第21話 お食事会と泥酔事案。


 両親の再婚。

 それを知らされた三人は微妙な空気の中、氷香ひょうかの手料理を頂いていた。


「このムニエル旨いなぁ」

「そ、そう。ありがとう」

「こんな料理を毎日って羨ましいね?」

「だな。店長が羨ましいぞ」

「う、羨ましい・・・」


 受け流した日明あきらはともかく氷香ひょうかは何処かぎこちなく夏海なつみは何かを察しニコニコと煽る。


「お、おかわりどう?」

「頂こうか」


 それは端から見たら熟年夫婦の姿だった。

 夏海なつみは余所余所しい氷香ひょうかを眺めつつ、氷香ひょうかが真っ赤に染まる一言を口走る。


「それこそ、お嫁さんに欲しいよね?」

「お、およっ!」


 日明あきらは意味不明と思いつつ、口の中に広がる好みの味付けに酔いしれていた。

 狼狽えた氷香ひょうかは茶碗を日明あきらになんとか手渡した。


「このおかずなら捗りそうだ。凄い旨い!」

「おかっ!」


 氷香ひょうかは何を思ったのか余計真っ赤に染まった。今の氷香ひょうかはノーブラの胸元を少しちらつかせていたがため、無意識に両手で隠し日明あきらの正面の椅子に座った。

 普段家に居る時の氷香ひょうかは基本ノーブラだ。この日は勝負と称し気合いを入れてニップレスだけ着けていた。普段から日明あきらに薄いと言われていたため胸が有る事を示す目的で。

 氷香ひょうかの心情に気づいている夏海なつみは意味ありげに微笑む。


「お兄ちゃんもご飯が進むね!」

「好みの味付けだから何杯でもいけるぞ!」


 日明あきらはそう言って、おかずをご飯にのせてガツガツと頂いていた。

 一方、氷香ひょうかは深読みしすぎたと思いつつそっぽを向く。


「なんだぁ〜。そっちの意味かぁ〜」

「なんだと思ったの〜?」


 この時の夏海なつみは先輩という認識が消えていた。それは年上のあかねに対して行う事と同じであり、近しい年齢の姉が出来た事に内心では嬉しいと思っていた。

 兄が大好きという一面では負けないとも思っているが。


「き、聞かないでもらえる、かな?」

「そういう事にしておこうかな〜?」


 氷香ひょうか夏海なつみは意味ありげな微笑みをぶつけ合い、日明あきらはきょとんとしたまま、ご飯を頂いた。

 真っ赤な顔と楽しげな顔。義姉妹となる事が決まった二人は日明あきらの顔を見て同時に吹き出した。


「「ぷっ!」」

「どうしたんだ?」

「「なんでもないよ」」

「そうか?」


 実に相性の良い関係だ。これが優希ゆきならキャットファイトに持ち込まれるが。

 その後の三人は和気藹々な雰囲気のまま夕食を食べ終えた。後片付けは夏海なつみ氷香ひょうかと行い、日明あきらは店の方に顔を出していた。店長は店に居ないが店員は残っているから。


