第16話 裸族の騒ぎと争奪戦の予感。


 母屋でのひと悶着の後──、


「お嬢様の所為で酷い目に遭いました!」


 自室に戻った優希ゆきは同居人であるゆうを相手に怒鳴りつけていた。

 ゆうは自分のベッドに寝転がり、扉側で座りこむ素っ裸の優希ゆきをケラケラと笑う。


「気にしない気にしない。好きな人に全て見て貰っただけでも、別にいいじゃない?」

「どうせならベッドの上が良かったぁ〜!」

「結ばれるかどうかすら分からないのに気にするだけ損だと思うよ? 成金である澤田さわだ家が、一般家庭のみなと家に大事な一人娘を嫁に出すとも思えないし」

「義父との血のつながりは無いです!」

「無くても政治的な用途はあるよ? 私や茉愛まいさん達みたいに家の都合で婚約者が見つからない者ではないのだし」

「で、でも!」


 それはこの場だけの会話だった。

 知っている者は知っている。

 優希ゆきが好きなのは誰なのかと。

 ゆうの専属メイドとしてこの場に居るのは実家の事情もあるようだが。


「でもも何もないでしょ? 今出来る事は学生時代の思い出を多く作ること。卒業すれば好きでもない人と結婚して、家のために役立つ子供を産む事になるの。優希ゆきさんのお義兄さんが跡を継ぐ事になっていても、澤田さわだ家にとって有益となる家以外は嫁げないのだから、貴女は我慢するしかないの!」

「(そ、それはそうだけど納得いかない!)」


 元より一般家庭育ちの優希ゆきにとっては理解し難い事情だった。成金の家に母が嫁いでいなければ貧乏暮らしのまま虐待に次ぐ虐待で今のようなまともな生活は出来なかっただろう。母親も水商売を行う者だったから。

 どういう経緯で再婚に至ったか不明だ。

 優希ゆきは外道な父親から離れられた事を良しと捉えているが、母親が再婚したらしたで今度は道具として使われる現状に嫌気が差していたのも事実だった。

 それだけに不意の再会が彼女の恋心を目覚めさせたのだから、運命とは如何に残酷か分かるだろう。それこそみなと家が一般家庭ではなく何処かしらの名家と繋がりがあるならそれを願いたくなる優希ゆきだった。

 すると、二人の部屋に──、


「ひゃわ!?」

「失礼するわよ?」


 バスローブ姿の茉愛まいが現れた。

 どういう経緯で訪れたかは知らない。

 茉愛まいは内開きの扉に優希ゆきの尻が当たったため、顔だけ出して声を掛けた。

 優希ゆきは慌てて立ち上がり、扉を開ける。


「ああ。失礼しました」

「前に座っていたのね・・・その格好」


 茉愛まい優希ゆきの格好を見て引きっていた。優希ゆきが一糸まとわぬ姿なのだから仕方ない反応だろう。


「巻き込まれました。風呂上がりにバイクの音が聞こえたので、下着姿のまま母屋に向かったら、その流れでゆうさんが止めに入って」

「素っ裸に剥いちゃったと?」

「剥かれちゃいました。見事に見られて、無かった事にされましたけど」

「それはまた。せめて寝間着で向かえば下着姿のままだったのに」

「どちらかと言えば下半身露出でしたけどね」


 そう、二人は呆れた表情のまま寝間着姿のゆうをみつめた。床には優希ゆきの下着だけでなくゆうの制服も転がっており、片付けを行う前だという事が分かる状況だった。


「どちらにせよ、見られる事は変わらないか」

「皮肉な事に」


 優希ゆきはため息を吐きつつパンツを穿き、ブラを身につけた。茉愛まいは仕方なしで制服などを片付け、ハンガーに掛けていく。黙りだったゆうは言いたい事があるのか、片付けが終わる頃合いを見計らい声を荒げる。


