第17話 スキンシップと一喜一憂。


 日明あきらが転入してきて三日が経った。この日は転入してきて初めての体育の授業がある日だった。体操着は男女とも紺の長袖と長ズボンという姿だ。人によっては白い半袖と紺の短パンだったりするが日明あきら達は長袖と長ズボンを選択していた。


「授業は男女合同なのかぁ〜」

「プールの授業以外はね。一年は体力作りで、二年からは合同で出来る授業となるの。私は日明あきらとプールでもいいけど?」

「その一言はもう少し育ってからな」

「育ってるよ!? ほらほら!」

「ストレッチ中に押しつけるなよ!」

「育ってないって言ったからでしょ?」


 転入の翌日から自身の方針を転換した委員長こと氷香ひょうかは前日とは異なり率先して案内役を買って出た。

 その距離感はバイト先と同じようだが。

 しかも男子のクラス委員が行うような事も気にせず請け負った。それは更衣室への案内だったり、更衣室から体育館への移動だったり。

 元々、親友同士の付き合いがあったため気にしていない氷香ひょうかだった。


「はいはい、交代」

「あ、ブラホックに注意してね?」

「へいへい。相変わらず柔らけぇ身体だな」

「おっぱいも柔らかいよ?」

「分かったから腕を掴むな! あてがうな!」

「それなら、お詫びとして次のツーリングは温水プールへ一緒に行こう? 行かないって言ったらもっと押しつけるけど?」

「い、行くから、だから腕を放せ!?」

「やった! 絶対だからね?」


 この時の氷香ひょうかは実に気さくな対応だった。周囲から見れば普段とは真反対という印象だ。クールな女子高生が一転、明るく笑顔の映える女子高生に変わっていた。

 今の二人はストレッチを交代で行っており、その姿を見るクラスメイト達は一様に目が点となる変化だった。


「あんな笑顔で笑えるんだ・・・一体、いつデレたの? 委員長に一体何があったの?」

「私が知るわけないでしょ?」

「胸を触らせてる・・・一応、胸が有ったんだ」

「反応するのそこ!?」


 男子達も同様に見惚れている者が多かった。


「よく見れば可愛かったんだな」

じゅんは相手にされないだろ」

「そ、そんな事、やってみない事には・・・」

「やる前から決まってるでしょ?」

「初っ端からあしらわれていたし」

「見事に投げ飛ばされていたし」

「あれは俵返しだったような?」

「あ、あれは事故だ! ただ胸が無いって言っただけじゃないか! それで投げ飛ばされて」

「セクハラした時点で無理だろ?」×4

「ぐぬぬ」


 彼らからすれば背後に立つ日明あきらは居ないとでもいうような反応だった。

 一年前から付き合いのある日明あきらにとってはいつもの事でも周囲の者達は今までの氷香ひょうかしか知らないからだろう。

 日明あきら氷香ひょうかの付き合いは普通二輪を取得した頃合いまで遡る。

 四月生まれの二人は夕方の教習所で出会い、意気投合した。日明あきらのバイトこそケーキ屋だったが、休日は氷香ひょうかの父が用意した単車に跨がって、ツーリングに出る関係でもあった。ケーキ屋を辞めたあとは氷香ひょうかが声を掛けて今に至るが。

 思い思いに準備運動を行っていた者達は教師の一言で一カ所に集まった。


「全員集合!」


 授業は男女混合バスケットボール。

 男子は全員で六人おり、二十五人の女子の中で一人から二人の男子が組み込まれる。

 五人チームで一人があぶれる事になるが。


「やった! 同じチームだ!」

「私も同じチームですね」

「ほどほどで頑張るかぁ」


 各チーム分けは教師が事前に決めており、氷香ひょうか茉愛まい日明あきらと同じチームになった。他の女子も松本まつもとかおり五島ごとうかえでとなった。

 一方、男子達の目論見は見事に潰え──


「くそぉ・・・離れたぞ」

尾前おぜん、諦めろ」

「そうそう。離れたなら対戦で負けさせたらいいから」

「見るからに運動音痴っぽいしな」

「猫背で戦えると思ってるのかね?」

「その眼鏡、今度こそ叩き割ってやらぁ!」


 四人の女子に囲まれる日明あきらに対して憎悪を燃やしていた。

 日明あきらは眼鏡をそのままに目障りな前髪にヘアピンを着け、素顔の一端を明かした。野暮ったい印象はこの時間だけ晴れ、素顔を知らない女子達は目が点となる。


「え?」


 氷香ひょうかは実にあっさりと素顔を晒す日明あきらに呆れを示した。


「ナチュラルにそれをやるって・・・顔を隠してる自覚ある?」

「何のことだ?」


 本人は至って無自覚らしい。

 これも日明あきら自身が自己評価で普通顔と認識しているからだろう。日明あきらからすれば周囲の男子達の方がイケメンと思っており、女子達の反応を見ても何とも思っていなかった。男子達から意味不明な妬みを受けないように意識して隠れているともいうが。

