第19話 夏日と不意打ち。


 退学劇が繰り広げられた日から数日後。

 校内は衣替えが行われ、上着はブレザーから指定セーター、シャツまたはブラウスのみとなり、男子は夏ズボンを着用するようになった。

 女子はスケベな視線を気にして、ブラ透け対策として指定セーターを着る者が多かった。


「暑い季節になったねぇ〜」

「こう暑いと輻射熱が恨めしくなるな」

「お兄ちゃん、帰りにアイス買って!」

「私にも奢って!」

「へいへい。二人分のアイスだな。コンビニでいいか?」

「「ありがとう!」」


 それと共に中間試験の話題で持ちきりとなった。それは学年トップに居たとされる左藤さとうが不祥事を起こして退学した事も要因であり、次は誰が一番になるのかという話題が中心だった。

 前回の学年末総合では、二位に茉愛まい、三位に尾前おぜん、四位にA組の誰かが居た。学科別に見ると茉愛まいが一位なのだが、今回は大番狂わせが起きるとして非合法な賭け事まで起きる始末である。

 そんな浮ついた校内で我関せずを貫き通す日明あきら氷香ひょうか達は駐輪場で自転車の鍵を解錠し、正門まで自転車を引いていた。そして自転車に乗り、近くのコンビニに立ち寄った三人は夕方の予定を話し合う。


「バイトも今日から休みになったな」

「そうだね。それで勉強会はどちらで開く? あれなら私が向かってもいいけど?」


 それは試験勉強の事だろう。

 日明あきら達は試験勉強をそれぞれの家で開く事にしたようだ。


「そうだな。今日は平日だし・・・俺達が氷香ひょうかの自宅に向かうよ。氷香ひょうかがウチに来るのは土曜と休日でいいだろ? 夜中に一人で帰すのは少々心苦しいし」

「私の事なんて気にしなくてもいいのに」

「流石にそれは店長に悪いよ。とりあえず、一度帰宅してから向かうから」


 一応、お嬢様達からも勉強会を開いて欲しいとの要望もあったが、個々の学力を把握出来ていない内は教える事もままならないため、日明あきらが簡単な問題を用意して、初日だけは解いて貰う事になったらしい。

 優希ゆきは問題用紙を受け取ると「ぐぬぬ」と唸っていたが、おそらく地頭の違いを見せつけられたのだろう。

 氷香ひょうか夏海なつみの学力は把握済みだったため、今回は空気を読んで日明あきら達が向かう事にしたようだ。


「それなら、夕食も含めて用意しておくよ」

夏海なつみもそれでいいか?」

「構わないよ? 氷香ひょうかさんに勉強を見て貰いたいし、私の当番も今日はないし。母さんも会合があるから戻りが遅いしね」

「それなら二人分を追加で頼めるか?」

「問題ないよ。いつも通り用意しておくよ」


 一通りの話し合いを終えると日明あきらは店内に入り、カップアイスを人数分買ってくる。その間の氷香ひょうか達は店内のイートインスペースに移動し日明あきらを待った。

 しばらくすると日明あきらが盆にアイスを載せてイートインスペースにやってきた。


「お待たせ。バナナアイスは氷香ひょうかな。ストロベリーアイスは夏海なつみのな。俺はチョコアイスだ」

「「ありがとう」」


 三人は身体の熱気を逃がすようにアイスを口に含み、真新しいスプーンで食べ比べした。


「ほんのり甘いチョコもいいね」

「バナナの甘みが身体に染み渡る〜」

「ストロベリーも程よい酸味だな」


 三人の幸せそうな雰囲気を見ていた他の学生達もゴクリと生唾を飲み込み、一様にカップアイスを買い求めた。流石にイートインスペースへと入るのは気が引けたのか、入口前で側頭部を叩く者が多かった。