「私だって好きで脱がしてないもん!」

「専属メイドに脱がされる事はあっても?」

「それはそれ!」

「巻き込まれて脱がされる私の身にもなって」

果菜はなもそうね。男子の前で何度も見られたそうだから。あの子も嫁入り前なのに。最後は慣れた者になっていたわ。有象無象に見られても気にしないって・・・図太くなったわ」

「慣れぬ者だとそうなりますよね」

「慣れた者でも晒していたわね」

「それは忘れたいので」

「思い出として取っておきなさい。優希ゆきさんはどう足掻いても、ゆうさんのお兄さんと結ばれる運命なのだから」

「「は?」」


 それはゆう優希ゆきにとって寝耳に水な内容だった。茉愛まいが何を思ってこの場に来たのか、一言で判明した瞬間だった。茉愛まい優希ゆきの座るベッドに腰を降ろして答えていたが。


茉愛まいさん? それって?」

「先頃決まった事らしいわ。残念だけどね?」

優希ゆきさんが、私のお義姉さん?」

「たちまち、年内には婚約式を行うそうだから準備だけはしておけって連絡が来たわ。寮長である私にね?」

「そ、そんな・・・」


 優希ゆきは下着姿のまま自身のベッドからずり落ちて腰を抜かせ、床に座り込んだ。

 その表情は天井を見上げた茫然自失だ。

 茉愛まいゆうは同情する素振りで、生き甲斐を失った優希ゆきをみつめた。


「叶わぬ恋って事かぁ。優希ゆきさんどんまい」

「彼にうつつを抜かす事が出来なくなったわね。これもみなと家が動いた結果なのだろうけど・・・」


 茉愛まいがボソッと呟いた一言にゆう優希ゆきは揃って反応してしまった。一人は理解不能を示し、一人は茫然自失のまま。


「「ふぇ?」」


 茉愛まいは両腕を胸の前で組みつつ二人のきょとんの理由に気づく。


「どうしたの二人してきょとんとして? まさか知らなかったの? あぁ・・・愛海まなみさんが独り立ちしているから気づけなかったのね」


 するとゆう優希ゆきの代わりに問い掛ける。「みなと家が動いた結果」という謎の言葉に反応したともいうが。


「ま、茉愛まいさんは何か知っているの?」

「知ってるも何も、この寮も元々はみなと家の所有物で愛海まなみさんが祖父から相続した建物だもの。学校の敷地も大地主のみなと家から借り受けているに過ぎないし」

「「大地主!?」」

「どうしたの? まさか一般家庭と思っていたんじゃ?」

「「思ってた!」」


 二人揃って同じ反応だった。

 名家の御令嬢が揃って情報に疎い事を知った茉愛まいはため息を吐きながら答えた。


「こんな大きな古民家を持つ一般家庭が有るわけないでしょ? 土地の規模はウチの実家と同じ大きさよ。愛海まなみさん自身が母親との仲が悪いだけで、実父や跡継ぎのお兄さんとか〈さなか寮〉の妹さんと良好な関係なのは見たら分かるでしょ?」


 茉愛まいの答えを聞いたゆう達は驚きながら同時に問い掛けた。


「お、お兄さん? ど、何処にそんな人が?」

「〈さなか寮〉の寮母って妹さんだったの!」

「同時に聞かないでよ! お兄さんはあかねさんの実父で学校長よ。名字から気づけるとは思うけど。〈さなか寮〉の寮母さんは愛海まなみさんの双子の妹よ。二卵性だからあまり似てないけどね。〈さなか寮〉も建物自体はみなと家の所有物ね。リフォーム費用だけはウチが出してるけど」


 優希ゆきゆうと顔を見合わせ、狼狽しつつ茉愛まいに問う。


「じゃ、じゃあ・・・あ、日明あきら君達も・・・そのこと、は?」

「多分、知らないと思うわ。愛海まなみさんが語るとは思えないし」


 ゆうは頭を抱え、天井に向かって叫んだ。


「土地の所有者って、一番喧嘩を売ったらダメな相手じゃない!」


 すると茉愛まいは苦笑しながら──、


「まぁ色々な事情で一般家庭って事にしているけど、表沙汰にしなければ問題はないわ。この場だけの話だから。ただ・・・優希ゆきさんとの関係は汚点として回避に動いても不思議ではないわね」


