誰であれ、寝起きのゆうには近づけないと思い知った氷香ひょうかだった。



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