 すると氷香ひょうかは食べ終えたカップを片付けながら笑顔で二人に提案する。


「それとさ、今度の休み・・・水着を買いに行かない? 勉強会の前に」


 日明あきらは試験休みの予定を思い出し、思案気になりながら夏海なつみに問う。


「水着か。どのみち必要だし行ってもいいか」


 試験休みに日明あきら氷香ひょうかは温水プールに向かうのだ。ツーリングのついでなのか、ツーリングがついでなのか。

 夏海なつみは二人の予定自体は知らないが楽しげな表情で提案を受け入れた。


「私も新しい水着欲しい! もとちゃんの実家へ泳ぎに行こうって話になってたし」

「それなら少し早めに合流して買い物を済ませましょうか(サイズアップしてるといいな)」

「そうだな(氷香ひょうかの薄い胸と水着か・・・どんな事になるのやら?)」


 それぞれの思惑はともかく、アイスを食べ終えた三人はコンビニ外にて帰宅準備を始めた。

 その間のゆう達は楽しげな三人を走り去る送迎車から眺めていた。


「いいなぁ〜。アイスの買い食い・・・」

ゆうさん。お淑やかに」

「こういう時、自分の立場が恨めしくなるよ」

「その気持ちは分かりますが、不謹慎です」


 送迎車に乗れない者からすれば逆に羨ましいと思われる光景だがゆうは暑さの中、楽しげに自転車を漕ぐ三人を振り返りながら眺め、助手席の優希ゆきに問い掛ける。


「私達も自転車通学にしない?」

「それは賛同できません」

優希ゆきさんは堅いなぁ」

「ご自分の立場を理解して下さい」


 ゆうとしてもそれは理解している。

 土地成金の澤田さわだ家と違い、実家に力があるから。だが、同じく力のある家を思い出したゆうは、先頃の話を思い出す。


「その理屈が通るなら、あの三人・・もこちら側じゃない? 父親が一般人であってもさ」

「そ、それはそうですが・・・三人?」

愛海まなみさんの教育方針に口出しするつもりは無いけどさ、護りたいなら一緒の立場の方が良いと思うけどね?」

「それが出来るなら苦労はないですよ。送迎車に乗っている事がバレると面倒が押し寄せて来ますから・・・一時期の私みたいに」

「そういえばそんな事もあったねぇ」


 ゆうはそう言って過去の事案を困り顔で思い出す。何があったのか知らないが優希ゆきの苦渋の顔が全てを物語っていた。


「あの時は実家の権力総動員で追い払ったね」

「その節はお世話になりました」

「ホントにねぇ。確かにあれを思えば必要な対応なのかもしれないね〜」

「お恥ずかしい限りで」


 二人の会話は実に意味深。

 気がつけば送迎車は寮前に到着しており、優希ゆきは思い出したように助手席から降り、後部座席の扉を開ける。


「どうぞ、お嬢様」

「ご苦労様。今日から勉強漬けの毎日だねぇ」

「そうですね。学科毎に内容は異なりますが」

「基本的な部分は同じだけどね? 今回の総合は誰が一番になるのやら?」


 背後には茉愛まい達の乗る送迎車も止まっており、扇子を広げた茉愛まいが笑顔で降りてきていた。


「見事な黄色でしたね」

「そうですね、お嬢様」


 何が黄色なのか意味不明な会話だった。

 ゆうは満足げな茉愛まい達を一瞥しつつ二台の送迎車を見送った。


「勉強、頑張ろっか?」

「そうですね、お嬢様」


 ゆう優希ゆきは手持ち無沙汰のまま門扉を潜り、共に寮内へと入った。

 直後、ガレージのシャッターが開き愛海まなみの乗る軽バンが出ていった。

 愛海まなみの服装は平凡な洋服姿だ。

 これから学校以外の会合に出るのだろう。



  §



 それから数十分後。

 日明あきら達も寮に帰ってきた。


「着替えたら直ぐに出発だからな〜」

「りょーかい!」


 日明あきらはシャッターを閉じ、楽しげな表情で室内に入っていく夏海なつみの後ろ姿を眺め・・・ゲッソリした。