 幸い、男子には気づかれていないため、氷香ひょうかは仕方ないと諦めた。


「いや、何でもない・・・(そういえば、女子はともかくって言ってたっけ。これは競争率が高くなりそうだな。ツーリングの時にでも既成事実を作るしかないかな?)」


 そう、氷香ひょうかは黄色い声を発するクラスメイト達を眺めながら、きょとんとする日明あきらの右肩をポンポンと叩いた。


「どうした?」

日明あきらも戦うからには本気でね」

「当然だろ? 氷香ひょうかも頼むな」

「当たり前でしょう?」


 二人の間は名前呼びの事もあって、誰もが割って入れない雰囲気となった。未だに名字呼びか呼ばれて居ない者は羨ましいという表情で聞きに徹していたが。

 その内の一人・・・別チームとなった優希ゆきも悶々と二人の様子を眺めていた。


(な、仲良さげにして・・・羨ましい!)


 両手で持つボールが潰れてしまうほどの圧を加えながら。ボールは圧に耐えかねて明後日に飛んでゆき、同チームの尾前おぜんの右側頭部へと見事に刺さった。


じゅん、避けろ!」

「は? ぐほぉ!?」

「先生! 尾前おぜん君が急に倒れました!」

「保健委員! ストレッチャーを用意して保健室に連れて行って!」

「「はい!」」

澤田さわださんのチームには補欠の左藤さとう君が代わりに入ってあげて」

「は、はい!」


 尾前おぜんは男女ペアの保健委員に連れられて意図せず退場となった。その様子を眺めていた女子達は嫌悪の視線を向けていた。


「どうせ、やらしい目で見てたんでしょ?」

ゆうさんの胸が盛大に揺れていたものね」

「あれはどう見てもノーブラぽいけど?」

「埋もれている事が幸いかしら?」

「やだやだ。このクラスにまともな男子は居ないの?」

「まだ見てるわ・・・」


 事実、ゆうの周囲に居る男子達も一点をみつめていた。チームは優希ゆきと離れてしまったが、準備運動は欠かさないゆうだった。その胸が盛大に動いていても気にするのは日明あきらを除く男子達だけだった。

 日明あきら氷香ひょうか達と会話していたため、ゆうの揺れる胸には気づいてすらいなかった。


「相手の技量が分からないから、序盤は流していいよな?」

日明あきらはそれでいいと思うよ。私達は知っているから最初から本気でいくけど」

「それで問題ありません。でも、隙があればゴールを狙って貰っても構いませんよ?」

「まぁ・・・俺が居る場所が場所だから、やることがなさそうだけどな」

「でも、油断はしないで下さいね?」

「そうそう。かおりさんの言うとおり、先生ってばバスケ部の部員を分散させてるから油断は禁物だよ? ね? かえでさん」

「ええ。私を含めて十人はバスケ部のレギュラーなので油断大敵です」


 そう、かえで達の一言を聞いた日明あきらは引きった笑みで返した。


「そ、そうか。うん。気をつけるよ」


 日明あきらの知っている面々でいえばかえでゆう優希ゆきがバスケ部員だ。チーム内で文化部に所属しているのは茉愛まいと別チームの果菜はなくらいだろう。帰宅部は日明あきら氷香ひょうかだけだが。

 その後、保健委員が戻ってきたタイミングで教師から声が掛かる。


「では試合を開始する!」


 最初は日明あきら達のチームとゆうのチームが戦った。一応、男女混合という事で男子は身体をぶつけ合うディフェンスが行えない事と、ボールを持っていない時はパスが来るまで端に寄る事が求められていた。