「これからは姉さんって呼べばいいんだよね」

「そうなるかな。私も兄と妹が同時に出来て嬉しいし」

「でも本心としてはどうなの。複雑なんじゃない? お兄ちゃんの事が大好きなんでしょ?」

「さ、さぁ? それは、どうなのかなぁ?」

「誤魔化してもバレバレだよ?」

「うそっ・・・バレバレだった?」

「やっぱり大好きじゃん。カマかけて正解だった」

「あっ!? やられたぁ〜!」


 洗い物を行いながらの恋バナ。

 女子会の雰囲気を漂わせ、皿を拭く夏海なつみは洗い物を行う氷香ひょうかを揶揄っていた。二人は洗い物を済ませて、リビングでクッションを抱きながら話し合う。


「実際にはどうなの? お兄ちゃんってかなり鈍感だけど」

「ど、どうって言われても・・・」


 グイグイ攻める夏海なつみ

 普段の積極性が消えた氷香ひょうか

 面と向かって言葉に出すのは氷香ひょうかとしても気恥ずかしいのだろう。

 すると夏海なつみは──、


「多分だけど・・・今日初めて女の子として認識したんじゃない?」


 日明あきらの事を分析し氷香ひょうかの表情が晴れる一言を呟いた。


「そ、そうなの?」

「胸元をあえて見ないようにしていたし」

「あっ・・・そういえばそうかも」

「ムッツリってわけではないんだけど、目に見える刺激は無意識に見ないようにしてるから」

「に、苦手って事?」

「そうでもないよ。私で免疫が付いているし。寮内も裸族が沢山だしね。あれも前の学校で何かがあったんだろうね?」

「ああ、以前・・・愚痴っていたかも」

「知ってるの?」

「さわりだけね・・・詳細は知らないけど」


 それは日明あきらが見なかった事にしている原因なのだろう。氷香ひょうかは昨年の夏休みを思い出し引きった顔に変わる。これは夏海なつみが知らない事案だ。

 日明あきらが〈木偶の坊〉と呼ばれるようになったのも、その日が最初だったから。


「肉体接触ならどーんと来いって感じだけど」

「確かに。言葉も気にしていない感じだし」

「自発的にセクハラしたりね?」

「相手によるけどね。気心知れた者だけだし」

「ふーん。例えば、義姉さんとか?」

「う、うん。そ、そうなる、かな?」


 その後の氷香ひょうか夏海なつみも質問攻めに遭い終始タジタジだった。

 質問は姉妹になるなら隠し事は無しという夏海なつみの願いから始まった事だった。

 逆に夏海なつみの隠し事も氷香ひょうかに示し、引かれていたのは言うまでもない。


(血縁があるのにそこまで望むの? さ、流石に最後までは望んでいないみたいだけど・・・)



  §



 しばらくして日明あきら氷香ひょうかの自宅に戻ってきた。

 隣には愛海まなみと店長も居り──、


「籍を入れるのは週末だからよろしく!」


 愛海まなみはケラケラと笑いながら陽気に宣言していた。店長は肩を貸して困り顔で奥に連れて行き、呆然とする娘達を放置した。

 夏海なつみは心配しつつ奥の部屋に移動し、玄関には日明あきら氷香ひょうかだけが残った。

 すると日明あきら氷香ひょうかに耳打ちして、お願いしていた。


「すまん。酔ってるみたいだから・・・泊めて貰えるか? 運転は代行が行ったみたいなんだが、あそこまでベロンベロンは初めてなんだ」

「か、構わないけど、何があったの?」


 日明あきらは玄関を閉め、リビングに移動した後、氷香ひょうかに事情を語る。


「会合・・・いや、実は今日、実家に挨拶してきたそうで、その際に一ノ瀬いちのせ家の当主とやりあってきたらしい」

「はぁ? な、何であの家が?」

「わからん。今や無関係なのに再婚は許さないと言ってきてな。今回、初めて呼び出しを受けたんだと。再婚するなら氷香ひょうかを養子縁組にするとまで言ってきたって。店長は母さんに任せていたらしいが、その一言には怒りが込み上げてきたって」

