第20話 女の勝負と驚愕の連発。


 その後の日明あきら達は氷香ひょうかの自宅を訪れた。

 二人を出迎えた氷香ひょうかは胸元の見える黒いVネックの長袖シャツと腰周りがハッキリした淡い色合いのスキニーデニムを穿いていた。


「いらっしゃーい!」


 そんな氷香ひょうかの姿を見た日明あきらは目が点となり、夏海なつみは大興奮となった。


「は?」

氷香ひょうかさん、大胆!?」


 氷香ひょうかはしてやったりの顔でポーズを何度も取る。玄関先という点は置いといて。


「どう、似合ってる?」


 夏海なつみは素直に褒め──、


「似合ってる! お兄ちゃんも何か言ったら?」


 呆然と佇む日明あきらにジト目を行う。

 日明あきらは促されるまま思った事を口にした。その内心は別物だったが。


「お、おう。びっくりするくらい似合ってるな・・・(胸、有ったんだ)」

「ありがとう。気合い入れて正解だったね!」


 氷香ひょうか日明あきらの驚きの表情に満足したのか、ルンルン気分で二人を招き入れ、自分の部屋に案内した。


「準備は出来てるから上がって」

「「お邪魔します」」


 普段から出入りしていた日明あきらはともかく、夏海なつみ小林こばやし家を訪れたのは久しぶりだ。

 夏海なつみ氷香ひょうかの部屋に案内されると以前との違いに気がついた。


「あれ? この写真・・・(一ノ瀬いちのせ先輩も持っていたような?)」


 それは一人の女性を描いた絵画のような写真だった。描かれている女性は笑顔の氷香ひょうかに似ており、とても綺麗だった。

 すると氷香ひょうかは苦笑しつつ──


「母さんの納骨時に貰った写真だね」


 夏海なつみの疑問に答える。

 きょとん顔の夏海なつみはオウム返しした。


「の、納骨?」

「母さんが昨年末に亡くなったから」

「何か聞いたら不味い話でした?」

「気にしないで。それよりも、そこに座って」


 夏海なつみは促されるままテーブルの前に座る。日明あきらは我関せずでノート類を広げており、氷香ひょうか日明あきらの隣に座った。

 テーブル下にはお茶も用意されており、氷香ひょうかはコップにお茶を注ぎつつ二人に手渡した。


「はい。お茶」

「おう。サンキュー」


 日明あきらはいつも通りに受け取る。

 コースターの上に置きストローで一口頂いていた。

 夏海なつみは急にしおらしくなり──


「あ、ありがとうございます」


 先輩を相手するような態度に戻った。

 否、先輩であると思い出したようだ。


夏海なつみちゃん、ガチガチね。気にしないでって言ったのに」

「い、いえ」


 その間の日明あきら氷香ひょうかのノートを借りて書き写しを始めていた。

 氷香ひょうかは苦笑しつつもある事を思い出し日明あきらに問い掛ける。


「・・・ところで日明あきら

「んあ?」

夏海なつみちゃんに話したの?」

「何の事だっけ?」

「話してないの?」


 氷香ひょうかは壁際に視線を移し、日明あきらに気づかせるように促した。

 日明あきらは視線の先に気づき、ようやく思い出した。


「えっと・・・あぁ!? おばさんの事?」

「やっぱり。それで納得がいったわ〜」


 当の日明あきらは完全に失念していたらしい。氷香ひょうかは困った顔になり打ち明ける順番を思案する。夏海なつみが知っていれば問われる事など無かったのだ。

 それは母親の事。今回も訪れる前に話しておいてくれと念押しした話だ。日明あきらからすれば夏海なつみのパンツ露出事案で話せなかったが。

 すると夏海なつみはきょとんとしたまま氷香ひょうかに問い掛ける。


「えっと・・・何の事ですか?」

「写真の事ね。まぁ・・・これだけ大きな写真が飾られていれば気づくなって方が無理だけど」

「あっ・・・」

「改めて打ち明けるとね。私と一ノ瀬いちのせさんって近しい親戚なんだよね。学校では極力他人のフリをしてるけど(胸を盛大に揉まれて抓まれた事は置いといて・・・)」

「だから・・・一ノ瀬いちのせ先輩の部屋にも有ったんですね」

「それは知っていたんだね。ゆうさんも慕っていたからね。母さんの事」


 空気はどんより重くなる。

 話し忘れていた日明あきらは居たたまれなくなっていた。今は勉強どころではない空気感だ。先んじて打ち明けていれば気楽に勉強が出来たのに、後悔先に立たずとはこの事だろう。


