第22話 室内改修と地雷回収。


 そして翌日。

 この日の〈みなと寮〉は少し騒がしかった。

 日明あきらを含む学生達が登校している間、帰宅した愛海まなみが系列の工務店を母屋に入れ同居の準備を行っていたのだ。


「一応、リフォーム可の造りにしていて助かったわね。少しの改良で間取りを変える事が出来るから」

「お嬢さん。準備が整いました」

「お嬢さんって・・・この歳で言われるとは思ってもいなかったわ」

「私達からすれば本社のお嬢さんには変わりませんって」

「それもそうね。では始めて貰える? 子供達の荷物は寮区画に移動させておいたから」

「助かります。おい! 始めるぞ!」

「うっす!」


 愛海まなみは現場監督と共に図面を眺めて作業の進捗具合を探る。今日は店舗も臨時休業とし、リフォームのみに時間を取る事にしたらしい。


(二人の部屋は前より狭くなるって伝えたけど、元々使い切れて無かったし丁度良いわね)


 この日は従業員のあかねも休みとした。というより前日の飲みで愛海まなみが潰してしまい、出勤出来ないでいた。酒に強い家系であっても限度という物があるらしい。

 例外はベロンベロンになっていても翌日にはけろっとしている愛海まなみくらいだろう。

 完璧超人と思えるほどの愛海まなみ

 唯一の弱点は過去を突かれる事と子供だけ。

 現場を一時的に離れ、中庭の窓を開けた愛海まなみは暑くなりそうな空を見上げて思案した。


(クズの捜索も難航しているらしいし、そのまま現れなければいいけど。元はと言えば、ツーリング先でクズを拾ったのが間違いの始まりよね。何で惚れちゃったかなぁ〜。箱入り娘だった事が災いそのものだったのね・・・あの子達の遺伝がそこまででは無かった事が救いだけど)


 それは過去の事。昨晩のやりとりで思い出した汚点だ。その汚点があっても生まれてきた子供達には関係なく、どのような形であれ、助けていこうと決意した愛海まなみだった。


(幸い・・・氷香ひょうかちゃんの件もまるっと解決したし、日明あきらがあの子の気持ちに応えてくれるといいけど。彩香あやかの忘れ形見を幸せにしないとバチが当たるわ)


 愛海まなみは中庭の窓を閉め、ガレージに移動する。ガレージ奥にはボロボロのカバーが掛けられた古臭い原付が置かれていた。


「これも真継まさつぐさんに整備して貰いましょうか。夏海なつみもたまには乗せないと、ただの身分証になってしまうし」


 普段はサイドカーの背後に隠れていた物だ。

 日明あきらでさえ未だに気づけていない原付。

 カバーを外した愛海まなみは悲しげな表情に変わり、原付の座席を優しく撫でた。


(失踪中ののぞむの娘。あの子だけは気をつけないとね。似ているって騒いだ母さんには余所の子って事にしている分、見つかると厄介だわ。そのまま一ノ瀬いちのせ家に嫁いでもらって、全て有耶無耶になればいいけど)


 愛海まなみは長い茶髪の男子高生を思い出していた。その男子高生は家の事が嫌になり、夜中に原付で走り回っては朝帰りを繰り返していた。

 そして失踪する三日前、実家で子育て中の愛海まなみへと赤子を預け、高校中退で家から飛び出した。


今宮いまみやの勘当された末娘の子。結局、本人に赤子を返して育てるよう支援したけど。それなのに何の因果かそのまま小湊こみなと家に入るとは思いも寄らなかったわね)


 愛海まなみは困った顔のままカバーを戻し、もっとも扱いの困る寮生を思い出す。


(あの家では扱いきれない地雷。ゆうさんも娘の事をみてあげたらいいのに・・・海外に移住したまま戻って来ないのは育児放棄と思われても仕方ないわよ)