「何それ!?」

「最後はおばさんの遺言・・・『娘の母は親友である愛海まなみに委ねる』・・・という音声を示して強引に飲ませたそうだ。元々ツーリング仲間でもあったらしいからな」

「・・・(意気投合も親の子ってかぁ)・・・」


 それは子供の知らない親達の関係だった。

 ただ、氷香ひょうかの予想通り、政治的に利用しようとしていた事が判明した瞬間でもあった。愛海まなみと再婚すれば血縁者の利用が出来なくなるから。

 ただそれも──、


「まぁ・・・酒が飲めるようになるまで預けるという条件付きになったらしいが」


 相手に読まれていた。

 氷香ひょうかはそれを聞いて表情が抜け落ちる。


「え?」


 日明あきらは面倒臭いと思いつつも続きを語る。


「婚約者だよ。それまでは未成年として預けるって意味だ。力ある家の子は本人の意思を無視して関係構築に使うと、示してきたって」


 それを聞いた氷香ひょうかは苛立ち、声を荒げる。


「どういう事よ!? 相続放棄してるのに」


 その声は奥に居た夏海なつみが顔を出す程の大声だった。


「それはそれって事だろ。だが、母さんもただでは転ばないから最後は言質を取ったんだと」


 だが、苛立ちが最高潮に達した直後、日明あきらの苦笑を見て毒気を抜かれてしまう。


「げ、言質?」

氷香ひょうかに意中の相手が居て、酒が飲める年齢になるまでに、相思相愛であると示してきたら婚約話は無しにするって事だ」

「はぁ?」


 氷香ひょうかは意中の相手と聞き、きょとんとなった。流石に目前に居ます。貴方です。とまでは言えないようだが。

 その言葉を聞いた夏海なつみは笑顔で氷香ひょうかをみつめ奥に引っ込んだ。

 日明あきら夏海なつみが居た事に気がつかず、苦笑したまま愛海まなみの愚痴を語り出す。


「そんなのは無理に決まっていると鼻で笑ったそうだがな。自分達が用意しないと見つけられないとまで・・・決めつけていたらしいから」

「し、失礼過ぎる・・・」

「御令息の価値観のままなんだろ。母さんの大失敗まで揶揄やゆしていたらしいから。余程、母さんに逃げられた事が腹に据えかねているらしい。元婚約者として、な」


 すると氷香ひょうかは貶し気味に冷笑を浮かべる。


「器の小さい男。ゆうさんも困った人が父親だね。ゆうさんは器も胸もお尻も大きいけど」


 小さいと思われても仕方ない価値観の持ち主だ。大失敗した事まで持ち出されれば愛海まなみが酒に逃げてしまうのも仕方ない話だった。

 日明あきらは店で買ってきたペットボトルの水を口に含み、寮の内情を語る。


「その・・・本人も毛嫌いしているからな。休暇時に実家へ帰ろうとしないのもそれが要因だ」

「だから母さんを慕っていたのね・・・自由な恋愛に逃げたから。ツーリング仲間だった父さんと結婚したのも駆け落ち婚だって言ってたし」

「ウチの駆け落ち婚は大失敗だけどな。あんなクズと何処で知り合ったんだか・・・」


 息子から見ても知り合うきっかけが理解不能になるクズだった。優希ゆきの場合は母親が母親なので、夜の世界で知り合った事が理解出来る話だが、愛海まなみが語ろうとしない大失敗談は子供が知り得ない謎が含まれていた。

 すると夏海なつみと店長が現れ──


「まぁ、そういう事だから・・・今後は父親としてよろしくな!」


 少々気恥ずかしそうに右手をあげた。

 日明あきら氷香ひょうかと目配せし、困り顔のまま応じた。


「そ、そうですね。妹共々よろしくお願いします」

「堅いなぁ。いつも通りでいいぞ?」

「そうですか。では・・・よろしくっす!」

「そうそう。それでいい。娘共々よろしくな! まぁ氷香ひょうかはそのまま日明あきら君の元に嫁いでもいいが・・・」

「と、父さん!?」

「は?」

「ああ。来年の春までは無理だったか・・・すまんすまん」

「そういう意味じゃないから!?」

「父親公認か・・・良かったね? お兄ちゃん」

「どういうこった?」


 一人理解不能を示す日明あきら以外の全員が氷香ひょうかの思い人に気づいていたらしい。だから愛海まなみがそういう意味で言質を取ったのだろう。

 外堀を埋めている事実を相手に隠して。




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