 日明あきらもその通りで相対していたのだが、何故か他の男子達と異なりボールが回ってきていた。主に氷香ひょうかから。


日明あきら、パス!」

「うぉ! しゃーねーな」


 日明あきらは端に居たままだったが、女子の身体に当たらないよう回避して駆け抜けコーナーからシュートした。


「真横からのスリー!?」


 それはゴールがギリギリで見えるか否かの位置だった。胸の揺れるゆうのディフェンスで追いやられていた日明あきらはイチかバチかの勝負に出たようだ。


「そんなの入る訳が・・・入った!?」

「ナイス! 日明あきら!」

「それはいいからディフェンスに行けって!」

「別にいいじゃん! 喜んだって!」


 教師は流れるようなフォームを見て何度か頷き経験者だと悟る。女バスの面々は日明あきらの得点でスイッチが入り、様子見から本気に変化した。それも取られた得点を取り戻すような猛攻だった。

 日明あきら個人はディフェンスが出来ないため、内側で護りを固める氷香ひょうか達を見守るしか出来なかった。

 今もゆうと共に端に立ち──、


「急に本気になりやがった・・・大人げないな」

日明あきら君のシュートを見せられたらそうなるのは仕方ないよ。まさか経験者だったなんてね?」

氷香ひょうかと一緒にストリートを囓った程度だよ」

「なるほど、だからコーナーからのシュートが出来たのか。ほぼ死角だったのに・・・というか小林さんとどういう関係なの? 名前を呼び捨てしているけど?」

「・・・(氷香ひょうかの願いとはいえ呼び方を変えたのは不自然過ぎたかな?)・・・」


 楽しげな会話を繰り広げていたのだから。

 別チームの面々も羨まし気な様子で見守っていた。逆に氷香ひょうか達からすればゆうがディフェンスに付いている事に気づきパスが出来ないでいた。


「というか、一ノ瀬いちのせさん?」

「名字だと堅いなぁ〜。私もゆうって呼んで!」

「じゃ、じゃあ、ゆ、ゆうさんや?」

「さん付けかぁ。まぁいいか・・・何かな?」

「な、何故にノーブラなんだ?」


 日明あきらも試合中に気づいていたが中々口には出せなかった。セクハラになると思われても仕方ない話だったから。その間の日明あきらは視線をあえて胸に向けず走り回る氷香ひょうか達を見ていた。

 きょとん顔のゆう日明あきらから問われた直後、視線を移し赤面した。


「あっ・・・うっかりしてた!」

「うっかりでノーブラって頻繁にあるのかよ」

「私の中では頻繁にあるね。まぁ・・・ご褒美という事で」

「なんのだよ!?」

「私達から得点を奪ったっていう? この際だから・・・」


 ゆうはそう言いつつ、胸を両腕で抱き抱え困惑顔の日明あきらに示した。


「Fカップのおっぱいだよ。じっくり見て!」

「・・・(このお嬢様。残念、過ぎる)・・・」


 なお、ゆうのチームの男子は端に立ちっぱなしで試合終了まで放置されていた。

 お呼びではないという雰囲気が女バスの面々から溢れていたからだろう。ただ、反対側で会話していた日明あきらに向けて謎の憎悪を燃やしていたのは言うまでもない。


(アイツばっかり羨ましい!?)


 両隣で試合中の男子達も同様に・・・。


(((羨ましい!?)))


 周りの女子達からすれば試合に集中しろと言いたげな視線だった。教師も男子の行動には気づいており名簿に何らかのメモを記していた。


左藤さとう田端たばた矢島やじま由長よしながは減点と」


 一応、ゆうのチームの矢島やじまを除く残りの男子達にもパスが飛んできたが、誰もが気づかず相手ボールになる事が多かった。

 男子達の視線は常にノーブラのゆうに向かっていたからだろう。優希ゆきや他の部員達はチームメイトに無視を指示し、最後の最後まで男子達の出番は来なかった。

 それは優希ゆきと会話中のゆうも気づき──


「私のおっぱいよりも飛んでくるボールを見たらいいのに。男子の株が急落してるね〜。買いは日明あきら君だけかしら?」

「それで、お嬢様のブラは何処に?」

「た、多分、更衣室?」

「一人で着られるようになりたいって自分から申し出て、今日だけは手伝ってなかった事が悔やまれますよ」

「あはははは・・・それはそれって事で」

「流石に・・・下は穿いてますよね?」

「あっ・・・は、穿いてないかも?」

「これはあの日でなかった事が救いかしら」


 眼鏡を外してタオルで汗を拭う日明あきらの様子を眺めた。周囲のクラスメイト達は日明あきらの素振りに気づく事なく試合の結果に一喜一憂していた。




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