 ガレージから出た愛海まなみは渡り廊下を抜けて寮の玄関に移動した。


(まぁ他家の事は置いといて。軽トラが一台入るからガレージのスペースも空けないとね。今後は、あの子達の自転車も寮の駐輪場に止めさせますか。今は誰も使ってないし、ガレージの勝手口から出入りさせたらいいでしょ)


 肝心のリフォーム作業は問題なく進んでおり、昼前には完了する見通しだった。


「確か、鍵が101号室のポストに。あ、あった。世話にかまけて回収してなかったのね・・・あ、これは不味いわ。これだけは隠さないと」


 愛海まなみはポストからハガキを回収し大慌てで自室に戻った。そのハガキにはみなとのぞむと名前が記されており、誰宛に送った物か判別出来た。


「このタイミングで送ってきて。今は隣街って。近くに居るなら顔くらい見せなさいよ。バカ弟が」


 愛海まなみはハガキを裏返し、文面を読み上げる。その文面は当たり障りない内容が書かれており婚約の件まで言及していた。


「反対か・・・気持ちは分かるけどね。認知していない者が言える立場ではないでしょ。あの件も何処で知ったんだか。職場は・・・学食って」


 その内容を見て頭痛がした愛海まなみは苛立ち気にハガキへと記された番号に電話した。


「こら! のぞむ、これは一体どういう事よ?」

『何で姉さんが電話をかけてくるんだよ!』

「何でって寮母だからよ! ポストの中がいっぱいだったもの。回収するのは当然でしょ?」

『あのバカ娘が』

「バカ娘って面識は無いでしょ? 認知もしてないし」

『認知はしているぞ。養育費も口座に振り込んでいるし・・・そ、それよりも、何用だよ? 今は仕事中なんだが?』

「認知してるって。まぁいいわ・・・単刀直入に言うわ。近くに居るなら顔くらい出しなさい! 母さんが一番心配しているんだからね? 兄さんは・・・待って? 兄さんは知っているの?」

『し、知ってはいるな。職場の上司でもあるし・・・認知から何からの手続きは兄貴がして』

「(はぁ?)・・・この男共は」

『わ、悪かったって。でもあのまま家に居たら、好きな料理が作れなくなると思って・・・』

「は? 料理?」

『ああ。夜中だけだがバイトしていたんだ』

「まさかだけど、歳を偽ってないわよね?」

『し、仕方ないだろ! 俺が老け顔だったから雇ってくれて、そのまま住み込みで・・・』

「・・・」


 理由を聞いた愛海まなみは大いに呆れた。出歩いていたのは修行のため。弟を溺愛していた母なら反対するのは目に見えていたが。


『幸い、理事長とも和解が出来たから、俺もこの場に居るんだ・・・』

「わ、和解? じゃ、じゃあ反対って件は?」

『本人の意思で拒否して貰うために手紙を書いた。理事長もこの件は知っている』

「ど、何処からつっこめばいいか分からない」

『いや、言いたい事は分かるが』

「これだから男って奴は・・・まずは順を追って説明しないと。この文面だけでは理解出来ないわよ。それこそ家の者に調査を依頼しかねないわよ?」

『そ、それは・・・まぁそうなんだが』

「まずは父さん達に相談することね。父さんが心労で倒れそうだけど、こればかりは仕方ない話だわ。そののち実家を通じてあの子の家に話を通すこと! 婚姻の段階になって義理の娘が今宮いまみやみなとの子って知ったら何をしでかすか分からないからね? 相手が一ノ瀬いちのせなら特に面倒だから・・・(昨晩、私がやらかしたし)」