 優希ゆきをみつめて意味深な言葉を吐いた。ゆうだけは意味不明な表情になったが優希ゆきは直ぐに察してしまう。


「汚点?」

「あっ・・・そうか。色濃く出ちゃうから」

「そうなるわね。何らかの形で遺伝でもしたら大事だわ。散財する癖が出るとか・・・ね?」


 優希ゆきは自身の恋心を成就させると何が起きるのか、この時初めて気づいた。

 元より初恋だから叶わない物と諦めていたが叶えたらダメな恋だと気づいてしまった。

 それは結局、自身が最も嫌悪する存在を産んでしまう恐れがあるからだ。優希ゆき夏海なつみが嫌悪する一族が意図せず顔を出すから。すると優希ゆき茉愛まいの一言を聞いてあえて問い掛ける。


「も、もしかして・・・それも聞いたの?」


 それは茉愛まい優希ゆきから聞いた事を誰かに話したからだろう。秘密ではないがまさか話されるとは思ってもいなかったらしい。

 しかし茉愛まい優希ゆきが問い掛けに首を横に振りつつ応じた。


「私が聞いたのは婚約の事だけ。そもそも澤田さわだ家が知っている話ではないもの」

「え?」

みなと家が動いたとする話は優希ゆきさんから聞いて、以前・・・夏海なつみさんから聞いていた実父の家の事を統合した私の推測ね?」

「じゃ、じゃあ?」

「一方通行に伝えてきただけよ? 大体、他家の事を一々報告する必要はないもの。言ってはなんだけど今宮ウチにとって澤田さわだ家は土地成金程度でしかないから。本当の大地主の前では味噌っかす程度だし」

「確かに味噌っかすだわ。一ノ瀬ウチに対してもヘコヘコしているし」

味噌っかす澤田が実家の私はどうすれば?」


 優希ゆきからすれば酷い言われようだった。

 数年を過ごした己が実家が、二人からすれば味噌っかすとされたのだ。

 面と向かって罵られれば困惑するのは仕方ないだろう。床に座る自身とベッドに座る二人の目線も相まって。

 するとゆうが──、


「大人しく兄さんの元に嫁ぎなさい」


 義妹となる未来を予見して優希ゆきに命じた。現、雇い主という事実もあるが。


「それしかないでしょうね。むしろ見られる事に慣れておくのも手よね?」

「うん。兄さんも見られ慣れている者の方が良いみたいだし。絵描きとしてもね?」

「裸婦モデルになるために裸族として過ごすのもアリね!」

「私の将来が着々と決まっている件について」

「「気にしたら負け!」」


 優希ゆきは二人の勢いに負け、頷くしかなかった。


(恩返しはどうしよう? いっその事、全て見て貰うだけにする? 見て貰う事に慣れるためには必要な事だし・・・)


 ただ、日明あきらが知れば絶句して家出するような事を考えていたが、それを知る者は考えていた優希ゆき以外は居なかった。

 ゆう茉愛まいも別件の話題で持ちきりだったから。


「中間試験の勉強会どうする?」

「範囲次第だけど、彼に見て貰うっていうのは?」

「バイトも試験期間は休みらしいし・・・私が聞いてみましょうか? 月謝として払ってもいいし」


 一方の優希ゆきは自身のスマホにメッセージの通知が入ったので、画面をみつめてきょとんとしていた。


(委員長が勉強に来るの? どういう経緯で? 学校では我関せずだったのに?)


 そこには氷香ひょうかからの連絡が入っていた。

 一応、日明あきらにも向かうとの連絡を入れているが、グループ通話で夏海なつみから助言を受け、寮生達に話を通したようだ。これも無用な争いを生まないための対応らしい。




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