「昨年・・・母さんが病気で亡くなって、葬儀に一ノ瀬いちのせさんが参列してて、そこで初めて知ったんだよね。私にもあの家の血が流れているって。一応、相続放棄をしているから、あの家で何があっても関係ないけど・・・」


 すると夏海なつみ氷香ひょうかの願いに感づいた。事前に打ち明けておいて欲しいという話は〈みなと寮〉の関係者としての話だ。


「あっ・・・もしかして?」

「気がついた?」

「家に縛られる事を望んでいないんですね?」

一ノ瀬いちのせ家の血縁である以上、自由を奪われやすいからね。ゆうさんは中身が中身だから婚約者が居ないけど、私に白羽の矢が立っても困るから。政治的に使える者なら誰でも使うというのが力ある家の特色だから。最近だと日明あきらが食らっていた事だけど」

「ぐっ・・・」

「あぁ。お兄ちゃんも絡まれましたもんね。幸い、婚約の話は母さんのお陰で回避しましたけど。あれも母さんが交渉しなかったら今宮いまみや先輩との婚約になってましたし」

「あらら。おばさんには感謝しかないね?」

「そうだな。母さんには頭が上がらないよ」


 というところでこの話は終わり、三人の勉強会が始まった。重たい空気は一気に弛緩し、日明あきらが一人で二人の勉強を見るという不思議な光景が繰り広げられた。

 日明あきらは二人に教えつつ──、


「範囲が狭くて助かるわ〜」


 安堵のため息を漏らした。

 氷香ひょうか日明あきらの一言を聞き、きょとんとしながら問い掛ける。


「県立って何処から何処までだったの?」

「一年次しか分からないけどいいか?」

「うん。それでいいから教えて?」

夏海なつみ、教科書を借りるぞ」

「う、うん」


 日明あきらは教科書を受け取り、最初のページから捲っていき、中程で止めた。


「ここから・・・ここまでだな」

「「は?」」


 それは余りにも広すぎる範囲だ。

 二人は目が点となり日明あきらの語る事情で思い知る。今の学校で良かったと。


「各科目でこの範囲だろ? 試験では何処が出るか分からないから、試験期間の教室は真剣味が凄かったわ〜。一教科でも落とすと全教科の補習だったからな・・・休みが無くなるって事で避けたいとする者が多かったわ」