『あ、ああ。ゆうも他人の子って事にしてるからな。入籍も一人で行ったらしいし』

「それはそうでしょ? でもね? 戸籍を取れば一発でバレるわよ」

『わ、分かったよ。昼の大嵐前に、兄貴に相談して話を通してもらうよ』

「そうしなさいね。それと、私も再婚するからご祝儀としてアンタの原付を譲り受けるから」

『はぁ!? どういう事だy』


 愛海まなみは言うだけ言って電話を切った。左手には古臭い鍵が二つ握られていた。

 おそらくポストの中に隠していたのだろう。


「ホントに、ややこしくなったわね」


 気づけばリフォームは終わっており、扉の外に現場監督が立っていた。愛海まなみは自室の外に出ると現場監督と共に、片付いた子供部屋を見て回る。出来は問題ないようだ。

 直後、愛海まなみのスマホに一通のメッセージが入る。


「ん? 失礼・・・え? 見つかった? あらら。マグロ漁船に乗っているのね。今は太平洋上で遠洋漁業か・・・しかも写真付き」


 それは日明あきらの父親。

 小湊こみなと日済ひなせの捜索報告だった。写真には船酔いで真っ青になり、空を見上げる姿が写っていた。

 愛海まなみはメッセージを既読とし、請求書を送るようにと返信した。これも系列の調査会社に依頼しているから、そこまで費用は掛からないだろうが。


(ま、しばらく戻って来ないなら、それでいいか。当面は・・・寮生の問題だけになるわね?)


 愛海まなみ夏海なつみの部屋から見える中庭をみつめ、学校で過ごす寮生達を心配した。



  §



 同時刻。

 校内では──、


「委員長がみなと君の妹になるってホント?」


 体育後の女子更衣室にて、全裸の氷香ひょうかが女子達から揉みくちゃにされていた。

 それは〈みなと寮〉の寮生ではないクラスメイト達だ。〈みなと寮〉の寮生は茉愛まい達を合わせて八人しか居らず、残りは他寮に住んでいる者が殆どだった。


「両親の再婚だから仕方ないの」

「再婚かぁ〜。ということは迫れなくなるね」

「誰が誰に迫るっていうのよ?」

「ん? 委員長がみなと君に」

「ふぇ?」

「バレていないとでも思ったの?」

みなと君が好きなんでしょ?」


 ちなみに、このクラスでの一般生は氷香ひょうか日明あきらだけであり、他は全て御令嬢と御令息である。

 氷香ひょうかは先の件を思い出し──


「・・・(これは、カマかけよね?)・・・」


 無表情で沈黙する。この場で余計な事を言うと酷い目に遭うと思ったからだ。

 しかし、氷香ひょうかの考えとは裏腹にクラスメイト達の表情がニヤリと変化した。

 沈黙を同意と取られたのかもしれない。


「あれだけスキンシップが激しかったら気づかない者は居ないでしょ? お尻とか胸とか当たり前に触らせていたし」

「そうそう。流石は一ノ瀬いちのせ家って感じだよ〜」

「血のなせる技って感じだね?」

ゆうさんも胸を抱き寄せて魅せていたし」


 それを聞いた氷香ひょうかは冷や汗を流しながらゆうを睨みつける。もしや・・・という気持ちを隠さないまま。

 目が泳ぐゆうはあっけらかんと暴露した。


「バレちゃった!」

「ちょ!?」

「私の従姉って事が、実家を通じてバレちゃった!」

「なんてことなの」

「女子の家しか知らないから安心していいよ?」

「安心出来ないわよ!?」


 氷香ひょうかゆうのてへぺろを受け、頭を抱えた。その間の茉愛まいはスマホ片手に別の意味で頭を抱えていた。


優希ゆきさんの出生の秘密・・・どうするのよ、これ? 一ノ瀬いちのせ家にバレたら確実に大事おおごとだわ)


 これも愛海まなみと会話した実父が学校長と理事長に相談し、近くに居る者へと伝えたようだ。茉愛まいからすればとてつもない地雷を抱えたようなものであり、途方に暮れる心情がありありと溢れていた。

 肝心の優希ゆきは諦観の面持ちで氷香ひょうかを黙ってみつめていた。


(いいなぁ。私も押しつけて感じてみたい)


 一方、男子の方では話題にすら上らず沈黙のまま着替えていた。ただ単に教える必要が無いと日明あきらが黙っていただけだが。


(女子は今日も大騒ぎだな・・・隣にまで騒いでいる声が響くとは。内容が一切聞き取れない事が救いか・・・な?)




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