「黄色いパンツが丸見えでやんの・・・デイパックとの隙間にスカートを挟まなくても。まさかコンビニからずっとあの格好だったんじゃ?」


 意図せず露出行為に及んでいた妹を心配しつつ室内に入ると、夏海なつみの部屋から叫び声が響いた。


『うそぉ! 私、この格好で自転車漕いでたのぉ! よりにもよって見せたらダメなパンツじゃん。こんな事なら縞パンにすれば良かった』


 おそらく姿見に映った姿から気づいたのだろう。日明あきらはドンマイと思いつつ自室に入り私服に着替える。デイパックには本日の教科書に加え、他の教科書類も収めた。

 ノートも英語と数学以外は新しく書き写した物だ。流石に最初期の板書は無かったため、勉強会のついでに氷香ひょうかから書き写させて貰う予定の日明あきらだった。

 日明あきらは準備を終えると──、


「着替えたか・・・?」


 夏海なつみの部屋をノックし夏海なつみの反応を待った。その間に寮とガレージ以外のセキュリティのスイッチを入れ母屋の鍵を一括施錠した。それは寮と母屋間の鍵を含めてだ。留守中に寮生の誰かが侵入する事を防ぐためだ。主に優希ゆき対策だが。

 これは愛海まなみ自身から出かける際の手順として聞いていたものだ。普段は夏海なつみが自発的に行っているため日明あきらが行う事は滅多に無い。

 しばらくすると黒ストッキングと水色のキュロットスカート、薄手の白ブラウスを着た夏海なつみがデイパックを背負って出てきた。

 ただ、夏海なつみの顔は元気が無かった。


「うん(衆人環視下でパンツを見られた)」


 日明あきらは困った顔のまま予備のヘルメットを手渡し夏海なつみの頭を優しく撫でる。


「今後はスパッツを穿いておく事をおすすめするわ。氷香ひょうかも普段から穿いているからな。それで不用意に示す事も無くなるだろ」


 二人でガレージに移動しつつ、単車に鍵を挿し、シャッターを開けた。


「うん。そうす・・・何でお兄ちゃんがそんな事を知ってるの? スカートの中を覗いたの?」


 だが、夏海なつみから謎のジト目をいただき日明あきらは隠す事でも無いため、あっけらかんと教えた。


「本人から聞いた」

「そんな事まで話してるんだ・・・氷香ひょうかさん」


 日明あきらは単車をガレージ外に出し、エンジンを始動させる。夏海なつみが単車の隣に移動した事を確認するとシャッターを閉じて、セキュリティキーを差し込む。


「まぁ付き合いが長いからな」


 日明あきらは単車に跨がり、デイパックを前に背負い直して、ヘルメットを被る。

 夏海なつみもヘルメットを被りいぶかしげな視線を日明あきらに向ける。そして後部座席に座りつつ日明あきらの背中にしがみつく。


「お付き合いはしてないのに?」

「ただの友達だ」

「ただの友達ねぇ?(氷香ひょうかさんはお兄ちゃんの事が大好きみたいだけど・・・)」


 それは同性だから分かるのだろう。

 夏海なつみの兄は鈍感故か女性の機微には気づけていなかった。そもそも恋愛そのものに興味が持てず、反応に困る事が多かった。

 日明あきらはエンジンが暖まった頃合いでギアを入れ、ガレージ前から出発した。

 後部座席でしがみつく夏海なつみは──


(鈍感なお兄ちゃんをものにするには視覚ではなく肉体接触が一番だろうな。見なかった事にして視線を逸らすし、胸は私以上でないと気づけないみたいだし・・・)


 自身の胸を背中に押しつけながら日明あきらの鼓動を感じていた。妹と思いつつもドキドキしていた日明あきらは運転に集中し感じなかった事にしていた。


(今日は薄着だから店で上着を買ってやるか。無駄に冷えて風邪でもひかれたら大変だし・・・)






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