「そ、それをお兄ちゃんは?」

「バイトと親父の面倒を見ながらだったから、何度死ぬ〜って思ったか。次席を維持するのも楽では、無かったな・・・」

「それなら普通に・・・あ、奨学生だったから」

「そういうこった。逃げ道は最初から無かったんだよ。今では親父が失踪してくれたお陰で助かっているが」

日明あきらも、大変だったんだね」


 氷香ひょうか日明あきらの事情を改めて知り涙を流していた。時間をやりくりしていたのも、死にかけていた事もそれらが影響していたのだ。

 自分が一番苦労していたと思っていたが、上には上が居ると改めて知った氷香ひょうかだった。

 そして勉強会は終わり──、


「出来たよ〜。こっちきて〜」


 氷香ひょうかが手料理を用意しつつリビングで寛ぐ兄妹に一声掛ける。

 だが、声を掛けられた兄妹は呆然としたまま氷香ひょうかをみつめた。


「ひ、氷香ひょうか?」

「どうしたの? 二人して鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして?」

氷香ひょうかちゃんが、私のお義姉ちゃんになるんだって」

「は? どういう事よ?」

「母さんから再婚しますってメッセージが飛んできたんだ。嫁入りではなく婿入りだそうだが、次男だから問題ないって・・・どう思う?」

「え? ま、待って? どういう事よ?」

氷香ひょうかが俺の義妹になるんだと」

「ふぇ?」


 寝耳に水とはこの事か。

 幸いなのはエプロン姿のまま何も持っていなかった事だろうか。氷香ひょうかは大混乱なままキッチンの前で呆然となった。



  §



 一方、再婚の報は〈みなと寮〉にも届き──


「委員長のお父様が母屋に住むって!」

「なんですってぇ!」

「委員長が義妹になるって」

「はぁ!? どういう事よ?」


 リビングで寛ぐかえでかおりが一報を受け一階に降りていた茉愛まいと、ゆうにマッサージを行っていた優希ゆきを驚かせていた。

 ゆうはその一報を受け、大笑いしていた。


「そうきたかぁ〜。裏技といえば裏技だねぇ」

ゆうさんは何か知っているの?」

「知っているも何も、亡くなった叔母さんの御主人が再婚したってだけだからね。娘である氷香ひょうかちゃんが実家の魔の手から逃れられたって事でもあるし。みなと家の庇護下に入れば手出し出来ないもん。実家への牽制にはもってこいの家だしね〜」

「は? 叔母さん?」

「そ。叔母さん。私の部屋に絵があるでしょ」

「「あっ」」


 その報を受けて二階の残念三年生は大慌てとなった。一階は日明あきらが出入りするようになってから下着姿はともかく全裸は減った。

 だが、二階は相変わらず裸族が跋扈していた。


「裸族共は中間試験の後から身形に気をつけなさいって。旦那様は年齢が年齢だから反応はしないそうだけど、男には変わらないからって」

「!!?」


 例外はゆうに巻き込まれる優希ゆきだけであり、他はバスローブで行き来する者が多かった。これも婚姻前の淑女として肌を晒さないよう気をつける者が増えたからだ。


愛海まなみさんもやりますなぁ。婚約者を求めるなら気を引き締めろって事だから」

「た、確かに異性の目があるのと無いのとでは気持ち違いますものね?」

「校内の延長と思えばいいしね。脱ぐのは自室とお風呂だけという事で」

「廊下で彷徨くのも禁止にしないとね?」

「罰則を設けてもいいかもね? 私に脱がされた優希ゆきさんは除くけど〜」

「真っ先に罰を受けそうな人が何か言ってる」

「私は自室とリビングとお風呂以外では脱がないもん。同室に忘れて晒す人は居るけどね?」

「うぐぅ」


 お嬢様達は引きった笑みで話し合う。

 今後の生活改善を示されたような物だから。

 但し、半裸でマッサージを受けるゆうだけは楽しげな表情で賞賛していたが。

 すると今度は、果菜はなのスマホに一報が入る。


「あ、続報が来た。何でもバイク屋の店長さんで水曜日が定休日。それ以外は七時から二十一時以降しか母屋に居ないから、気を抜くのは居ない時間帯だけにしなさいって。九時から十八時の間だけ開くカーテンの範囲以外なら問題ないみたい。ただ、一階玄関に半裸で現れたら自己責任とも言ってるね?」


 それを聞いた上級生達は怯んでしまった。


「緩む時間を持たせて」

「気が緩んだら自己責任」

「鬼だ。鬼が居るわ」


 話の締めはバスローブを羽織ったゆうが上級生達に釘を刺した。


「それだけ今までが緩み過ぎていたもんね? 特に相手を探しまくっている先輩達が・・・」

「ぐっ・・・」


 寮内の力関係で言えば茉愛まいに次いでゆうが強い。上級生といえどもこの二家のお嬢様達には手出しが出来ない。

 茉愛まいが二年生でありながら寮長となっているのも、緩みまくった風紀を正すためにあったのだ。ただそれも・・・最近まではミイラ取りがミイラになっていたが。




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